侍女 クラリス
廊下をずんずん歩いていると、はるか前方に青いスカートが見えた。
――ひょっとして、クラリスでは?
「クラリス、待ちなさい!」
その女性が、ぎくりと立ちどまる。
振り向く顔は……。
やっぱり、クラリスだ!
なりふり構わず突進し、逃げないように彼腕を取る。
「話を聞かせてもらうわよ。こっちにいらっしゃい」
彼女の手を離さずに、廊下の端まで引っ張っていく。
おしとやかだと評判の王女。
そのものすごい剣幕に、警備の兵は驚きを隠しきれないようだ。
でも今は、外面を取り繕っている場合ではない。
空き部屋にクラリスを放り込み、後ろ手に扉を閉めた。
「クラリス、会えて嬉しいわ。ちょうどあなたを探していたの」
出口を背にして腕を組み、真っ向から睨みつける。
クラリスはうつむき、スカートを両手で握りしめた。
――クロム様に大怪我を負わせておきながら、このふてぶてしい態度はなんなのよ!
頭にきて、大声で怒鳴る。
「研究塔での出来事を、忘れたとは言わせないわ。どうして私を、あんなところに置き去りにしたのよっ」
「…………です」
「はあ? 聞こえないわ。はっきりしゃべりなさい」
顔を上げたクラリスが、私の視線をまっすぐ受けとめる。
「姫様を連れて来たら協力してもいいと、アルバーノ様がおっしゃたんです」
「協力って、なんの協力? 言っとくけど、ルシウス様と私をくっつけたいとの、あなたの嘘には騙されないから」
「……じゃない」
「え? 何?」
「嘘じゃない、本当です!」
「いやいや、おかしいでしょ。どこの世界に自分の推しを、別の女性とくっつけたがる物好きがいるのよ!」
ルシウスに憧れているのはクラリスで、私じゃない。それに彼女は、私の想いも知っている。
「物好きではありません! だってそうしなければ、ずっと一緒にいられない」
「まさかクラリス。私を利用して、ルシウス様に気に入られようと……」
「違います! 私が一緒にいたいのは、姫様です!!」
「…………はい?」
私は思わず、首をかしげた。
「確かにルシウス殿下は、理想の男性です」
そうよね。
さっきのはきっと、聞き間違いよね?
「だからこそ、あの方はあなたに相応しい。隣国なら、私が付いて行きますし」
「付いていく?」
「ええ。国外に嫁ぐ姫様には、侍女が必要でしょう?」
――いや、待った。国を出て嫁ぐ気なんて、さらさらないんだけど?
「タール様のいる公爵家には専属のメイドがいるでしょうし、一般人のクロムではお話になりません。いくら寵愛なさっていても、ハーヴィー様は実の兄君。結婚自体が無理ですもの」
――いえいえ。兄は義理で実質従兄妹。結婚しようと思えば、できなくもない。
まあ、私にも兄にもそんな気はないけどね。
「じゃあ、クラリスがルシウス様を勧めたのって、私の侍女でいたいから?」
「そうです。他国に輿入れする際、慣例として侍女を連れて行きますよね? それなら姫様と、ずっと一緒にいられます」
「いやいやいや。それだと自分の人生は? 私のために棒に振るのは良くないわ」
首を横に振る私の前で、クラリスはなんと微笑んでいる。
「いいえ。私の人生は、姫様のもの。孤児の私に謝罪し、両親を探し出してくださった時から、あなたのものです」
「重っ! じゃなくて、ええっと……。あなた、しっかり覚えていたのね!」
「もちろんです。姫様との出会いを、忘れるはずがありません」
「私も忘れていないわ。……でも、それとこれとは別よ。ご両親を探したのは、私があなたを手伝いたかっただけだもの」
初めてできた友達の、力になりたかった。
ただ純粋に、笑ってほしくて。
「私の親は、きっと自分を探している――。孤児院で『嘘つき』と呼ばれていた私を、姫様だけが信じてくださいましたね。お忙しいのに、時間を割いて」
「懐かしいわね。だからって、いつまでも気にすることではなくてよ。それは私のためだし、私だってあなたに尽くしてもらったし」
「姫様なら、そうおっしゃると思っていました。だからこそ私は、あなたのお側にいたいのです」
クラリスの目は、真剣だ。
その想いは、かなり本気な気がする。
「姫様、大好きです。誰がなんと言おうと、一生ついて行きますね!!」
言い終えるなり、私の腕にすがりつく。
――ええっと。こういう時には、どうすれば?
「とりあえず、現状維持で。そのうちクラリスの方が、私に嫌気がさすかもしれないしね」
「絶対にあり得ません。これまでも耐えてきましたもの」
――ん? クラリスは、私のことが好きなんだよね?
ちなみに、彼女がアルバーノに相談したのは、彼の研究室を訪ねる私を見かけたから。
惚れさせ薬をもらいに行っただけなのに、相当親しい仲だと勘違いされてのことだった。
そのアルバーノ。
事件から十日が経過したのに、見つからない。
魔道具を所持した彼を野放しにするのは、危険だ。懸命な捜索にも拘わらず、依然として居場所は判明しなかった。
アルバーノは、王族とも縁のあるメリック公爵家の長男。メリック家には代々、我が国を支えてきた功績がある。
事件が公にされないのはそのためだが、この分だと、公開捜査も間もなくだと思われた。
彼の弟、第三国家騎士団長のタールは、見事なまでに打ちひしがれている。
「はあ……」
解任されていないものの、身内の捜索には加われない。周囲に負い目を感じているせいか、表情は暗く緑の瞳は光を失い、頬もげっそりこけていた。
『バラミラ』の攻略対象が、これではいけない。




