ルシウスの告白
「王女の身分をかなぐり捨てたら、彼は私に応えてくれるかしら」
侍女のクラリスに聞こえないよう、ぶつぶつ呟く。
ここ数日、私はフェリーチェの散歩と称して厩舎の前を通っている。遠目なら邪魔にならず、子犬と一緒ならクロム様の方から声をかけてくれるかもしれないからだ。
けれど彼は忙しいのか、姿を見せない。
子犬は私の濃い紫色のドレスに身体をすり寄せて、寂しそうに鳴いている。
「クウゥ~ン」
「クロム様に会いたいのね。私もよ」
結構な時間粘ったが、結局今日も会えなかった。
「カトリーナ様、時間の無駄です。いい加減、諦められてはいかがですか?」
「まさか。お姿を見るだけで元気が出るの。私の健康にクロム様は欠かせないわ」
「そうですか? 寒空の下、無理に散歩なさる方が風邪を引くのでは?」
「そんなことないわ。だって……」
「カトリーナ!」
呼ばれてうっかり振り向けば、ルシウスが片手を上げている。
「ここで会えるなんて、嬉しいな。せっかくだから、一緒に歩こうか」
「ルシウス様、ごきげんよう」
慌てて膝を折るものの、なんとも間が悪い。
「カトリーナ様。この子は私が連れて行きますね」
一礼したクラリスが、子犬を奪い取る。
「ワン、ワンワン」
「え? でも……」
「ごめんね。ありがとう」
爽やかにお礼を言ったルシウスに、クラリスはほんのり頬を染めている。
――いや、せっかく推しがいるのに、退場したらダメでしょう。
心の声も虚しく、彼女は私達から遠ざかる。
ルシウスを待たせるのも失礼なので、とりあえず並んで歩くことにした。
「カトリーナ、具合はどう? なかなか会えなかったから、まだ伏せっているのかと思ったよ」
「いいえ。おかげさまで、だいぶ前に良くなっ……」
言いかけて、私は気づく。
病み上がりを口実にルシウスから逃げたことは、一度や二度じゃない。
「……たけど、ぶり返したので大変でした。何日も部屋から出られずに、飽き飽きしましたわ」
「そう? その割には元気そうだし、君によく似た女性を何度か見かけたよ」
「あら、それは不思議ですわ。でも、世の中には似た顔が三人はいると、よく言いますものね」
「へえ、初めて聞く言葉だな。なんにせよ、元気な君に会えて嬉しいよ」
ルシウスが眩しい笑みを向けたから、良心の呵責を感じて下を向く。
「……ありがとうございます」
ゲームのパッケージ中央に描かれているのは、ルシウスだ。魅力的な笑顔は、多くのファンを虜にしていた。
そのルシウスが、庭園の中央でいきなり立ちどまる。
不思議に思って窺えば、彼の青い瞳は女神と天使の彫刻が施された噴水に、まっすぐ向いていた。
「カトリーナ。君はセイボリーで僕と初めて会った日を、覚えている?」
「ええ」
覚えているも何も、あれは私が前世を思い出した瞬間だ。忘れるなんて、できっこない。
「そう、良かった」
噴水の前に立ったルシウスが、遠い目をしながらあの日を語る。
「あの頃の僕は、何もできない子供だった。狼犬を前に、怖くてただ震えていたっけ。君は勇敢にも身を投げ出して、僕を護ってくれたというのに」
「いえ、あれはチュート……途中で気づいたからで……」
危ない、危ない。
ゲームのチュートリアルのせいだと、思わず白状しそうになった。
「気づいても、行動に移すのは難しい。しかも君は僕より幼く、身体も小さかった。君の帰国後、僕はこのままではいけないと考えを改め、心身を鍛えた」
経緯は当然知っているし、この後のルシウスのセリフも想像がつく。だけどそれを口にされたら、非常にマズいことになる。
「そうですね。ルシウス様は、たくましく立派に成長されました。さて、そろそろ……」
「それで? カトリーナは、僕をどう思……」
「ダメーッ」
焦った私は手を伸ばし、彼の口を塞ごうとする。
けれどその手を取られ、あろうことか指先に唇を押し当てられてしまう。
「カトリーナ、聞いてくれ。僕はあの頃から、君のために強くなりたいと願っている」
――遅かったか!
後悔よりも、ため息が先に出る。
このシーンは何度も見たけど、ここまですごいとは思わなかった。
決意を秘めた青い瞳が私を射貫き、真剣な表情は怖いくらいに美しい。
「実質告白だよね」
そう言って笑っていた、前世ののんきな自分に教えてあげたい。
……って、現実逃避している場合じゃなかった。
このままでは、ルシウスのオリジナルイベントに突入してしまう!
「ルシウス様、私は……」
「君を困らせるつもりはないし、今すぐ答えがほしいわけではない。だって僕はまだ、君に伝えていないことがある」
――セリフが違うから、セーフかな?
ちょっと待った。この後なんだっけ?
彼の美貌に圧倒されて、頭が上手く働かない。
ゲームでは何度も攻略したのに、本物のルシウスの迫力は桁違いだ!
「僕の目には特殊な力がある。【星の瞳】といって、未来が視えるんだ。でもそれは抽象的な未来視で、意味を読み解けずに救えるはずの命を救えなかったことがある」
――思い出した! この後ルシウスは、自身の過去を語る。




