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脅威の魔道具

「さすがは王女様、そこまでご存じでしたか。正解です」


 嬉しそうに答えるアルバーノに対し、クロム様は防戦一方だ。驚くことにクロム様の方が、アルバーノの動きに圧倒されている。


 ともかく二人をとめなくちゃ。


「やめて! 二人とも、剣を下ろして!」

「いいえ、やめません。この男は、入ってくるなり私を問い詰めた。どうせクラリス嬢が裏切って、あなたの居場所を教えたのでしょう」


 キイィィン、ガキイィィン。


 話しながらも戦闘は続く。

 裏切り者は、アルバーノだ! 


「カトリーナ様。この男は(いや)しい己を(かえり)みず、王女という至高の存在に恋い()がれたとんでもないやつです。この、身のほど知らずが!」


 間髪入れずに攻撃を仕掛けるアルバーノ。

 クロム様は手にしたナイフで彼の剣を受けとめるが、その(ひたい)には玉の汗が浮かんでいる。


「カトリーナ、何をぐずぐずしている。早くここから逃げろっ」

「嫌よ!」


 クロム様には従えない。

 仮に私が部屋を出て、助けを呼びに行ったとしよう。その私が兵を連れて戻るまで、彼が無事だという保証はどこにもない。


 アルバーノが、留学中に剣士として開眼したという噂は聞いたことがなかった。だけど、暗殺者として育てられたクロム様が苦戦するくらいだから、相当の腕前だと思われる。


 ――武に秀でたメリック家の血を引くせい? それとも彼が変化した?


 互いにものすごい速さで斬りつけるため、よく見えない。二人の位置は目まぐるしく入れ替わり、剣戟(けんげき)が鳴り響く。


「お願い、今すぐやめて!」

「やめる? カトリーナ様、この男は危険です。排除しないと」

「ダメよ!」


 ギイィィィン。


 悲痛な叫びも、金属同士のぶつかる音にかき消されてしまう。


 アルバーノは人が変わったように好戦的で、普段は青白い肌が紅潮している。反対に、クロム様には余裕が見られず、必死の形相(ぎょうそう)だ。


 だったら私が、アルバーノの注意を引きつけよう。

 わずかな(すき)ができれば、クロム様はきっと勝つ。


「アルバーノ、教えて! あなたの素早い動きは、仮面のせい?」

「仮面? ああ、あなたにはそう見えるのですね。これは眼鏡(めがね)です」

「眼鏡? ずいぶん変わった形ね」


 震える声を悟られないよう、一語一語はっきり話す。


「ぐっ……。機能を、組み込んだ結果、この大きさになりました」


 クロム様、惜しい! 

 もっとよ。アルバーノの注意を、もっと引きつけよう。


「機能って?」

「それは……クソ、しぶといな。仕方がない」


 アルバーノはそう言うと、仮面改め眼鏡の端に触れた。




「チッ」

「ええっ!?」


 クロム様は舌打ちし、私は目を限界まで開く。


 なぜならブーンという音の後で、アルバーノが分裂したから。一人だったアルバーノが、なんと五人に増えている。


「なっ……なんで!?」

「お気に召していただけたようですね。私がセイボリー王国で研究したのは、魔道具です。帰国して昼夜問わず(はげ)んだ結果、人工の瞳装置の開発に成功しました」

「人工の、瞳装置ぃ?」


 私が口にした直後、クロム様がアルバーノの一人に飛びかかる。


「おや? なんで本物がわかったのでしょう。まぐれでも恐ろしいですね。カトリーナ様との大事な会話中を狙うとは、この男、油断も隙もありません」

「ひっ……」


 私はつい、声を上げた。

 アルバーノが短剣を横になぎ払い、クロム様の腕に傷を負わせたからだ。

 素人目にも、よくわかる。クロム様の動きは速いが、アルバーノはもっと速い。


「クロム。薄汚いお前が、この私に勝てるとでも?」

「チッ」

「ねえ、アルバーノ。もっと詳しく聞かせて!」


 クロム様の身を案じつつ、アルバーノの気を逸らそうとなおも話しかける。


「いいですよ。話しながらでも、余裕で倒せますから。……おっと」


 片方のナイフを、アルバーノに弾かれたクロム様。

 一旦下がって距離を取る。


「ええっとなんでしたっけ? ああ、そうそう。最初に作った装置は、弟のタールを参考にした【彗星(すいせい)の瞳】。これで敏捷性(びんしょうせい)が高まります。もう一つは、独自に開発した【陽炎(かげろう)の瞳】」


 アルバーノが再び装置を作動させ、一人に戻った。

 その瞬間、クロム様が跳躍(ちょうやく)し、彼の頭上に躍り出る。


「ああっ」


 アルバーノは僅差(きんさ)(かわ)し、壁際まで走る。

 またもや五人に分裂し、どれが本物だかわからない。


「光の屈折を利用して、こんなふうに自分の位置を特定できないようにするんです」


 淡々と語るアルバーノ。

 その彼を斬りつけたクロム様だけど、端にいた本体が襲いかかる。


「くっ……」

「そんな、クロム様!」


 床に(ひざ)をつく彼を見て、恐怖が()い上がる。

 それはクロム様の二の腕に、赤い血が滲んでいたから。


「アルバーノ、待って!」

「いいえ、待てません。王女様、この男の正体を教えて差し上げましょう」


 言いながら、アルバーノが短剣を振り上げた。


「知っているわ!」


 私は床を蹴って走り寄り、クロム様に無我夢中で飛びついた。彼の頭を抱えた直後、運悪くアルバーノの短剣が振り下ろされる。


「なっ……」

「カトリーナ? ……カトリーナ!!」


 大好きな人に呼ばれても、応えられない。

 だってアルバーノの短剣が、真上から私の胸に刺さっていたのだ。


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