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前世の記憶

   *****



 私、カトリーナは王太子で兄のハーヴィーにくっついて、隣国セイボリーを訪問していた。

 けれど兄は我が国の代表として、外交会議に出席している。

 小さな私はお留守番。

 庭園の散策だけでは飽き足らず、桃色のドレスの(すそ)(ひるがえ)す。


「姫様、お待ちください。走ると危ないですよ!」


 乳母の忠告も聞かず、私はツタの巻きつく鉄の門を一気にくぐり抜けた。


「わあ~」


 開けた場所に、絵のような光景が広がっている。

 中央の噴水を取り囲むように花壇があり、そこに赤や白、ピンクやオレンジなどの薔薇(ばら)が色分けされて咲いていた。


 最も目を引くのは、噴水の前で驚いたようにこちらを見つめる男の子。銀色の髪が陽に()けてキラキラ輝き、小さな顔は繊細で人形みたいに麗しい。


 初めて会うのにそんな気がしないのは、彼が天使に似ているから?


 私はふらふらと誘われるように、その子に近づく。

 すると、横の茂みがガサッと揺れた。


 ――そんなところから来るなんて、乳母も大変ね。


 笑いながら振り返った私は、大きな動物と目が合った。


「おおかみ!」


 びっくりして、思わず叫ぶ。

 灰色の大きな(おおかみ)は、私を狙って――いえ、噴水の前の男の子を(にら)んでいるみたい。


「あぶないっ!」


 考えるより先に、身体が動く。

 懸命に走り、気づけばその子の前に身を投げ出していた。


「きゃあっ」

「うわっ」


 直後にドンという衝撃で、二人まとめて地面に(たた)きつけられた。

 続いて私の首に、太い(くぎ)のようなものが突き刺さる。


 この焼け付くような痛みは、狼に()まれているからなの?


「……うう……痛い……」

「キャーッ」

「……ひ、姫様!」


 辺りに(ひび)く叫びと悲鳴。

 駆け寄った大人達が、私の上の狼を必死に引き()がす。


 ――私、このまま死んじゃうの?


 絶望に駆られたその時、目に赤い何かが映った。

 気になった私は、ふと噛まれた箇所に手を当てる。



「あれ? (きば)(あと)が…………ない!?」


 深く突き刺さったはずなのに、触った首の表面がすべすべしている。


「そんなバカな!」


 私が(かば)った男の子は無傷らしく、青い瞳で心配そうにこっちを(のぞ)き込んでいた。

 その瞬間、頭の中をある映像が駆け(めぐ)る。


 ――これって、『バラミラ』のチュートリアル画面だ!




 気づいた私は、恐怖というより喜びのあまりカタカタ震えた。


 だってヒロインの名前はカトリーナ、そして私もカトリーナ、前世の私は加藤莉奈。

 名前が一緒、人物が一緒、家族構成が一緒。

 噴水の周りに薔薇が咲くあの場所は、ゲームのチュートリアル(操作方法説明)画面。


 覚えのある光景に、確信が深まった。


「まさか自分が、ゲームの世界に転生するなんて……」


 かつて日本の大学生だった私、加藤莉奈は、この『散りゆく薔薇と君の未来』通称『バラミラ』というゲームの熱烈なファンだった。

 ストーリーは難しくとも美麗なスチル――画像と、イケボ――美声にどんどん()まっていく。

 当然ゲームの関連グッズも買い集め、ファンブック『a piece of rose』には涙を流す。


 好きが高じて叫びすぎ、仲間内からは『限界オタク』と呼ばれていた。限界オタクとは、推しへの言動が突き抜けて痛々しいオタクのこと。

 そんな私が好きなのは、攻略対象ではなく脇役の男性だ。


「ゲームの設定通りなら、今のは狼ではなく狼犬。オレガノ帝国の組織の者が、事故に見せかけてルシウス王子に怪我(けが)を負わせようとしていたのよね」

「姫様?」

「ええっと、なんでもないわ」


 慌てて応え、乳母の胸に顔を(うず)める。


 危ない、危ない。

 中身は二十二歳でも、今の私は五歳児だ。


「奇跡的にお怪我(けが)がなくて、ようございました」


 ――まあね。カトリーナは命がたくさんあるし、今はゲームのスタート前だもの。


 ヒロインのカトリーナは、【薔薇の瞳】を持つ。

 花びらの枚数と同じ八つの命を有し、命を落とすたびに瞳に浮かぶ花びらの数が減っていく。全ての花弁が散ると、ゲームオーバーだ。


 たった今、幼いルシウスを救って一つ失ったので、ゲームのスタート時にはすでに七つとなっている。


 ――選択肢もなくチュートリアルで失うのって、ひどいと思うの。


 ちなみにヒロインの攻略対象とされるイケメン達も、それぞれ瞳由来の能力を備えている。

【星の瞳】で予知ができたり、【月の瞳】で遠くが見えたり。

 敏捷(びんしょう)性が増す【彗星の瞳】というのもあった。


 ゲームの登場人物は全員好きだけど、推しは暗殺者のクロム。

 皮肉なことに、彼は私――王女カトリーナの命を狙っている。


 もしもこの世で会えるなら、重い過去を背負った彼を笑顔にしてみたい――。

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