犯人の正体
その声はクラリスだ!
彼女の目は異様に光り、アルバーノにのみ焦点を当てている。
「クラリス?」
呼びかけた途端、パタンと扉が閉じられた。
私はわけがわからず、走り寄る。
「ねえ、どういうこと? クラリス、いきなりどうしたの? クラリスってば!」
取っ手をガチャガチャ揺らすけど、全く開かない。
防音完備のせいなのか、扉一枚隔てたら、声が聞こえなくなるようだ。
「アルバーノ、今すぐここを開けて! 一度閉まったら開かないなんて、とんでもない作りだわ」
後ろを向いて不平を漏らすと、アルバーノは肩をすくめた。
扉を開けてくれるかと思いきや、彼はその場を動かない。
「ちょっと、アルバーノ! 聞こえているはずよ。私をここから出しなさいっ」
けれど彼は、薄ら笑いを浮かべている。
――――何かがおかしい。
不安を感じた私は、取っ手を揺らす手をとめた。
「もしかして、二人で何か企んでいるの?」
連れてきたのはクラリスだが、なぜか私を置き去りにした。
そしてアルバーノも、挙動不審だ。
「企むなんて、人聞きの悪い。クラリス嬢はあなたがルシウス殿下を選ぶよう、この私に説得してほしいそうですよ。健気ですね」
「なんですって!」
アルバーノは、ゲームの中ではヘルプ係――つまり指南役。クラリスも私と同様、彼に恋の指南を頼もうとしたの?
待って、それは変。
だって彼女は、ゲームの中身を知らない。
『ヘルプ係』という言葉も、聞いたことがないようだった。
それならいったい、どういうこと?
クラリスとタールの兄――アルバーノは、街中で顔を合わせている。その時私は、彼を昔からの知り合いだと紹介した。
だから彼女はアルバーノに、私の説得を頼んだの?
推しとくっつきたいと願う私に対し、クラリスは推しのために身を引こうというの? 私と一緒になりさえすれば、彼が幸せになれると、本気で考えているのだろうか?
「クラリス……」
彼女の気持ちを思い、胸に手を当てた。
そんな私を、アルバーノが鼻で笑う。
「ふっ、もちろん私も。あなたを説得するつもりはありませんよ」
「……え?」
目を丸くした私の前で、アルバーノがガスマスクのようなものを装着する。そして素早い動きで、机の上のウサギ型ロボット『わか~るくん』に手を触れた。
その直後、ウサギの口から煙が噴射される。
「なっ……」
慌てて手で口を覆うものの、煙は部屋全体にみるみる広がり、間に合わない!
強烈な眠気に襲われて、瞼が下がる。立っていることもできなくて、床に崩れ落ちた。
「くくくっ。カトリーナ様、ごゆっくりお休みください。起きた時には、私が邪魔者を排除し終えた後ですよ。お楽しみ……」
喉の奥で笑うアルバーノ。
その声を最後まで聞くことなく、私は深い眠りに沈んでいった。
*****
ガキイィィン、キンキン、キイィィン!
近くで金属音が聞こえる。
鋭くリズミカルで、騎士の手合わせの音に似ているような。
私は違和感を覚え、眠い目をこする。
次いで、だるさの残る身体を無理に起こした。
「ここは……?」
知らないベッドの上だし、ドレスを着たままだ。
石の天井に木の梁、質素な造りの石壁は、優雅さよりも機能性が重視されているみたい。
「ここは……研究塔の中?」
覚醒した私は、転がるようにベッドを降りた。近くの壁に手を伸ばし、ふらつく身体を支える。
「まさかまだ、アルバーノの研究室にいるの?」
隣の部屋に続くドアを開けた途端、瞳に異様な光景が映り込む。
――クロム様が、仮面の男と戦っている!
仮面の男は、黄土色の胴衣に白色のズボンという服装で、短剣を振り回していた。仮面といっても、カーニバルで見る目だけを覆うタイプで、紫色に金色の縁飾りが付いている。
視界が狭いはずなのに、仮面男の動きは速い。
黒のナイフを両手に持ったクロム様をものともせずに、互角の戦いを繰り広げているようだ。
「あれは……誰?」
「カトリーナ、無事で良かった。ここは危ない、逃げてくれ!」
黒一色のクロム様が怒鳴った。
こっちに気を取られた隙に、仮面男が彼を斬りつける。
「くっ……」
「そんな!!」
「よそ見をしている場合ですか? お前さえいなければ、カトリーナ様は……」
仮面の男の声を聞き、次々閃く。
クロム様の偽の肩書きは、セイボリー王国出身の教師。
これまでセイボリー王国に滞在していた人で、ハーヴィーと仲が良く、彼に意見できる人がいる。その人はこうして、個室も持っていた。
「アルバーノ!!」
落ち着いて見れば、彼がさっきまで羽織っていた灰色のローブは床に落ちていた。戦闘の邪魔になると、脱ぎ捨てたものらしい。
「カトリーナ様、お目覚めですね。声だけで私がわかるなんて。やはりあなたも、私を……」
――ん? 感激したような響きだけど、全然違うから。
「組織の連絡役は、アルバーノ。あなただったのね!」




