不吉な予言
「母が亡くなる前、僕は未来を垣間見た。『悪魔が空を引っ掻いて、大量の星がものすごい速さで地に落ちる。黒い霧が発生し、街には誰もいなくなった』」
ルシウスは言葉を切って、悲しそうな顔をする。
「今思えばあれは、流行病を暗示していた。僕がもっと早く気づいていれば、母も民も命を落とすことはなかったのに」
「それは違うわ!」
【星の瞳】が見せる映像はあまりに抽象的で、『バラミラ』ファンの間でも「なんのこっちゃ」と物議を醸していた。
ルシウスファンの多くが「最も使えない能力」だとSNS上で怒っていたのは、有名な話だ。
「違う? だが、多くの人を救える力がありながら、僕は使いこなせない。なぜこんな自分に能力があるんだろう? 瞳など要らない、潰してしまった方がマシだと思い詰めたこともある」
「ダメよ! だってあなたの瞳は、とても綺麗だもの。それに抽象的なら読み違えてもおかしくないわ。人は本来、未来を視られない。わかりづらくとも、それはあなただけのもの。いわば、神様からの贈りものなのよ」
「贈りもの? カトリーナは、僕の話を信じてくれるんだね?」
「当たり前でしょ! ……ってあれ? ええっと……」
いけない! ルシウスのプロフィールを知っているため、納得するのが早すぎた。ゲームの中のカトリーナでさえ、受け入れるまでもっと時間をかけていたような。
でもこれ、確実にルシウスのイベントに突入しているよね?
中断するには、話をぶった切るしか方法がない!
「そんな君だからこそ、伝えておきたいことがあ……」
「待って! 大事な話を、ここでするのはおかしいわ」
「ここで語らず、いつ語れと? 今朝、またもや未来を視た。残念ながら、今の僕にはわからない。でもきっと、君に拘わることなんだ!」
――ヒロインなので拘わりがあるのは当然だけど、それは当分後の話だ。ゲームのイベント通りに進む方が、私にとっては大問題!
「じゃあ、兄に相談してみてはいかが? ハーヴィーも能力者で博識だもの。私よりいい答えを導き出せるはずよ」
「カトリーナ様!」
突然、甲高い声に怒鳴られた。
声の主を探すと――。
「クラリス、戻っていたのね」
髪を乱したクラリスが、手を腰に当ててぷりぷり怒っている。
子犬を預け、走って戻って来たみたい。
「カトリーナ様、いい加減にしてください!」
「え? え? え?」
頭の中は、はてなマークだらけ。
激高するなんて、何があったの?
「クラリスごめん、よくわからない」
「だ・か・ら。どうしてルシウス様のお気持ちを考えないんですか? 話をきちんと聞いてください!」
でも、今はルシウスのイベントなので、カトリーナが彼の未来視を聞くと、好感度が一気に上がってしまう。そうなれば他の攻略対象の追随を許さず、引き返せなくなる。
――そもそもルシウスは、あなたの推しよね。どこまで聞いたか知らないけれど、どうして私に勧めるの?
理解できずに首を横に振ると、クラリスの目が怒りに燃えた。
「カトリーナ様っ」
「やめるんだ!」
私に伸ばされたクラリスの手を、ルシウスが払う。
彼は私を背に庇い、クラリスと対峙する。
「そんな、ルシウス様……。あの、私は別に……くっ」
くるりと向きを変えたクラリスが、パタパタ走り去る。
「クラリス、待って!」
その目に光るものが見えた気がして、私は後を追おうと駆けだした。
ところが、ルシウスに手首を掴まれてしまう。
「カトリーナ、行かないで。このまま話を聞いてくれ」
「いいえ、後にしてください。今はクラリスが………」
「『本を抱えた闇が、光の間で紫の薔薇を傷つける。そして、最後の薔薇が散りゆく』。この未来視を、君はどう思う?」
ルシウスが勝手に話し始めた。
驚くべきは、その内容だ。
――こんな未来視は、知らない!!
ゲームに出てきたのは、『光り輝く剣が、紫の薔薇の隣で闇を払う』だった。剣は攻略対象の誰かを意味し、紫の薔薇とは私を示す。
本を抱えた闇ってことは、元教師で黒い衣装のクロム様?
彼が私を傷つけて、最後に残った命を奪うの?
『バラミラ』とは異なるセリフに、震えが走る。
「カトリーナ、怖がらせてごめん。だけど、嘘はついていない。僕に君を護らせてくれ」
ルシウスの声音は、これ以上ないほど真剣だ。
彼の未来視が正確だと知っている私は、返事をするどころではない。
クロム様は、私に複数の命があると知っている。
その彼は、心優しくも暗殺者。
――未来が変化したのは、私がクロム様を好きになったせい? 彼はまだ、私を殺そうとしているの!?
不吉な予言を受けたせいで、不安が渦巻く。
思わずよろけた身体を、ルシウスが支えてくれた。
私は彼の腕を掴み、めまいが治まるのを待った。
「みっともないところをお見せしましたね。ご迷惑をおかけして、ごめんなさい」
「いや、いいんだ。僕の方こそごめん」
その直後、侍従が彼を呼びに来た。
「ルシウス様。貴国の使者が到着しました」
「カトリーナ、すまない。一緒に戻ろう」
「いいえ。私は少し休んでから戻ります。お先にどうぞ」
「だが……」
「平気ですわ」
にっこり笑って彼を送り出した。
「それにしても、ルシウスの予言は不可解ね」
ベンチに座って考えても、答えは浮かばない。
諦めて城に戻ると、タイミングの悪いことに向こうから来たアルバーノに捕まった。
「カトリーナ様、こちらにいらっしゃいましたか。素晴らしい魔道具が完成したんです! ぜひ見にいらしてください」
「ごめんなさい。今日はちょっと……」
今は魔道具を見る気分ではない。
断って廊下の角を曲がると、執務室の扉が開いた。
「あら、カトリーナじゃない」
「お兄様!」
「顔色がよくないわね。元気になったって聞いたけど?」
顎に片手を当てたハーヴィーは、金糸の入った華やかな紫色の衣装を身につけている。装いに加えて美貌も絶好調で、羨ましいほど生き生きしていた。
「もちろん元気ですわ」
兄に余計な気苦労をかけたくないので、ルシウスの不吉な予言を聞いたせいだとは、とてもじゃないけど言えない。
無理に笑顔を作った私の顔を、ハーヴィーが至近距離から覗き込む。
「つらい時には休んでもいいのよ。でももし大丈夫なら、あなたに聞いておきたいことがあるの」
「なんでしょう?」
「ルシウス殿下とは、どうなっているの?」




