過去の記憶
帰国後。
六歳になった私は、孤児院を訪ねることにした。
前世で愛読していたファンブック。
そのクロム様のページに『孤児』との記載があったから、彼への理解を深めよう、との考えからだ。
王女の私は、ここでも歓迎されるものとばかり思っていた。
「俺達は見せものじゃない」
「自慢するなら帰ってよ」
こちらの方が幼いせいか、子供達はみんな遠慮がない。
「これこれ、あなた達!」
「口を閉じなさい」
職員達は焦るが、彼らの言う通りだ。
王女の私は護衛をぞろぞろ引き連れて、フリルやリボンの多い高価なドレスを纏っていたから。興味本位の見学か、身分をひけらかしに来たと思われても仕方がない。
「ごめんなさい……」
慌てて謝り、下を向く。
外見は子供でも中身は大人の私が、配慮するべきだったのに。
もしかしたら私も、彼らに混じっていたかもしれない。
王女に生まれ変われたのは、単に運が良かっただけ。
「それともこの転生には、何か意味があるのかしら?」
城に戻った私は、毎日首を捻った。
「『バラミラ』にハマッていたから? 亡くなったらみんな、ここに来るの?」
いや、全員が転生しようものなら、この世は大渋滞。
「それなら王族として、民の役に立てということ? 国を豊かにするため心を砕け、との天のご意思かしら?」
もちろん推しのことは、つねに頭にある。
「どうすれば我が国を発展させつつ、推しを気持ちよくお迎えできるのかしら」
『散りゆく薔薇と君の未来』、通称『バラミラ』。
このゲームの中で我がローズマリーは、芸術国としての地位を確立していた。
けれど今の我が国は、のんびりした農業国。
価値ある芸術品は数が少なく、歌劇や演劇といった娯楽もなく、祭りの際に旅芸人を招く程度。
それは我が国だけでなく、隣国セイボリーや北のオレガノ帝国といった大陸全てに当てはまる。昔のヨーロッパに似たこの世界では、民衆のほとんどが楽しいことに飢えていた。
「やっぱり、ゲームに出てきた通りの芸術国にしなくちゃね。そうすればみんなも喜ぶし、クロム様だって……」
オープニング曲の背景に偶然映り込んだ感じだが、私の推しは、美術館に飾られた一枚の絵に見入っていた。たとえ一瞬にしろ、あの背格好は本人だと断言できる。
「クロム様の心を奪ったのがどんな絵か、事前にわかれば苦労はしないのに」
残念ながら、肝心の絵は映っていなかった。
ファンブックにも載っていないので、わからない。
「とりあえず、自分の為すべきことはわかったわ。この国で、芸術を広めましょう。身分や年齢性別関係なく、誰もが楽しめるように」
私は早速、父の国王に直談判。
「お父様、お願いがあるの。あのね、私、毎日お芝居が観たい」
「そうか。じゃあ、城に人を呼んで演じてもらおう」
「いいえ。ここじゃなく、みんなにも観てもらえる場所がいい。そこに行けば、いつでも楽しめるような」
おねだり作戦が功を奏し、王都に劇場を建設してもらうことに成功。
それから幾日もしないうちに、再び機会が訪れる。
「カトリーナ、お前の七つの誕生日だが……。プレゼントは何がいい?」
「お父様、ありがとう! それなら私、たっくさんほしい。新しい絵や彫刻を立派な建物の中に展示して、多くの方に見てもらいたいの」
続いて美術館。
すでにあった絵画は似たり寄ったりの肖像画が主なので、『新しい』を特に強調する。かなり高い贈りものだが、娘に甘い国王は、我が国に芸術家達を招聘してくれた。
これには兄のハーヴィーも苦笑い。
そこで私は、彼にもお願いする。
「お兄様のお知り合いで、芸術や文学を嗜む方はいらっしゃらない? もしいらっしゃるなら城にお招きして、お話をじっくり伺いたいわ」
いわゆるサロンというもので、芸術や文学の発展のため、自由に意見を交換したり創作したりする場を設けたい。
「それは構わないけど……。あなた、本当にカトリーナ?」
もの柔らかな口調の兄が、びっくりしたのも無理はない。私の中身は九つ上の兄よりうんと年上だし、愛する推しも絡んでいるので真剣だ。
公共の劇場や美術館があると楽しいし、芸術を見る目も養える。
人材だって欠かせないから、貧しい民の就職先が確保できるかもしれない。
そんなわけで私は、芸術と文化を学ぶとの名目で、時々サロンに顔を出す。美術や文学作品を創作してもらい、推進するため心を砕いた。
こうした経緯もあって約二年前、私は我が国の芸術担当となったのだ。
そこからは、自分の立場をフル活用。
芸術の振興と発展に力を注ごうと美術品を収集し、国外の絵も当然確保する。
予算で画材を購入したり、貴重な紙を我が国でも生産できるようにして、学院や孤児院に寄付したり。
子供や無名画家の絵を集めた展覧会を国内各地で開催し、画商にも積極的に推薦していた。