恐るべき事実
「あなたを――?」
「なんでもないわ」
私は首を横に振る。
好きだからこそ、打ち明けられない。
「あなたのおかげでセイボリー語を覚えられたから、給金を上乗せしてもらうわね。消えたお友達のことは、私に任せて。穏便に出られるようにする……」
「なるほど。急な帰国を迫られたことといい、腫れ物にでも触れる扱いといい、王女を誘惑した疑いは晴れたはずなのに、おかしいと思っていた。もしかして、俺に面会を求めた者の失踪事件が関係しているのか?」
私の手に触れ、身体を寄せるクロム様。
至近距離から問われれば、嘘はつけない。
「ええ。兄はあなたを疑っている。訪ねて来た者の行方がたどれず、不審に思っているの。あなたが危険とも言っていて……」
「さすがは一国の王太子だ。笑顔の裏で察していたのか」
彼はそう言って、口を皮肉っぽく歪めた。
「以前は確かにそうだった。だが、組織を脱退した俺に危険はない。俺はもう二度と、人を殺めないと誓った。身を護るために、仕方なく傷つけたことならあるが……」
「正当防衛?」
「ああ。友人と偽り俺に会いに来たのは、組織の追っ手だ。でも、殺してはいない。抵抗する気力がなくなるまで叩きのめしたが、人の気配を感じてその場を去った。その後の行方は把握していない」
「だったらあなたは、三人の失踪とは無関係なのね?」
「そうだ」
彼は続けて、かすれた声を出す。
「お前を知れば知るほど、暗殺者ではなくクロム個人として見てほしいと願うようになった。屈託のない笑顔を向けてもらうには、これまでの生き方を改める必要がある。害を為す者であろうとも、命を奪えばお前が悲しむと考えた」
赤い瞳に見つめられ、胸がときめく。
これだと、まるで告白……って、うっとりしている場合じゃなかった。
「私のため?」
「ああ。そして自分のためでもある」
足を洗ってくれて嬉しい。でもそのために、避けては通れない問題がある。
「追っ手が来るなら、あなたに危険はないの?」
クロム様は首肯し、声を潜めた。
「恐らくは。組織もそこまで暇じゃない。掟で『追っ手は七人まで』となっている」
「……え?」
ゲームのクロム様はサブキャラなので、所属する組織について詳細に語られることはなかった。掟についても初耳だ。
「城を訪ねてきたのは三人だから、七人中三人。だったらあと四人で、あなたは自由になれるのね」
「いや、あと一人だ。山賊の中に一人、街中に潜んでいた時に二人、見知った顔と遭遇した。失敗すれば、追っ手であっても消されてしまう。同じ者が処分されずに襲ってくれば、話は別だが」
「まあ……。それなら、いなくなった三人は再びあなたの命を狙おうとして、どこかに潜んでいるかもしれないの?」
「そういうことになる」
真顔で答えるクロム様。
彼はさっき「追っ手を叩きのめした」と、口にした。
けれど、怪我を負った三人もの男性が、誰にも見咎められずに移動したり城に潜んだりするのは、可能だろうか? 他に仲間でもいれば、話は別だけど。
――ん? 仲間!?
その瞬間、私は恐るべき事実に気がついた。
「ねえ、暗殺者だったあなたを、教師として推薦したのは誰? 私の暗殺に失敗したと、誰が組織に告げたの?」
クロム様が眉間に皺を寄せる。
「誰かは俺にもわからない。『キメラ』には、暗殺を請け負う実行役の他に連絡役がいる。各国に散らばる彼らは、任務遂行の手助けはしても、実行役との接触は禁止されている。俺がここにあっさり潜り込めたことからすると、連絡役は内部の人間、それも中枢に近いところにいる人物だ」
「そんな!」
またしても明かされた重要な情報に、私は戦慄する。
「じゃあ、その人があなたの潜入の手筈を整えて、王女の暗殺に失敗したと組織に告げて、さらには行方不明の追っ手を匿っている可能性が高いのね?」
「そうなるな」
クロム様が首肯する。
彫刻のように整った横顔は麗しく、こんな時なのに目が吸い寄せられてしまう。
やっぱり別れはつらいし、なんとかしてでも側にいたい。
彼と離れずに済む方法は?
「わかったわ! 組織の連絡役と行方不明の人を探し出して、捕らえればいいのよ。この国で、あなたは何もしていない。だったら無実が証明されれば、ずっとここにいられるでしょう?」
「相手も警戒しているだろうから、そう簡単にはいかない」
「あら、そこまで難しくはないわ。連絡役になり得るのは、城内で人を匿えるだけの部屋を与えられ、中枢に近いところにいて、人事に口出しできる者。それなら限定されるし、調べればわかりそう。手分けをして探しましょう!」
名案だと立ち上がった私を、クロム様が引きとめる。
「組織に関わるのは危険だ。調査は俺がするから、カトリーナはおとなしくしていてくれ」
「でも……」
「一人の方が動きやすいし、身を護れる。組織の人間が王女の暗殺を諦めて、俺だけを狙っているという保証もない。カトリーナ、頼む」
推しに頭を下げられたら、振り切るなんてできない。
「……わかったわ」
渋々首を縦に振ったところで、部屋の扉が大きく開いた。
連絡役は誰かしら?
((`_´)←頭にきているカトリーナ)




