表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/78

真夜中の訪問者

 *****



 夜――。

 私はふいに目を覚まし、周囲に目を()らす。


 付き添いの女官はベッドに伏せて、軽い寝息を立てている。連日の看病で疲れているはずなので、このまま寝かしておこう。


 窓から差し込む月の光が、室内を淡く照らしていた。

 おかげで灯りがなくてもよく見える。


 今宵(こよい)は満月。

 あの日のものより小さいけれど、月は変わらず美しい。


 ――美しいといえば、クロム様。あの神々しさは、他の方では真似(まね)できないわ。


 彼を思い浮かべていたせいか、以前のように黒い影を見る。


 ――まさか、ね。そんなに都合よく、登場するわけがない。


 目を(またた)かせてみるけれど、影はやっぱりそこにいた。バルコニーの白い手すりの上に立ち、微動だにしなかった。


 あの印象的な立ち姿を、私が見間違えるわけがない!


「……クロ……しゃま?」


 少しかすれてうわずった。

 夢だから、声が出にくいの?


 たとえ夢でも構わない。

 私はベッドを抜け出して、誘われるようにガラス戸に近づく。


 掛け金を外して開くと、愛しい彼が現れた。

 黒い衣装は夜の闇と同化するが、赤い瞳は輝きを放っている。


「クロム様!」


 想いが(あふ)れて飛びついた。

 腰に回した私の手を、彼は外さない。


 ――クロム様が嫌がらない! やっぱりこれは、夢なのね。


 夢の中なら告げてもいい?

 胸の想いを、口にしてもいいかしら?


「クロム様、あのね……」


 言い終える間もなく、たくましい腕にふわりと抱き上げられた。

 薄紅色の寝衣が音を立てたため、思わず見下ろす。


 ――どうせ夢なら胸を大きくして、目の覚めるような素敵なドレスにしてくれれば良かったのに。


 多少の不満はあるけれど、お姫様抱っこは素晴らしい。

 彼を見上げて微笑んで、その首に腕を回す。


 いつもなら拒否される行為でも、夢の中では平気みたい。

 だったら今のうち。

 前世からの想いを、全てぶちまけよう。


「あのね。私、あなたが好きなの。どれくらい好きかというと、ファンブックをすり切れるほど読み込んで、全てを暗記してしまうくらい。あ、もちろんゲームのあなたも好きよ。でも、現実はもっと素敵で――」


 クロム様は立て続けにしゃべる私を(さえぎ)らず、黙って聞いてくれている。

 熱に浮かされたような感覚なのは、興奮しているせいかしら?


 彼の頬に手を伸ばす。

 現実では無理でも、夢ならなんでもできるから。


「大切なあなたに、幸せになってもらいたい。今からでも遅くないわ。だからどうか、私を……」


 ……信じて(そば)にいて。


 そう(ささや)こうとした途端、彼の麗しい顔が迫る。


「ううえ!?」

「まだ熱がある。ゆっくり休んでくれ」


 唇かと思ったら、おでこを当てただけだった。

 せっかく夢の中なのに、熱を測るだけなんてもったいない。


 あっという間に運ばれて、ベッドに下ろされた。

 クロム様は長い指で、私の髪を撫でてくれる。

 上掛けをかける手つきも優しくて、赤い瞳は柔らかな光を(たた)えていた。


 残念ながら、告白に対する返事はない。


 ――まあ、いくら夢でもこれ以上は望みすぎだものね。


 ほうっと満足の吐息を漏らした私は、朝までぐっすり眠った。



   *****



 平熱に戻ったのは、地下牢で倒れた五日も後のこと。

 ようやく起き上がれるようになった私は、見舞いに訪れたルシウスに詳しい話を聞いている。


「ここに運び込まれた時点ですでに意識がなく、医師も手の(ほどこ)しようがないと言っていた。高熱は、蓄積された疲労と寒さが原因らしい。僕らはただ、君の無事を祈って待つしかなかった。回復して良かったよ」


 前世の記憶を取り戻して以来、私はしっかり鍛えていた。

 健康な身体だけが取り柄なのに、なんと生死の境を彷徨(さまよ)っていたみたい。


 悪化した原因は、クロム様の失踪(しっそう)による不眠とストレスだ。

 熱に浮かされていた時のことは、あまり覚えていない。ただぼんやりと、兄のハーヴィーやルシウス、心配するクラリスの声を思い出す。

 その時ふと、月明かりにたたずむクロム様の映像が頭を()ぎった。

 

 ――赤い瞳が優しかったから、あれは夢よね。


「ご心配をおかけして、申し訳ありません」

「謝らなくていいよ。それより、早く元気になってほしいな」


 私の気持ちを軽くしようと、ルシウスがにっこり笑ってくれた。(つや)のある銀髪は青い上着に映えて、青の瞳も健康そうに(きら)めいている。


 背後に薔薇があるけれど、やっぱり花瓶のものだった。

 薔薇を背負うルシウスは、ゲームではお馴染みの光景なので、それが自然発生でも別に驚かない。


 彼の視線を受けた私は、薄紅色の寝衣が透けていないかと気になった。上掛けを胸の辺りにまで引き上げていたおかげで、肩から下は見えずにセーフだ。


「他に何か、聞きたいことはある?」

「あの……クロム様は、ご無事ですか?」


 私は、一番の気がかりを尋ねてみた。

 すると、ルシウスの顔から笑みが消え、その目が鋭く細くなる。


「あの……。もしかしてルシウス様も、クロム様が私をそそのかしたと誤解していらっしゃるの?」

「誤解?」

「ええ。だってタールも兄も、彼だけを責めるもの。クロム様がここを出たのは、私が原因なのに」


 推しがいなくなったのは、私を思ってのこと。

『君を巻き込みたくなくて、城を出たのに』という苦しそうな声が、今も耳にこびりついている。


 沈黙しているルシウスだけど、その顔が心なしか強張(こわば)っているような。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ