クロムの本音
後がないと焦った私は、剣の柄に手をかけた……はずが!?
「……ないっ。どうして!」
「ふへへ。お前さんが探しているのは、これか?」
さっきフードをめくった男の手に、剣が握られている。
反対に私の鞘は空っぽだ。
――スられた!
「上物の剣、か。こいつで許してやってもいいが、せっかくだしな」
背の低い男が、私の剣を手に舌なめずり。
隣の男はナイフをしまい、下卑た笑みを浮かべた。
「ああ。めったに見られない上玉だ。なあに、おとなしくしていればすぐ済むぞ」
――王女の私が、ここでごろつきに穢されると言うの?
「嫌……やめて……」
後悔しても、助けは来ない。
震える声で口にするけど、男達には響かない。
「聞いたか? 何もしてねえのに、やめてだとよ」
「ハッハッハー。そう言われたら、手を出さないわけにはいかねえな。やめてで済めば、国家騎士は要らねえよ」
「違えねえや」
背の高い男が一歩前に出るやいなや、必死に声を張り上げる。
「キャーッ、誰か助けてーー」
「うるせえ、黙れっ」
私の口を塞ごうと、背の高い男が手を伸ばす。
私はタイミングを見計らい、相手の手首を捉えて逆方向に捻り上げる。
「あいててて……」
――護身術、筋トレのついでにター坊に習っておいて良かった。
けれど男は観念しない。
反対の手でナイフを取り出して、ためらいもなく振り回す。
「このっ!」
振り回された刃先が、運悪く私の首をかすめた。
そのせいで、視界が赤くチカチカする。
――これは……薔薇の花びら?
命を失ったようでも、私は生きている。
男のナイフはローブの留め金に当たったことになり、金具が砕け散った。
「は? どういうことだ?」
【薔薇の瞳】の能力のおかげで命拾いしたものの、花弁の残りは三つ。
しかも、危機はまだ続く。
「手元が狂ったか? ま、いいや。女、おとなしくないと、今度は絞め殺しちまうぞ」
「ぐっ……」
背の高い男は私の首を片手で掴み、ローブにもう一方の手をかけた。
――助けて!
呼吸が苦しく、叫べない。
こんなことになるのなら、タールを待って推しを追いかければ良かった。
――クロム様……。
意識が薄れそうになった瞬間、ふいに男の手が外された。
「クッ……ハッハッハッ……」
私はその場に崩れ落ち、必死に空気を取り込んだ。
やがて呼吸が楽になり、周囲に目を凝らす。
「ええっ!?」
なんとごろつき達は白目をむいて、地面に転がっている。
側には、ひげの男が顔色を変えずに立っていた。
倒れた二人は、誰に襲われたのかさえ、わかっていないだろう。
「クロムさ……」
「こんなところをうろうろするとは、何を考えているんだっ!」
付けひげをむしり取った男性が、声を荒らげた。
ほらね、やっぱりクロム様。
「だって、あなたがこっちに逃げるから……」
「だって、じゃない! まさか、裏通りにまで追ってくるとは思わなかった。俺のことは放っておいてくれ」
「そんな! 私はただ――」
あなたの側にいたかった。
でも、こんなに嫌がられているなんて。
痛む胸に手を置いて、涙を堪えた。
クロム様は本当に、私が嫌いなの?
だから城を出て、街中に潜むことにした?
「そんな顔をするな。王女の君は、ルシウス殿下と幸せになるべきだ」
「私の幸せを、あなたが決めないで!」
涙声で言い返す。
あなたが思うよりずっと、私はあなたを慕っている。
前世で寂しそうな横顔を見た時から、今世では十年の間一日も欠かすことなく、想い続けてきた。
真剣な気持ちを伝えたくて、赤い瞳を見つめる。
けれど当の本人は、眉間に皺を寄せている。
「俺は、君の命を奪おうとした。そんな男をなぜ、側に置こうとする?」
「それは、私がクロム様推し――ええっと、クロム様じゃないとダメだから」
「ダメ、とは? 素性も知らずに何を言う」
「知っているわ!」
「知っている?」
途端に彼が、険しい顔になった。
いけない、ファンブックの話はまだ早いわ。
「ええっと……詳しいことは知らなくても、私はあなたが優しい人だって知っている。それに、この世にクロム様はたった一人だもの。もしも誰かを選べと言われたら、私は迷わずあなたを選ぶ」
「正気か?」
「もちろん!」
確信を持って答えたのに、彼は変な顔をする。
「私が嫌ならフェリーチェは? ずっと寂しがっているの。こんなところにいて、あなたは幸せ?」
「幸せ? ……ハッ。この俺に、幸せになる資格はない」
「いいえ、あるわ! 私があなたを幸せにする!!」
両手を握りしめ、強く叫ぶ。
クロム様は目を細め、首を静かに横に振る。
「無理だ。俺は裏社会の人間で、常に危険に晒されている。そんなやつを手元に置くのは、自殺行為だ」
「嫌よ!」
「はっきり言わないとわからないのか? 危険とは、死と隣り合わせという意味だ。王女の君を殺せなかった俺は、組織に命を狙われている。一緒にいると、君まで巻き込んでしまう」
「クロム様!」
彼の本音が垣間見えた気がして、思わず胸に飛び込んだ。
けれど、すぐに突き放されてしまう。
「だから、一緒にいてはいけないんだと、何度言えば……」
「巻き込まれたって平気よ。だって私には、命が三つもあるの」
さっき一つ減ったので、花びらの残りは三つ。ちょっとやそっとじゃ殺されない。
得意気に言い放つ私を見て、クロム様が怪訝な顔をする。
「もしや、さっきのショックで頭が……」




