連絡役を探し出そう
戻ってきたタールは、ぷりぷり怒っている。
「カトリーナ様、ひどいです〜。散々探し回った俺の身にもなってくださいよ。オレガノ産の茶葉は、この世に存在しないんでしょう? 女官長にも確認したので、間違いありません」
「あら、そうだったかしら?」
すっとぼけた私の横で、クロム様が頭を下げた。
「用事を思い出しましたので、私はこれで」
そう言って、さっさと出口に向かう。
「ええっ!? やっと戻って来たのに、もう移動するのか?」
「あら、ター坊。それならあなたが、私の話し相手になってくださらない?」
タールをここに留めておけば、クロム様も動きやすいはずだ。
「いえ、任務ですので。……って、おい、クロム! 勝手に行くな。カトリーナ様、ではっ」
クロム様は扉を開けて、音も立てずに部屋を出た。その後をタールが慌てて追いかける。クロム様のことだから、きっと上手く躱すだろう。
おとなしくしてと言われたものの、私だって彼の力になりたい。危険のない方法で探すなら、問題ないはずよ。
いったい誰が、クロム様を教師として推薦したのだろう?
「私ったら嫌だわ。こんな簡単なことに、どうして気づかなかったのかしら」
クロム様を先生として私に紹介したのは、兄のハーヴィーだ。誰が推薦したにしろ、最終決定権は兄のもの。
だったら兄は、推薦人の名前を知っている。
「ハーヴィーの近くには護衛もいて、安全だしね。妹に隠すとは思えないから、すぐに聞いてみよう!」
そうと決まれば、即実行。
私はハーヴィーの執務室に、勢いよく飛び込んだ。
ところが、部屋の中は空っぽ。
残っていた秘書官の話では、兄は今、会議室にいるらしい。
会議室に入ろうとすると、警備の兵にとめられた。
「ハーヴィー様はただいま、セイボリー王国のルシウス殿下と重要な会議をしておられます」
「緊急の用件なの。急いで会いたいと伝えてくださる?」
「誰も入れるな、とのご指示です」
「私は王女で妹よ。その私でもダメなの?」
「はい。最後の会議ゆえ集中して審議に入る、とおっしゃっていましたので」
まあね。今まで何もなかったし、まだ大丈夫よね?
「そう。それなら仕方ないわ。あとどのくらいかかるのかしら?」
「予定では、二刻半です」
「一時間ちょっとね。それなら私が会いたがっていたと、兄に伝えてくださる? 部屋で待っているので、終了次第お越しください、と」
「かしこまりました」
一時間ほど遅れるくらい、どうってことはないだろう。
これ以上は、何もできない。おとなしく部屋で待ちましょう。
戻る途中の回廊で、侍女のクラリスと顔をばったり合わせた。
「クラリスじゃない。どうしたの?」
「カトリーナ様……」
うっかり声をかけたけど、彼女とは昨日から気まずい状態が続いている。
ルシウスの肩を持ったクラリスは、私を怒鳴った。後から謝罪はされたものの、今日もなんとなくぎくしゃくしているのだ。
クラリスは、ばつが悪そうに目を逸らす。
「そう。答えたくないなら結構よ」
とげとげしい口調になったが、これでも我慢している方だ。
「いえ。カトリーナ様、私、あの……」
目が泳いでいるってことは、推しのルシウスに会いにきたの?
「ルシウス様なら兄と会議中よ。当分出てこないんですって。私もハーヴィーに用があるから、終わるまで一緒に待ちましょう」
どうせ暇だし、腹を割って話そうか。
けれどクラリスは、きっぱりした表情で首を横に振る。
「いいえ。申し訳ありませんが、私はアルバーノ様に会いに行くところでしたので」
「アルバーノって、ヘルプ係の?」
「へるぷがかり、とは?」
「ええっと……。そうか! それなら私も行くわ」
どうせ時間はまだあるし、アルバーノにはひとこと文句を言ってやりたい。
あれほど秘密だって念押ししたのに、私のクロム様への恋心を、兄に勝手にバラしたからだ。
ここから研究塔までは、片道十五分。
苦情を告げて帰るだけなら、会議終了後のハーヴィーを待たせなくていい。
一方で、不可解なのはクラリスだ。
彼女はアルバーノと、どこで知り合ったのかしら?
質問したい気持ちを抑えて、今は塔の急な石段を上ることに集中する。
ゲームでは、画面の切り替えでヘルプ係を呼び出せたのに、現実では結構ハードだ。
鍛えて良かったと思うのは、こんな時。
遅れを取ったクラリスは、だいぶ後方にいる。
「カトリーナ、様。お先に……どうぞ!」
下から彼女の声がする。
「別にいいけど。急に私が現れたら、アルバーノは驚くかもしれないわね」
軽くノックをしたところ、中から「どうぞ」という声が聞こえた。
木製の扉を開いて顔だけ出すと、椅子に座っていたアルバーノが、勢いよく立ち上がる。
「これはこれは、カトリーナ様。ようこそお越しくださいました」
両手を広げて歓迎されたら、悪い気はしない。
紫の刺繍が美しい灰色のローブの彼の側には、ウサギ型ロボット『わか~るくん』と『みえ~るくん』がいる。机の上に置かれたこの二つは、ゲームではお馴染みの光景だ。
「アルバーノ、久しぶりね。お元気そうで何よりだわ」
「王女様こそ、本日も大変お美しい」
五年前は寡黙だった彼がお世辞を言えるまでになったのは、セイボリー王国での修行の成果?
いやいや、感心している場合ではないでしょう。きっちり文句を言わなくちゃ。
私は勢いよく突き進み、彼の前に立つ。
「王女様、な、何か?」
「何かって、あのねえ。私、あなたには失望したわ!」
その時、戸口から声がした。
「連れてきてあげたわよ。約束は守ってね」




