ロリコン疑惑!?
目が赤くチカチカして、薔薇の花びらが散る。
――ああ、またこれか……。
残る花弁は一つだけ。
ようやく普通の人と同じ、一つの命だ。
私は復活し、胸から短剣を抜いて投げ捨てた。
その直後、アルバーノが大きく息を吐く。
「ああ、良かった。カトリーナ様……」
――自分で刺しておきながら、よく言うわ。
そりゃあ、クロム様との最後の授業だと、張り切って胸パッドを多めにしたのは私だけど……。
【薔薇の瞳】の能力のおかげで、短剣は胸の詰め物に刺さったことになったみたい。
命は助かったものの、悔しい気がする。
怪我一つない私を見て、青い顔のクロム様まで息を吐く。
ところが、安心したのもつかの間――。
「ぐあっ……」
「えっ⁉」
アルバーノが素早く移動し、別の剣をクロム様の肩に突き立てた。
「どきなさい!」
慌てて突き飛ばし、クロム様の前にかがみ込む。
荒い息を吐く彼の肩からは、尋常じゃない量の血が流れ出ている。
私はドレスの袖を破り、止血に充てた。けれど、彼の肩に巻き付けた紫色の生地が、みる間に赤く染まっていく。
「アルバーノ、卑怯よ!」
「卑怯? いいえ。手負いの獣ほど、恐ろしいものはありません。反撃される前に排除しないと」
変わってしまったアルバーノ。
これ以上、何を言っても無駄なの?
残る命は一つだけ。
身を投げ出せば、私は死んでしまう。
その後、クロム様が助かるという保証もない。
やはり、時間を稼ぐしか――。
ここに来てどのくらい経つかわからないけれど、ハーヴィーとルシウスの会議がそろそろ終わるはず。
部屋にいない私を心配した兄が、探しに来てさえくれれば助かるかもしれない。
クロム様の髪にそっと触れ、私は彼に背を向ける。
アルバーノはトドメを刺そうと、剣を構え直していた。
「ねえ、理由を聞かせて。あなたがこんなことをするのは、私のためよね?」
アルバーノの肩を押し、クロム様から遠ざけた。次いで可愛く見えるよう、首をかしげる。
「お尋ねになるということは、やはりご存じなかったのですね。この男は、ある組織から派遣された刺客で、あなたの命を狙っております」
「知っているわ。でも、今は違う。だから……」
「だから見逃せ、とでも? いいえ、王女様。違うかどうかは判断がつきかねます。私はあなたが傷つくところを、見たくありません。降りかかる火の粉は、この私が全て排除して差し上げましょう」
「ダメよ!」
「ダメ? どうして?」
――いかん、話が全然通じない。
「その前に、教えてほしいの。こんな私のために、あなたがわざわざ危険を冒してくださるのはなぜ?」
アルバーノにぴったりくっつき、精一杯の上目遣い。自分でも鳥肌ものだが、我慢我慢。
本当は、すぐにでも叫んで兵を呼びたい。でも、彼らが駆けつける間もなくアルバーノが襲いかかれば、取り返しのつかないことになる。
クロム様が少しでも回復し、逃げられますように。
「それは私が、カトリーナ様をずっと……その、お慕いしていたから、です」
「まあ……嬉しいわ。でも、どうして?」
アルバーノには、好きな女性がいたはずだけど?
「それは……。武を重んじるメリック家で肩身の狭い思いをしていた私を、あなたが導いてくださったから」
「……私?」
妙ね。彼の帰国後、恋バナ以外の話をした覚えはない。
「はい。といっても、九年ほど前のことです。聡明なあなたは、私の能力を見抜いてくださいました。『あなたはいずれ、素晴らしい発明をする人よ。すごい才能があるもの』と」
確かに言った。
でもそれは、ゲームの彼を知っていたせいだ。
ヘルプ係のアルバーノは、自分で発明もすると言っていた。アイテムの解析をするウサギ型のロボット、『わか~るくん』と『みえ~るくん』は、彼が作ったものだから。
「あなたの言葉に力を得た私は、セイボリー王国で研究にいそしみました。そしてご覧の通り、自らの手で魔道具を作り出したのです!」
だけど私は、サブキャラの彼が武器のようなものまで開発するとは、思わなかった。そんな展開、ゲームにはない。
――でも待って? 九年前の私はまだ六歳。前世の基準でいけば、ようやく小学一年生。もしやアルバーノって……。
「ロリコンなの!?」
「カトリーナ様、ろりこん、とは?」
「ええっと……。もしかして、小さい方がお好き?」
「ご安心ください。カトリーナ様は、今でも小さく可愛らしい」
思わず胸を見下ろした。
ねえ、どこが?
アルバーノ、私のどこが小さいの?
「うう……」
クロム様の苦しそうな声を聞き、自分の使命を思い出す。
どうにかして、話を引き延ばそう。
アルバーノが好きなのは、どうやら私らしい。けれどもっと気になるのは、彼と組織の関係だ。
セイボリーへの留学中、彼にいったい何が起こったの?
「アルバーノ、魔道具を作り出せるなんて素晴らしいわ! こんなにすごい発明をするあなたは、セイボリー王国でもさぞ、重用されたのでしょうね」
大げさに褒めると、アルバーノが表情を曇らせる。
――――あれ?
「いいえ、師匠は私を理解してくれませんでした」
「ええっと……。それは、魔道具の師匠に恵まれなかったってこと?」
「違います。師匠はセイボリー王国一の発明家です。才能を見出された私は、弟子として師匠の下で熱心に学んでいました。しかし突然、破門されたのです」
「まあ!」
そんな話は知らない。
というより、アルバーノもクロム様と同じくサブキャラなので、詳しい経歴は不明だ。
背中越しに、クロム様の荒い息づかいが聞こえる。いまだに動けないほど弱っているなら、誰かが探しに来るまでもっと時間を稼ぎたい。
――推しのことは、私が護る!
「ねえ、もっと聞かせて。発明ができるのに破門って……さっぱりわからないわ」
「これのせいです」
アルバーノはそう言って、仮面の形の眼鏡に触れた。




