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夢は夢のまま

 *****



「もしもしお母さん? 荷物さっき届いた、ありがとう。こぎゃん多かみかん、一人じゃ食べきらん。友達に分ければよかって? あ~うん、まあね。私? もちろん元気にしとるけん、心配せんちゃよか」


 母に電話するたび、つらくなる。

 大学に通えない私に、親しい友達はいなかったから。


 思い切って上京したものの、自宅待機の日々。

 ようやく見つけた皿洗いの仕事も勤め先が閉店に追い込まれたせいで、あっさりなくなった。


 買い物以外、何をすればいいのだろう?

 おしゃれなスポットは気が引けるし、一緒に出かける相手もなく、贅沢(ぜいたく)できるお金もない。


 誰が悪いわけでもなく、誰を責めたいわけでもない。


 人の多い都会に暮らしていながら、私は孤独を感じていた。

 近所と挨拶すらできず、誰も私を見ていない。

 それはまるで、異世界にでもいるようで――。


「帰った方がよか? ばってん、いつ大学が再開するかわからんけんね」

 

 自分の部屋でひとりごと。

 母と電話をした後は、いつも地元の言葉に戻る。

 それが余計に寂しさを誘い、(こら)えきれずに涙が(あふ)れた。


「私、なんのためにここにおるっちゃろ? なんのために生きとっと?」


 誰にも必要とされない自分がつらくて、どんどん気分が落ち込んだ。


 やがて大学が再開しても、友達はできない。

 そのまま進級だけはして、就職活動へ。

 

 面接で挫折(ざせつ)続きの私は、ますます落ち込んだ。


「全部不採用。自分はこの世に、必要ないのかも……」


 そんな私の唯一の回復法。

 それがこの、『散りゆく薔薇と君の未来』。

 略して『バラミラ』という乙女ゲームだった。


 画面の向こうに広がる世界は、日頃の悩みや苦しみを忘れさせてくれる。

 没頭するほど面白く、イケメンが登場するとため息が出た。


「ゲームの中では私がヒロイン。名前もカトリーナで、加藤莉奈と似ているし。攻略は難しいけどキャラ全員の顔と声がいいから、買って良かったな~」


 標準語を練習しつつ、画面に注目する。

 たとえ(つまず)き傷ついても、ゲームならやり直せばいい。攻略対象と仲良くなれば、美麗なスチルが手に入り、甘い言葉も聞けるから。


 私はどんどん綺麗な世界にハマッていく。


 ところがある時、気になった。

 美しい『バラミラ』の世界でたった一人。いつまで経っても(むく)われず、誰にも理解されない人がいる。


 その人の名は、クロム。


 黒髪に赤い瞳、均整の取れた体躯(たいく)と素晴らしい身体能力。頭がいいのにサブキャラで、ヒロインを暗殺するという使命を負っている。そのくせ、ヒロインが攻略対象の好感度を上げると暗殺を中止し、どこへともなく消えてしまうのだ。


『a piece of rose』というファンブックを読んだ時から、彼は私の最愛になった。


 寂しそうな横顔と、雨に打たれた子犬をコートの中で暖める優しい立ち姿。そのイラストの下に添えられた『心優しき暗殺者』の文字。


 どうしようもなく、胸が痛む。 

 孤独な人はここにもいるのだと、知ったせい。


 ――苦しいのは、自分だけじゃない!


 クロム様の出番は少なく、ファンブックでも一カット。頭が良くて冷静で、誰とも馴れ合わない。

 その彼が、ヒロインのカトリーナには心を許していたと感じるのは私だけ?


 報われなくとも理解されなくても、彼は王女の側にいる。暗殺を中止し夜の闇に消えた後は、二度と現れないけれど。


 孤独なクロム様の生きざまに、私は何度も救われた。

 現実で壁に当たるたび、別次元のどこかで彼も一人でいるのだと考えて、自分を(なぐさ)める。


 クロム様を全力で推すと決めた私。

 彼に恥じない生き方をしたい――。




 就職に有利な資格の勉強をしていたある日、ふと思いつく。


「SNSで呼びかければ、ファンが反応してくれるかも!」


 私は地味な性格だけど、推しのためなら頑張れる。ダメで元々。友人のいない私に、失うものはない。


『成人済。バラミラ、クロム様は神。お話できたら嬉しいです♪』


 すると間もなく――。


「あ、来た!」


『バラミラ』ファンから返事が来て、クロム様を推す人とも(つな)がれた。


 推しのことなら、何時間でも飽きずに語っていられる。クロム様のファンは数が少なく、仲間ができて嬉しいと、話は弾む。


「勇気を出して良かった!」


 私の灰色の日々は、たちまち色づく。

 推しやゲームの話はもちろん、他愛もない話題や可愛いお店の情報で盛り上がる。

 気が合う人とは連絡先を交換し、時々会う仲に。

 気づけば毎日が楽しくて、充実していた。


 ――私はもう、一人じゃない!


「もしもしお母さん? 遅くなってごめん。こっちでできた友達とカフェに行っとった。……え? 十分気をつけとるけん、心配せんちゃよか。しゃれとるとこやし、いつか連れてってあげるね」


 実家で案じる母にも、ようやく「都会暮らしを満喫(まんきつ)している」と、嬉しい報告ができた。


「クロム様のおかげで、人生超楽しい♪」


 推しのおかげで前向きになれて、友達もできた。

 推しがいるから、私の人生は輝いている。


 ――だけどクロム様は? 彼の幸せはどこ? 




 無愛想で孤独な彼を、私が笑顔にしたかった。

 彼のことを理解して、いつか幸せにしたかった。



 残念ながら、夢は夢のまま終わるみたい…………。



   *****


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