義兄の想い
ルシウスも驚いてはいるけれど、兄の方が深刻そう。だって、ハーヴィーのこんな顔は初めてだ。
――兄はどこから聞いていたの?
動揺している様子を見ると、全部かもしれない。
けれど、一早く立ち直ったのもハーヴィーだった。
「取り乱してごめんなさい。ルシウス殿下、申し訳ないけど妹と二人にしてくれない?」
「ですが……」
「頼む、この通りよ」
兄のハーヴィーが、ルシウスに頭を下げた。
「そこまでなさらなくても……」
ルシウスは困惑し、顔を上げてくれと身振りで促す。
「ありがとう。お話中に、ごめんなさいね」
「いいえ。ですが、これだけは言わせてください」
きっぱりした口調のルシウスが、私に向き直る。
「カトリーナ。輝きを放つ君自身の価値に、出自や身分は関係ない。僕にとって君は、得がたい人だよ」
「なっ……」
ハーヴィーが先に声を上げた。
私は絶句し、硬直する。
なぜならこれは、ルシウスがカトリーナへの愛を告白した後のセリフだから。
自らの生い立ちを知ったヒロインは、騙しているようで心苦しいと、彼に全てを打ち明ける。
――まさか悪手? 早めに出自を告げたせいで、ストーリーがショートカットしたの!?
この場面限定の、特別なスチルやルシウスの愛を覚えていないと言えば、嘘になる。
射貫くような青い瞳も引き結ばれた口元も、私の答え一つで、歓喜に変えられると知っているけれど……。
「コホン。殿下、そろそろ交代してくださらない?」
柔らかい口調のハーヴィーが、ルシウスの肩を掴む。目が笑っていないと感じたのは、私の気のせい?
ルシウスは諦めたようなため息をつくと、この場を後にした。
兄と二人きりなので、非常に気まずい。
この時点では知らないはずの、カトリーナの生い立ち。そのことについて聞かれたら、どうしよう?
「さて、と。カトリーナはさっきの話を、誰に教えてもらったの?」
「ええっと……なんのことかしら?」
私は兄の桃色の瞳から視線を外して、すっとぼけた。
ところがハーヴィーは、当然のように私の顎をすくう。
「お、お兄様!?」
「箝口令を敷いたはずなのに、おかしいわね。口の軽い使用人は、探し出して処分しないと」
――え? 今、さらりとひどいことを言った?
「待って!」
叫んだ拍子に、ハーヴィーの目がきらりと光る。
慌てて口をつぐむけど、これでは知っていると白状したも同然だ。
――でも、誰かが濡れ衣を着せられる前に、話した方がいいわよね?
「思い出しました! だいぶ前、執務室を訪れた際に、偶然手紙を目にしたの」
本当は偶然ではなく、むちゃくちゃ探した。
ゲームの中でも個別ルートに入る直前に、母親の手紙が出てくるからだ。
『わたくしの死後、娘を頼みます』
国王宛ての古い手紙に添えられた、カトリーナの出生証明書。
母親だと思われる女性の文字とサインを目にした時は、わけもなく悲しくなった。
物心つかないうちに死に別れ、顔も忘れた母だけど、それでも私の母なのだ。生きていれば、きっと今頃――。
「……ごめんなさい」
思わず涙が零れて、慌てて目を閉じた。
「カトリーナは、大きな秘密を一人で抱え込んでいたのね」
兄が、私をそっと抱き寄せた。
その表情は窺えないが、涙を抑えるのに必死な私は、彼を見上げる余裕がない。
「お母様……お母さん……」
記憶にもない今世の母に、前世の母が重なった。
田舎の母は娘の私が事故に巻き込まれたと知って、どんなに悲しんだことだろう。
「カトリーナ。大丈夫よ、私がいるから」
かすれた声が気になって、私はゆっくり瞼を開けた。
そして、間近に綺麗な顔を見る。
「お、お、お兄様!?」
ハーヴィーの唇が、なぜか私の顔のすぐ側にある。
「い、いったいどうなさったの?」
これではまるで、妹にキスしようとしているみたい。
正確には義理の妹だけど、こんな展開早すぎる。
――違う、これは……。
ふいに思い至る。
ハーヴィーは、千里眼とも言うべき【月の瞳】の持ち主だ。相手の瞼にキスすれば、視界を共有できる。
――まさか、私の行動を監視するため!?
国王の執務室に勝手に入ったことを、怒っているの? それとも妹が泣いたから、単に慰めようとして?
「なるほどね。とっくに知っていたというわけか。だったら遠慮は要らないな」
「はい?」
腰にあるハーヴィーの手に、力が込められた。




