表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/78

告白したいのに

 クロム様の名誉のためにも、ぜひとも誤解は解いておきたい。


「地下牢には、私が勝手に下りて行ったの。クロム様は帰れと何度もおっしゃったけど、(そば)にいたいと言い張った。彼が捕らえられたのは、私のせいですものね。でもまさか、そのせいで熱を出して死にかけるなんて……」


 自嘲(じちょう)気味に笑って、肩をすくめた。


「……言わないでくれ」

「え?」

「簡単に言わないでくれ! カトリーナ、君を失いかけて、僕は……」


 ――そうだった。ヒロインのカトリーナに複数の命があることは、秘密だ。ちなみにこの世界では、私とクラリスの他、クロム様だけが知っている。


 思い詰めたような声に、私の背中を冷たい汗が流れた。心配させて悪かったけど、彼の心を私に向けてはいけない。


「ルシウス様。せっかくお見舞いいただいたのに、申し訳ありません。少し疲れたので、横になりますね」 


 体調不良を言い訳に、再びベッドに(もぐ)り込む。


「僕の方こそ、長々とごめん。カトリーナの体調を気遣うべきだった。だが君は、もっと自分を大事にして。そして、君を大事に想う人と一緒になるべきだ」


 真面目(まじめ)な声でそう言うと、ルシウスは部屋を出て行った。


 上掛けを(かぶ)っていたので、彼の表情はわからない。

 けれど頭の中では、警鐘(けいしょう)が鳴り響く。


 ――今のセリフ、ゲームにもあった。このままだと確実に、ルシウスとの個別ルートだ!

 

 個別ルートとは、ゲームの後半部分のこと。好感度の高い相手との恋愛を成就(じょうじゅ)すべく、ストーリーが進行していく。


「なんてこと!」


 親しくなるのを()けていたはずが、隣国の王子ルシウスとくっつく可能性が高いようだ。特定の攻略対象とのルートに入ったヒロインは、そこから二度と抜け出せない。だから、注意をしていたのに……。


 前世の私なら「なんて贅沢(ぜいたく)な悩み」と、笑い飛ばしたことだろう。だってもうすぐメインヒーローのルシウスが、私だけに愛を(ささや)くのだ。


 ゲームではそれでもいいが、ここは現実でやり直しはきかない。

 何より私は、クロム様ひとすじだ。

 彼以外、恋愛感情を抱けない。




 一週間後。

 すっかり元気になった私は、大好きな推しを探して歩く。


「どちらにいらっしゃるのかしら? 早く告白したいのに」


 タールの監視付きという条件で、クロム様は地下牢から釈放されたそうだ。うわごとで彼の名を呼ぶ私に根負けして、兄のハーヴィーが渋々許可したとのことだった。


「あまり覚えていないけど、私ったらグッジョブ」


 兄の苦々しげな顔を想像し、クスクス笑う。


 今日の私は、金糸の入った赤いドレスのおかげで顔色も良く、決意を秘めているから気力も十分だ。

 黒髪の男性を厩舎(きゅうしゃ)の近くで見たとの報告に、迷わず向かう。


 ――きっと、クロム様だわ!


 果たして彼はそこにいて、荷車に積まれた大量の(わら)を中に運び入れていた。


「おのれ~タールめ。私の(違うけど)クロム様を、下働きとしてこき使うなんて!」


 怒りを抱えたまま、勢いよく中に飛び込んだ。そんな私に驚いて、数頭の馬が(いなな)く。


 クロム様は顔を上げ、視線を向けた。


 ――藁にまみれていても、素敵だわ!


「カトリーナ様、仕事中です。そこをどいてください」


 おや? 本日も安定の無愛想。

 夢の中では、あんなに優しかったのに……。


「お話がしたいの。よろしいかしら? それとも会話も許されないほど、ひどい扱いを受けているの?」

「……いいえ。では、これを片付けて参りますので、少々お待ちください」


 久々の彼は眼鏡こそかけてないものの、またもや敬語に戻っている。


 ――地下牢での一件で、心の距離が縮まったと感じたのは私だけ?


 とにもかくにも、好きな気持ちを伝えよう。

 初めての告白がこんな場所とは情緒(じょうちょ)がないが、急いでいるので仕方ない。


 厩舎の壁に背中を預け、愛しい人を待つ。

 足音が聞こえた瞬間、ドキドキしながら振り向いた。


「クロム様! あのね。私、あなた……」

「カトリーナ様、ご快癒(かいゆ)おめでとうございます」

「……えっ? ええ、ありがとう」


 言葉が(かぶ)ってしまったが、気を取り直してもう一度。


「クロム様。私、あなたのことが……」

「治ったばかりで、(ほこり)っぽい場所にいらしてよろしいのですか?」

「……え? もちろんよ。こんなに元気だし、外出の許可も取ったもの。それより聞いて。あのね、私、あなたのことが好……」

「そういえば、ルシウス殿下のお姿が見えませんね」


 ねえ、もしかしてわざと? 

 クロム様ったら、わざと私の告白を(さえぎ)っているの?


「あの……。クロム様はどうして、ルシウス様のお名前を?」

「ルシウス殿下は誰よりも、カトリーナ様を心配なさっていたそうです。反対されたにせよ、自ら看病したいと言い出すのはよほどのことでしょう。隣国の王子に想いを寄せられるカトリーナ様は、お幸せですね」

「そんな! でも、私が好きなのは……」

僭越(せんえつ)ながら、私もカトリーナ様とルシウス殿下はお似合いだと思います」


 ――今、なんて?


 推しの言葉にショックを受けて、頭の中は真っ白だ。


 勇気を振り絞って告白しようとした相手から別の人を(すす)められるなんて。


「それでも私は……」


 小さな声を出すと、彼は左右に首を振る。


「持って生まれた身分には、何人も逆らえません。各々が分をわきまえた行動を取るからこそ、秩序(ちつじょ)が成り立つのです」

「身分なんて、秩序なんて、関係ありません!」

「あなたはそうでも、他の者は違います。カトリーナ様はもっと、王女としての言動を心がけてください。お話は以上ですか?」


 冷たい声のクロム様には、取りつく島もない。


 ――今のは本心かしら? もし違うなら、あなたは今の言葉をどんな思いで口にしたの? 


 彼はきっと、私の気持ちをわかっている。告白前に否定したのが、その証拠だ。それならこれ以上何を言っても無理だろう。


 私は(きびす)を返し、城に向かって歩く。せめて涙は見られないよう、うつむき続けた。

いったん引くけど、彼への想いを諦めたわけではなくてよ(`・ω・´)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ