あなたを護りたい
「私は弟――タールの瞳に憧れを抱いていました。だからこそ、同様の力を人工的にも出せるのではないか、と考えたのです。師匠に下案を見せたところ、『魔道具は平和的利用に限られる。兵器となり得るものは認めない』と、処分を迫られたのです。ひどいでしょう?」
「……え? ええ、そうね」
彼を刺激しないよう、首を縦に振る。
「拒否すると、あっさり破門されました。それなら独自に開発すればいいと、友人と工房を借りたのです。しかし、信頼していたその友人に、全財産を持ち逃げされて……」
「まあ」
「師匠の下を離れた異国人に、金を貸す物好きはおりません。でも家名を出して助けを求めるのは、自分を無能だと吹聴するようなもの。万策尽きた私は、路頭に迷っていたところを、ある人に保護されました」
「それが、『キメラ』の人なのね?」
ようやく話がわかった。
アルバーノは隣国への留学中、組織にスカウトされたらしい。
「おや? 組織の名前まで、よくご存じですね。そう、私を助けたのは『キメラ』のセイボリー支部です。『資金を提供するから、魔道具を開発しないか?』と誘われて。能力を見出されたと、私は有頂天になりました」
「そんな! だったら組織は、その眼鏡を量産しているの?」
目を丸くした私の前で、アルバーノは首を横に振る。
「まさか。眼鏡の完成は帰国後ですし、こんな大事な装置を、人手に渡すはずがありません」
アルバーノは急に口をつぐむと、私の背後をチラリと見やった。
「……どうやら話しすぎたようですね。重要なのは、王女のあなたが私の帰国を待たず、こんな男に夢中になっていたことです!」
アルバーノが、クロム様をビシッと指差した。
もちろん否定はしないけど、彼の注意がクロム様に向いたため、私は焦る。
焦って言葉に詰まったせいで、アルバーノが声を荒らげた。
「どうしてこんな男に!! 王女のあなたがどうして、卑しい身分の男に想いを寄せるのですか!」
「それは……」
「相手がセイボリーの王子なら、まだ諦めもつくというものです。だけどあなたは、この男を選んだ。よりにもよって組織の依頼を受けた私が、潜り込ませた男を!」
――違う。クロム様のことは、出会う前から好きだった。だけど私達の出逢いに、アルバーノが絡んでいたなんて。
「信じられない。私の方が、先にあなたを好きだったのに! それでも、諦めるための努力はしました。王女の教師を務めるくらいだから、その男は名のある貴族かもしれない、本当にあなたを想っているのかもしれないと、自分に言い聞かせて」
ご自身が孤児だと語っていたから、クロム様は紛れもなく平民だ。
けれどアルバーノの話に水を差すのは危険なので、私は黙って耳を傾ける。
「しかし後日、組織からカトリーナ様の安否を尋ねる手紙が届きました。そこには、この男のことも詳細に記されていたのです。私はその時初めて、組織の闇と自分が潜り込ませた男が暗殺者だと知りました」
アルバーノは言葉を区切ると、苦々しげに顔を歪めた。
「――能力を見出された? はっ、まさか。そんなものは幻でした。『キメラ』にとって私は、彼の潜入を手助けするための、都合のいい駒だったのです」
私は脇に下ろした両手を、固く握りしめる。
――『キメラ』という組織は、いったいどれだけ人の生き方を狂わせてきたのだろう? どれほど人を利用すれば、気が済むの?
キラキラした乙女ゲームの『バラミラ』に、「組織」という単語は一瞬しか出てこない。
それは暗殺に失敗したクロム様が、チラッと語る程度。ファンブックにも詳細な記述はなく、はっきり言ってクロム様以外のファンにとっては、どうでもいい情報だった。
それなのにこの世界では、組織の存在が大きいようだ。クロム様もアルバーノも組織の所属で、彼らにいいように扱われていた。
「私を認めない師匠や組織など、こちらから願い下げです。私には、あなたがいればいい。カトリーナ様を護るため、装置の完成を急ぎました。穢れなき王女を、悪の手に渡すわけにはまいりません!」
傷ついたクロム様へ一歩踏み出すアルバーノを、私は慌てて押しとどめた。
「アルバーノ、組織のことはあなたのせいじゃないから、気に病む必要はないわ。ところで、完成を急いだって言っていたけど……。その眼鏡は、できたばかりなのね?」
そこにヒントがありそうだ。
彼の口から、弱点を聞き出せないかしら?
「はい。【彗星の瞳】と【陽炎の瞳】。どちらも素晴らしい出来映えでしょう?」
「ええ、ええ、すごいわ。だけど、初めて使った割には慣れているみたい」
「いいえ。使用するのは、今回が初めてではありませんよ」
「初めてじゃない? 事前に誰かで試したの?」
何気なく口にした私。
ふと、ある恐ろしい考えが浮かぶ。
「まさか、行方不明の人達はあなたが……」
「さすがは聡明な王女様! その通り。何ごとにも、テストは必要でしょう?」
にいっと口角を吊り上げたアルバーノに、私は怯み後ずさった。
剣を掲げた彼を見て、私はクロム様の元へ迷わず走る。
「危ないっ」
ギイィィィン!
クロム様に覆い被さった瞬間、耳元で金属音がした。アルバーノが振り下ろした剣を、クロム様がナイフで防いだみたい。
だけど息が荒いので、次の攻撃は躱せそうにない。それなら私の取るべき行動は、たった一つ。
愛する人を護ろうと、私はクロム様をかき抱く。
「カトリーナ様、そこまでこの男のことを……」
悔しそうな声が真後ろで聞こえた。
しばらく待っても動きがないため、振り仰ぐ。
目が合ったと感じた直後、アルバーノが冷笑を浮かべる。
「裏切り者には死を。それが組織のテーゼ――命題です。でもカトリーナ様に免じて、一度だけチャンスをあげましょう。あなたが私のものになるなら、彼を見逃してあげますよ」
クロム様の止血に使った布地が、すでに真っ赤に染まっている。
早く決断しなければ、彼は助からない!
私の推しは、後にも先にもただ一人。
当然、迷いなんてない。
「そうね。だったら私は、あなたのものにな……」
「…………くな」
「えっ?」
かすかな声が聞こえた気がして、目を落とす。すると瞼を閉じたクロム様が、私の袖を掴もうとしていた。




