眩しすぎたから
しばらく経って、ハーヴィーが口火を切る。
「そうとも知らずに私は……。カトリーナ、あなたは彼の素性を知っていたの?」
兄の必死な眼差しを受け、ごまかすべきではないと悟る。
静かに頷く私を見て、兄は額に手を当てた。
「……そう。愚かな兄は暗殺者を招き入れて、妹を危険な目に遭わせていたのね」
「違います! それは、ぜ……全部、私のためを思ってでしょう?」
危ない、危ない。
「前世で遊んだゲームのせい」と言いそうになってしまった。私に前世の記憶があることは、クラリス以外、内緒にしている。
「それに私が知ったのは、クロム様ご自身が語ってくれたからです」
ひとまず、そういうことにしておこう。
いろいろ画策したけれど、クロム様は暗殺者として私の前に現れた。
だったらこれは、運命だ。
だから兄にも、反省なんてしてほしくない。
「お兄様、私の方こそ報告しなくてごめんなさい。だけどクロム様は、今後人殺しはしないと誓ってくれました。私は彼を信じたい」
目を細めるクロム様と、伏せた顔を上げる兄。
ハーヴィーは、私とクロム様を探るように見た。
「暗殺者の口約束は信用できない……と言いたいところだけど、現にあなたは生きている。クロム、カトリーナを殺さなかったのはなぜ?」
「殺さなかったのではなく、殺せなかったのです」
「殺せなかった?」
兄はチラリとこちらを見るが、理由は私にもわからない。
「……はい。闇の世界しか知らない俺に、明るい王女は眩しすぎた。民を思う心や人をいたわる優しさ、屈託のない笑顔に、どれだけ癒やされたことか。カトリーナの命を奪うくらいなら、組織から足を洗う方が簡単です。あとは遠くから見守るため、俺が姿を消せばいい。それなのに……」
「カトリーナが追いかけた、ってわけね」
兄の相槌はそっちのけ。
クロム様の想いに感動した私は、かすれたイイ声を脳内で反芻する。
――眩しすぎた、眩しすぎた、眩しすぎた、眩しすぎた…………。
どうしてこの世界には、録音機能の付いたスマホがないのだろう?
ハーヴィーとクロム様の会話は続いている。私は頬を引き締めて、耳を傾けた。
「なるほど。セイボリー王国にも支部があるの。それなら、ルシウス殿下も呼びましょう」
ハーヴィーはそう言うと、ルシウスに遣いを出した。
彼の到着を待つ間、私はクロム様の整った顔に視線を注ぐ。
相変わらずの無表情。
でも、それが彼だし全部しゅき♡
命が助かって、本当に良かったわ。
ルシウスがやってきた。
彼は用意された椅子に座り、口を開く。
「組織の存在には薄々気づいていた。でも、我が国にも支部があるとは、知らなかったよ」
「知らなくて当然です。普段は酒場や、輸送用の馬車を扱う店として活動していますから。組織の本体と暗殺者の養成所は、オレガノ帝国内に。支部は大陸各地にあります」
「大がかりとは感じていたが、これほどまでとはね」
「ええ。大陸中に存在するなら、なおさら危険ね。即刻調査させましょう」
クロム様の証言を得て、ルシウスとハーヴィーが感想を漏らす。
――変ね。ゲームではそこまで大きくなかったわ。暗殺組織が幅を利かせるようになったのって、ヒロインの私がストーリーを外れたせい?
中でも、アルバーノの変わりようは凄まじい。
『バラミラ』では穏やかで、誰にでも平等に接するヘルプ係。しかし現実では、クロム様と同じ組織に所属し、裏で人を殺めていた。
「それはそうと、アルバーノという男の行方は判明したのかな?」
「いいえ、まだよ。関係各所を当たっているけど、見つからないの。研究室に籠もりきりの彼に、協力者がいるとは思えないけれど……」
ルシウスに問われ、兄が困った顔をする。
「モブに近いアルバーノが、組織の連絡役で失踪事件の元凶。そんな彼に、協力する人なんている?」
口の中でもごもご呟く私に、兄が怪訝な顔を向ける。
「カトリーナ、発言したいならどうぞ」
「……え? ええっと、忘れちゃいました」
違和感はあるのに言葉にできず、笑ってごまかした。
ルシウスが、青い瞳で私を見つめる。
ルシウスといえば、クラリスよね。
彼女と最後に会ったのは――。
「そうか!」
気づいた途端、立ち上がる。
「お兄様、ルシウス様、クロム様。私、急用を思い出しましたの。ごめんあそばせ」
そのまま素早く膝を折り、慌てて部屋を出た。
――違和感の正体は、クラリスだ!
帰国して間もないアルバーノ。
そんな彼の友人は、兄のハーヴィーだけのはず。だけど侍女のクラリスは、彼と親しいようだった。
私は、彼の研究室で危ない目に遭った。
案内したのは、クラリスだ。
『クラリス嬢はあなたがルシウス殿下を選ぶよう、この私に説得してほしいそうですよ。健気ですね』
それはあくまで、アルバーノの主張。
私はまだ、彼女の話を聞いていない!
クラリスが、自分の推しを私に勧める意図は何?
クラリスとアルバーノは、どのくらい親しいの?
「もしかして、彼女がアルバーノを匿っているのでは!?」
クラリスを探して問いただそう!




