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地下牢に行こう!

「そんな! やめて、お兄様」


 慌てて兄に取りすがり、必死に頼む。


「お願いだから、彼を牢から出して。悪いのは私だって言ったじゃない!」

「カトリーナ、落ち着いて」

「嫌よ!」


 首を激しく横に振った私に、兄の冷たい声が飛ぶ。


「あなたは少し、頭を冷やしなさい。私がいいと言うまで、部屋で謹慎(きんしん)するように」

「謹慎? いいえ、彼だけ牢では不公平よ。私も一緒に入ります!」

「あなた、自分が何を言っているのか理解しているの? 一国の王女を、犯罪者と同列に扱うわけがないでしょう」

「だって、私が一方的に慕っているだけだから。クロム様は悪くない!」

「カトリーナ。それ以上言ったら、本気で怒るよ」


 ハーヴィーの地を()うような低い声は、初めてだ。一切の弁解を許さない、酷薄(こくはく)な瞳も。


 冷静になって考えたら、クロム様は暗殺者なので、自国で罪を犯している。

 私が騒ぎ続ければ、ハーヴィーは彼の犯罪歴を調べるため、他国にまで調査の手を伸ばすかもしれない。


「……わかりました」


 私は反省を装い、自室にこもって夜を待つ。

 夜間の消灯後は人が減り、部屋から抜け出すのが容易になるからだ。




 早々に眠ったフリをして、真夜中に起き出した。

 地下牢に行こう!


 侍女はとっくに引き上げて、女官も続き部屋にいる。

 そうっと部屋の扉を開けると、外にいた二人の兵と目が合った。


「なんだか眠れなくて。申し訳ないけれど、図書室に置き忘れた本を取ってきてくださる?」

「ですが……」

「お願い、大事なものなの。失くしていないか心配だわ。無理なら、私が直接行くけど?」

「それは……」


 兵士は、互いに顔を見合わせた。


「……かしこまりました。私が見てまいりますので、少々お待ちを」

「ありがとう。でも、暗いし見つけにくいかもしれないわ。一見普通の革表紙だけど、ろうそくの灯りにかざすと虹色に光るの」

「虹色に?」

「ええ。やっぱり、一人じゃ無理よね」


 ここぞとばかりに上目遣い。

 もちろんそんな本は存在しないから、探すだけ時間の無駄だ。


「だったら俺も。王女殿下のお役に立てるなら、喜んで」

「お二人とも、優しいのね。虹色の革表紙が目印だから、しっかり確認してね。私は部屋にいるので、見つかったら届けてちょうだい」

「かしこまりました」


 これで、扉の前の兵士は追い払えた。

 彼らが戻ってこないうちに、クロム様のいる牢屋を訪ねよう。


「ふっふっふー。従卒の服を没収されなかったのは幸いね。フードを目深(まぶか)(かぶ)れば、気づかれないはずだもの」


 昼間と同じ服を着た私は、ローブのフードをぎりぎりまで下げた。

 まんまと脱出に成功し、手燭(てしょく)を片手に廊下を歩く。


 地味な姿のせいか、地下牢に続く鉄の扉を開けるまで、誰にも見咎(みとがめ)められなかった。


 忍び足で階段を降りると、淡い光が飛び込んだ。

 ろうそくの(とも)った壁の前で、当番の看守が呼びとめる。


「おい、こんな夜更(よふ)けになんの用だ?」

「すみません。タール様から、本日収監した囚人の様子を見てくるように、と言いつけられました」

「タール様?」

「第三国家騎士団長のタール・メリック様です」


 名前を出しても良心の呵責(かしゃく)は感じない。

 彼も私を裏切って、ハーヴィーの命令に従ったのだ。


「ああ、メリック家の……。公爵家だかなんだか知らんが、こんな夜中に働かせるとは、人使いが荒いな」

「ええ、本当に」


 実は違うが、同調しておく。

 少しでも怪しまれれば、クロム様に会えなくなってしまう。


「では、また後ほど」

「待った。証拠は?」


 看守に問われ、ぎくりと立ちどまる。

 でもこれも、想定の範囲。

 私はポケットの中を探り、ペガサスの翼を象った銀細工の徽章(きしょう)を取り出した。


「なるほど、嘘ではないようだな」


 これは第三国家騎士団の紋章で、団員達と王女の私も当然所持している。


「目当ての囚人は、一番奥だ。ほとんど動かず、おとなしい」

「それなら少し、話をさせてください。新たな情報を聞き出せたら、団長が喜ぶので」

「仕事熱心だな。そういうやつは嫌いじゃないが、気をつけろ。何かあったら、大声で呼べ」

「ありがとうございます」


 看守に深く頭を下げて、暗い廊下を一番奥へ。

 日の当たらない地下は冷たく、むき出しの石の壁と床のせいで一層寒く感じる。


 廊下の端に突き当たり、鉄格子(てつごうし)の中に目を()らす。

 奥に黒い(かたまり)が見えたので、愛しい人の名を呼ぶ。


「クロム様、クロム様」


 暗闇で何かが動いた気もするが、わからなかった。こう暗くては、手燭の光も奥まで届かない。


 次は、大きな声で呼んでみよう。

 もし眠っているのなら、起きるまで待って、昼間のことを謝りたい。


「クーロームーさーまー」

「……チッ」


 ――ん? もしかして今、舌打ちした? 


 いいや、めげずにもう一度。


「クーロームー……」


 黒い影が鉄格子に近づく。

 手燭を(かか)げた私は、赤い瞳を確認して、喜びの声を上げる。


「やっぱり、クロム様!」

「カトリーナ。静かにしないと、看守が飛んでくる」

「あら、クロム様も私と二人きりがいいのね!」

 

 冗談を言ってにっこり笑うと、不機嫌そうに顔をしかめられた。


 調子に乗ってごめんなさい。

 ――あら? でも彼は今、私をカトリーナって呼んだわよね?


「クロム様。もう一度、カトリーナと言ってくださ……」

「君は、こんなところにふざけに来たのか?」


 クロム様がイライラしたように黒髪をかき上げる。

 推しを怒らせるなんて、ファン失格だ。

 私はにやけた顔を引き締めて、真顔に戻った。


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