告白したいのに
クロム様の名誉のためにも、ぜひとも誤解は解いておきたい。
「地下牢には、私が勝手に下りて行ったの。クロム様は帰れと何度もおっしゃったけど、側にいたいと言い張った。彼が捕らえられたのは、私のせいですものね。でもまさか、そのせいで熱を出して死にかけるなんて……」
自嘲気味に笑って、肩をすくめた。
「……言わないでくれ」
「え?」
「簡単に言わないでくれ! カトリーナ、君を失いかけて、僕は……」
――そうだった。ヒロインのカトリーナに複数の命があることは、秘密だ。ちなみにこの世界では、私とクラリスの他、クロム様だけが知っている。
思い詰めたような声に、私の背中を冷たい汗が流れた。心配させて悪かったけど、彼の心を私に向けてはいけない。
「ルシウス様。せっかくお見舞いいただいたのに、申し訳ありません。少し疲れたので、横になりますね」
体調不良を言い訳に、再びベッドに潜り込む。
「僕の方こそ、長々とごめん。カトリーナの体調を気遣うべきだった。だが君は、もっと自分を大事にして。そして、君を大事に想う人と一緒になるべきだ」
真面目な声でそう言うと、ルシウスは部屋を出て行った。
上掛けを被っていたので、彼の表情はわからない。
けれど頭の中では、警鐘が鳴り響く。
――今のセリフ、ゲームにもあった。このままだと確実に、ルシウスとの個別ルートだ!
個別ルートとは、ゲームの後半部分のこと。好感度の高い相手との恋愛を成就すべく、ストーリーが進行していく。
「なんてこと!」
親しくなるのを避けていたはずが、隣国の王子ルシウスとくっつく可能性が高いようだ。特定の攻略対象とのルートに入ったヒロインは、そこから二度と抜け出せない。だから、注意をしていたのに……。
前世の私なら「なんて贅沢な悩み」と、笑い飛ばしたことだろう。だってもうすぐメインヒーローのルシウスが、私だけに愛を囁くのだ。
ゲームではそれでもいいが、ここは現実でやり直しはきかない。
何より私は、クロム様ひとすじだ。
彼以外、恋愛感情を抱けない。
一週間後。
すっかり元気になった私は、大好きな推しを探して歩く。
「どちらにいらっしゃるのかしら? 早く告白したいのに」
タールの監視付きという条件で、クロム様は地下牢から釈放されたそうだ。うわごとで彼の名を呼ぶ私に根負けして、兄のハーヴィーが渋々許可したとのことだった。
「あまり覚えていないけど、私ったらグッジョブ」
兄の苦々しげな顔を想像し、クスクス笑う。
今日の私は、金糸の入った赤いドレスのおかげで顔色も良く、決意を秘めているから気力も十分だ。
黒髪の男性を厩舎の近くで見たとの報告に、迷わず向かう。
――きっと、クロム様だわ!
果たして彼はそこにいて、荷車に積まれた大量の藁を中に運び入れていた。
「おのれ~タールめ。私の(違うけど)クロム様を、下働きとしてこき使うなんて!」
怒りを抱えたまま、勢いよく中に飛び込んだ。そんな私に驚いて、数頭の馬が嘶く。
クロム様は顔を上げ、視線を向けた。
――藁にまみれていても、素敵だわ!
「カトリーナ様、仕事中です。そこをどいてください」
おや? 本日も安定の無愛想。
夢の中では、あんなに優しかったのに……。
「お話がしたいの。よろしいかしら? それとも会話も許されないほど、ひどい扱いを受けているの?」
「……いいえ。では、これを片付けて参りますので、少々お待ちください」
久々の彼は眼鏡こそかけてないものの、またもや敬語に戻っている。
――地下牢での一件で、心の距離が縮まったと感じたのは私だけ?
とにもかくにも、好きな気持ちを伝えよう。
初めての告白がこんな場所とは情緒がないが、急いでいるので仕方ない。
厩舎の壁に背中を預け、愛しい人を待つ。
足音が聞こえた瞬間、ドキドキしながら振り向いた。
「クロム様! あのね。私、あなた……」
「カトリーナ様、ご快癒おめでとうございます」
「……えっ? ええ、ありがとう」
言葉が被ってしまったが、気を取り直してもう一度。
「クロム様。私、あなたのことが……」
「治ったばかりで、埃っぽい場所にいらしてよろしいのですか?」
「……え? もちろんよ。こんなに元気だし、外出の許可も取ったもの。それより聞いて。あのね、私、あなたのことが好……」
「そういえば、ルシウス殿下のお姿が見えませんね」
ねえ、もしかしてわざと?
クロム様ったら、わざと私の告白を遮っているの?
「あの……。クロム様はどうして、ルシウス様のお名前を?」
「ルシウス殿下は誰よりも、カトリーナ様を心配なさっていたそうです。反対されたにせよ、自ら看病したいと言い出すのはよほどのことでしょう。隣国の王子に想いを寄せられるカトリーナ様は、お幸せですね」
「そんな! でも、私が好きなのは……」
「僭越ながら、私もカトリーナ様とルシウス殿下はお似合いだと思います」
――今、なんて?
推しの言葉にショックを受けて、頭の中は真っ白だ。
勇気を振り絞って告白しようとした相手から別の人を薦められるなんて。
「それでも私は……」
小さな声を出すと、彼は左右に首を振る。
「持って生まれた身分には、何人も逆らえません。各々が分をわきまえた行動を取るからこそ、秩序が成り立つのです」
「身分なんて、秩序なんて、関係ありません!」
「あなたはそうでも、他の者は違います。カトリーナ様はもっと、王女としての言動を心がけてください。お話は以上ですか?」
冷たい声のクロム様には、取りつく島もない。
――今のは本心かしら? もし違うなら、あなたは今の言葉をどんな思いで口にしたの?
彼はきっと、私の気持ちをわかっている。告白前に否定したのが、その証拠だ。それならこれ以上何を言っても無理だろう。
私は踵を返し、城に向かって歩く。せめて涙は見られないよう、うつむき続けた。
いったん引くけど、彼への想いを諦めたわけではなくてよ(`・ω・´)




