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タールの告白

「ター坊、今日はあなたが私の護衛を(つと)めてね」

「え? ですが……」


 タールの頭に、()れた耳が見えた気がした。フェリーチェよりも犬っぽい。


 フェリーチェといえば、あの子はぐんぐん成長し、もう子犬とは言えなくなった。最近は走っても追いつかないため、手を焼いている。


 ま、そういうところも可愛いんだけどね。


 ……って、今はフェリーチェよりもター坊よ。


「カトリーナ様。こんな俺で、いいんですか?」

「もちろん。国家騎士の中に、あなた以上の適任者はいないもの」

「ですが、姫様は兄のせいで……。裏切り者の弟が側にいたら、カトリーナ様まで陰口を叩かれそうで怖いです」


 タールはしょんぼりしている。


「バカねえ。言わせたい者には言わせておけばいいのよ。憶測(おくそく)で人を(おとし)めるような(やから)に、まともな人はいないもの。私はあなたを信じてる。だからもっと、堂々としていらして」

「カトリーナ様……」


 タールが(ほお)をかくけれど、その顔はいつもより精彩を欠いている。


「では、よろしくね。せっかくだから、フェリーチェの散歩に付き合って」

「ダメですよ。目立つ行為は、みんなになんと言われるか」

「あら、望むところだわ。悪口を言ったりあなたを責めたりする人がいたら、私にとっても敵だもの。敵がわかったら、今後に()かせると思わない?」

「……姫様は、前向きですね」


 ボソッと(つぶや)くタールとともに、私はフェリーチェに会いに行くことにした。




 冬に入り、寒さを感じる今日この頃。

 でも、庭を駆け回るフェリーチェに、寒さは関係ないみたい。


「ター坊、ご両親はどうしていらっしゃる?」

「父も母も息災です。ただ、父は兄を一族の恥だと、猛烈に怒っていて」

「そう。ただでさえ公爵は、厳格な方ですものね。以前、アルバーノが国を離れた原因は、お父様にもあるのでは?」


 首をかしげて(たず)ねると、タールが首肯する。


「その通りです。父は普段から兄に、『剣が使えないやつは我が家に()らない。出て行け』と、しつこく迫っていましたから。でも、兄がおかしくなったのは、俺のせいかもしれません」

「あなたのせい? どういうことかしら?」


 虫を発見したのか、フェリーチェが(うな)る。いろんな表情を見せる愛犬から目を離さず、私はタールの話に耳を澄ませた。


「ご存じの通り、うちは結構厳しくて。幼い頃、瞳に彗星(すいせい)の模様が浮かんで怖がる俺を見ても、父は知らんぷり。代わりに兄が調べてくれて、病気ではないとわかりました」


 ――率直(そっちょく)に言って、公爵は厳しいというより冷たい。その上、武力のみを重視する偏重主義だ。


「その後も俺は、『彗星は魂が取られるから不吉』と、露骨に()けられました。兄だけが、小さな俺に話しかけ、励ましてくれたのです。『すごい能力を持つお前が(うらや)ましい。いつか大物になって両親の期待にも応えられるだろう』ってね」

「そうだったの……」


 確かに初めて会った時、タールの周りには誰もいなかった。

 当時はお兄様が、唯一の理解者だったのね。


 そういえば昔、アルバーノからこんな話を聞いた気がする。


『メリック家は武力を重んじ、代々国家騎士を輩出する家柄です。しかし私は剣術が苦手で、どうあがいても騎士にはなれませんでした。弟が羨ましい』


 (まぶ)しそうに目を細めたその顔に、嫉妬(しっと)や怒りは見られなかった。あの時のアルバーノには、純粋な憧れだけがあったように記憶している。


 アルバーノは本来、穏やかで優しい性格だ。だから組織に目を付けられ、利用されたのかもしれない。


「成長した俺は、兄を打ち負かすようになりました。そのたび父は、兄を容赦なく罵倒(ばとう)します。極めつけは、兄が国家騎士の試験に二度落ちたことでしょうか? そのせいで、さらに自信を失って……」


 タールの瞳が、つらそうに(かげ)る。

 

「俺さえいなければ、兄はあんなふうに追い詰められることはなかった。力を求めて、魔道具を発明することも」

「あなたのせいじゃない! アルバーノだって元々悪いとは言えないわ。全ては、彼の弱みにつけ込んだ組織のせいよ!」


 語気を強めてそう言うと、彼は泣きそうな顔で笑う。


「ありがとうございます。その言葉を、兄にも聞かせてあげたかった」

「ター坊……」

「誰に何を言われようと、俺は兄が好きです。だからこそ捕らえて、犯した罪を(つぐな)わせたい。そしてまた、元の優しい兄に戻ってほしいんです」


 私は、彼の目を見て(うなず)いた。


「だったらなおさら、アルバーノを早く見つけ出さなくちゃね。これ以上、罪を重ねてほしくないもの」

「はい。姫様の想いが、兄にも届くといいんですが」


 そこで彼は、突然表情を引きしめる。


「カトリーナ様は、俺達の光です。心弱き者や(しいた)げられている者、暗い過去がある者にも理解を示すあなただからこそ、兄も強く()かれたのでしょう。俺と同じように」


 ――ん? なんか今、さらっと爆弾発言しなかった?

 

 目を丸くした私の前で、笑顔のタールが八重歯を(のぞ)かせる。


「俺には、兄の気持ちがよくわかります。アルバーノも、あなたのことが好きだから。今でも誰にも譲りたくないと願っているはずです。これは、弟の勘ですが」

「まあ……」


 直接告白されたわけではないので、断るのも変だ。それにタールも応えを求めていない気がする。

 尊敬する兄のロリコン疑惑については、黙っておこう。


目下(もっか)の問題は、闇落ちしたアルバーノを救うことよね。……え? 闇?」


 自分の言葉に引っかかりを覚えた。

 つい最近、その単語を誰かに聞いた気がする。あれは、誰だったかしら……。


 首を(ひね)った私を、タールが心配そうに覗き込む。


 ――さすがは攻略対象ね。頬がこけていても顔の造作が綺麗で、どアップにも耐えられる。


「綺麗な顔といえば……そうか、ルシウスだわ!」 


 私の頭に、【星の瞳】を持つ彼の予言が(よみがえ)る。


『本を抱えた闇が、光の間で紫の薔薇を傷つける。そして、最後の薔薇が散りゆく』


 ゲームには出てこなかった文言(もんごん)だけど、こっちが本物だとしたら? 


『本を抱えた闇』とは、教師のクロム様ではなく、闇落ちしたアルバーノ。

『紫の薔薇』とは私で、『光の間』は城の大広間を指しているのかもしれない。


「ねえ、タール。あなたの勘が当たっているなら、私がアルバーノの一番嫌いな人とくっつけば、彼は怒って戻ってくるかしら?」



次回より、最終章です(*´꒳`*)

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