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王女のお仕事

  *****



「ねえ、カトリーナ」

「あら、なあに?」


 七歳くらいの女の子に呼びかけられて、その場にしゃがむ。次いで頭を()でてあげると、満面の笑みを浮かべてくれる。


「風景じゃなくって、好きな人を描いてもいい?」

「ええ、もちろん。……あの、じっと見てどうしたの?」

「あのね。あたし、カトリーナを描く」

「何!? それならオレも」

「ずるい! だったら私も」

「まあ……」


 クロム様の素描(そびょう)を完成させるつもりが、気づけばモデルになっていた。

 子供達に囲まれ困った顔の私を見て、職員達がクスクス笑う。


「昔と同じね。カトリーナ様は人気があるから」

「本当に。カトリーナ様が見出したあの子は、近頃天才画家と呼ばれているんですって?」


 私は微笑み、最新の情報を教えてあげる。


「ええ。隣国セイボリーでも、数々の賞を獲ったそうよ」

「すごい!」


 現在、我が国の都は人で(あふ)れ、毎日のように歌劇や人形劇が上演されている。

 名だたる画家や彫刻家、作家などを世に送り出した王家は、文学家や芸術家達を手厚くもてなしていると他国でも評判だった。当代一と言われる画家もこの孤児院の出身だ。


 私の侍女のクラリスも、ここでお世話になっていた。

 昔、私に「自慢するなら帰ってよ」と言い放ったのは、何を隠そうクラリスだ。でもなぜか、その部分だけは都合良く忘れている。


『私、孤児院の前に置き去りにされていたんだ』


 そう打ち明けてくれた彼女と、生き別れとなったご両親を一緒に探したことは、記憶に新しい。

 恩義を感じた彼女は、子爵家の令嬢に戻った今も、(そば)で尽くしてくれている。


「あら、お二人ともすごいわよ。ここを出ても、先生として戻って来てくださって。子供達が笑顔なのは、あなた方のおかげね。私、とても感謝しているの」

「まあ、『ローズマリーの紫の薔薇』に、褒めていただけるなんて」


 瞳の色からだろうけど、私はゲームの設定通り、世間から『ローズマリーの紫の薔薇』と呼ばれている。

 紫の薔薇の花言葉は、『気品、尊敬、エレガント』。過分な褒め言葉だ。


「本当に。お忙しいのに今でもここを気に()けていただき、ありがとうございます。十年前も今も、カトリーナ様は優しいですね」

「いいえ、あなた方こそ……」

「カトリーナ様、動いちゃダメ!」

「もう少し(あご)を引いて」


 首を大きく横に振ったため、顔の角度が変わったみたい。

 子供達の注文は多く、容赦(ようしゃ)がなかった。

 



 明くる日はお客が次々訪れて、朝からてんてこまい。


 私は王家の芸術担当として、王立劇場で催される芝居や歌劇を認可する立場にある。劇場の責任者との面会は、何日も前から決まっていた。


 薔薇の透かし模様のレースがあしらわれた薄紫色のドレスで別室に行くと、口ひげの男性が私にお辞儀する。


「王女殿下、お目にかかれて光栄です。いつにも増して美しい」

「卿こそお変わりなく。前回の興行は、順調だったと聞きましてよ」

「ありがとうございます。それもこれも、殿下のご尽力のおかげかと」

「お役に立てたのなら、幸いですわ」


 確かに、ことあるごとに宣伝した。口コミの力は大きく、劇場には連日貴族が詰めかけたらしい。


「本日は、殿下にひと言申し上げたくて」

「何かしら?」

「我々の公演と同時期に、街の中央広場でも人形劇の新作が始まるそうですね。あちらは無償で、殿下がご提案なさったとか。強敵が現れたため、内心焦っております」


「まあ。焦る必要などありませんわ。客層が大きく違うでしょう? 卿の作り上げる非日常空間に勝るものはないわ。あちらは操り人形を使った劇だから、生身の人間には(かな)いっこないもの。そうそう、今回の公演も楽しみにしていますのよ」


 着飾った貴族が、広場のベンチや地べたに座りたがるとは思えない。プライドのある彼らは、引き続き劇場に足を運ぶだろう。


「そうでしたか。殿下がお越しくださるなら、一同励みになります」

「まあ。それは責任重大ですわね」


 私はクスクス笑って責任者と談笑する。

 彼を送り出した後、扉を閉めて誰にともなく(つぶや)いた。


「正直なところ、広場で見る人形劇も気を遣わなくて好きなのよね」


 無償化したのは、いろんな身分や年代の方に広く芸術を楽しんでもらうため。

 多くの人に見てもらえるようにと、町の広場を提供した。


 心の豊かさは生きる豊かさに直結している。

 良いものを鑑賞することで、心に訴えかける何かがあればいい。

 そしてこの世は捨てたものじゃないと、少しでも思ってもらえたら。


 その後も彫刻家や音楽家、画商との面会が続く。


「王女殿下をイメージして創った像を、お持ちしました」

「でもこれ、女神像ですよね?」

「はい。殿下は芸術を庇護(ひご)する女神ですので」


 手放しで褒められたら、なんと返せばいいのかわからない。とりあえず、彫刻家から贈られた『女神像』はありがたく受け取っておこう。


 音楽家は「殿下のために作曲しました」と、その場でセレナーデを演奏してくれた。


「曲もさることながら、チェンバロの腕前が素晴らしいですわ。ぜひまた聞かせてくださいね」


 チェンバロとはピアノに似た鍵盤(けんばん)楽器で、城にあるものは豪華な装飾が施され、繊細な音が出る。


「恐れ入ります。今後も精進いたしますね」


 音楽家は、ハミングしながら帰って行った。


 画商は、孤児院の子供が描いたレモンの木の絵に目を留める。こちらの言い値で、買い取ってくれそうな雰囲気だ。


「のびのびしたタッチで、今後の成長が楽しみですな」

「ええ。楽しそうに描いていたから、それが絵にも現れたのでしょうね。他にも、この絵を気に入った方がいらっしゃるんですよ」

「お待ちください。それでは提示された値段で、私が引き取りましょう」

「まあ、ありがとうございます」


 売り上げは孤児院に託す予定だが、一部は本人のものとなるので、きっと喜んでくれるだろう。

 他にも気に入った方、とは私のこと。買い手が現れなければ手に入れようと思っていたので、嘘は言っていない。


 面会を終えようやく部屋に戻ると、机の上には手紙が積み重なっていた。

 豪華な革表紙の本も置いてあり、紫の薔薇が一輪添えられている。


「クラリス、これは?」

「薔薇を題材にした最新作だそうです。『ローズマリーの紫の薔薇』に一番にご覧いただきたい、とのメッセージが添えてありました」

「そう。では、希少な薔薇をいただいたお礼に、感想を書かなくちゃね」


 王女の仕事はこんな感じで、意外に忙しい。体力がないと務まらないため、合間に腕立て伏せをするつもり。


 万一の場合に備えて、筋力トレーニングは欠かせない。トレーニングを頑張ってきたおかげで、スリムにもなった。その反面、胸が……いえ、なんでもない。


 忙しくても頑張れるのは、もうすぐクロム様に会えるから。

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