カトリーナの告白
推しの失踪から、一週間が経過した。
クロム様の行方は、依然としてわからない。
――このまま、一生会えないのではないかしら?
部屋に閉じこもり、塞ぎ込む日が多くなった。
そんな私を心配して、兄が呼びに来る。
「カトリーナ。たまには庭に出て、子犬と遊んであげなさい」
「……わかったわ」
兄の勧めで外に出た。
可愛い子犬で気を紛らわそうとするけれど、出るのはため息ばかり。
「……はあ」
――この子の名付け親であるクロム様は、今どこにいるのだろう?
落ち込む私を気にも留めず、子犬は元気良く走り出す。
「フェリーチェ、そっちはダメ。こっちよ」
「ワンワン」
「待って! そっちは噴水があるから危ないわ」
「カトリーナ様、ここは私が」
クラリスの手をすり抜けて、子犬は加速する。
体力を失っているため、私は全く追いつかない。
すると、向こうから来た人物が子犬を受けとめてくれた。
「ウゥー、ウウー、ワン」
「やあ、カトリーナ。可愛い子犬だね」
「ルシウス様!」
誰かと思えばルシウスで、フェリーチェを抱えて眩しい笑みを浮かべていた。陽光に輝く銀髪や服の飾り。いえ、彼の存在そのものがキラキラしている。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
素直に受け取ろうとしたものの、子犬は腕にずっしり響く。
「ああっ!」
「おっと」
そんな私の両肘を、ルシウスが正面から支えてくれた。
――これだと距離がすっごく近いわ。
「ええっと……。フェリーチェ、こっちならいいわよ」
顔を背けて、抱えた子犬を地面に下ろす。
あろうことかフェリーチェは、その場でルシウスに尻尾を振っている。
「ワンワン、ワンワン」
メインヒーローの魅力には、犬も降参するらしい。侍女のクラリスも彼に見惚れているのか、妙に静かだ。
「カトリーナ、撫でてもいいかな?」
「ええ。もちろんですわ」
――あら? でも……。
『バラミラ』のルシウスは、幼い頃の事故がきっかけで、犬を嫌っている。なのにこれは……。もしかして、現実では違うの?
「あの、ルシウス様」
「何かな?」
屈んでフェリーチェを撫でていたルシウスが、整った顔を上げる。
「ルシウス様は、犬が苦手ですよね?」
途端に彼は、眉根を寄せる。
「どうしてそう思うの?」
「そりゃあ……」
――過去にあんなことがあったし、ゲームの情報だから。
「ああ、昔のことを言っているんだね」
納得したルシウスが、手をとめて立ち上がる。
「クウゥ~ン」
子犬は可愛く鳴いた後、クラリスめがけて走り出す。
「そうだね。どちらかと言えば、得意ではないかな」
「だったらなぜ、フェリーチェを?」
「カトリーナの好きなものを、僕も好きになりたい。君が可愛がっていると聞いて、触れてみたくてね」
そう言ってルシウスは綺麗な笑みを浮かべるけれど、私は笑わないあの人を思い出す。
あなたは今、どこにいるの?
今頃どうしているかしら?
「カトリーナ?」
耳に心地よいルシウスの声も、心には響かない。
ルシウスと親しくすればするほど、ヒロインの私は窮地に追い込まれてしまう。このままだと、この国を離れることになりそうだ。
暗殺を無事に回避したので、好感度はもう必要ない。
――それなら、「嫌い」と告げるのは?
やっぱりダメだ。
罪のないルシウスに嘘をつき、傷つけたくはない。それに不用意な言葉が原因で、国際的な事業が頓挫しても困る。
一国の王子が感情だけで動くとは思わないが、彼だって人間だ。
自分を嫌う王女がいる国と、果たして仲良くできるのか?
――そうか。彼が好意を示すのは、カトリーナが王女だからだわ! もし正当な王女でないとわかれば、私への興味も失うのでは?
「ルシウス様、お話があります。一緒に来ていただけますか?」
「もちろんいいけど。ここでは話せないこと?」
「ええ」
私が二歳の頃に引き取られたことは、クラリスにさえ話していない。内密の話がしたいので、別の場所へ移動しよう。
子犬の世話をクラリスに頼んだ私は、ルシウスを噴水前に連れて行く。
ここなら水音で遮られるから、会話が周囲に漏れることはない。
「突然すみません。どうしても、お伝えしたいことがあって」
凝った彫刻が施された噴水は、女神の抱えた壺から大量の水が流れ落ちている。跳ね上がった水飛沫が、小さな虹を形作っていた。
女神の足下で手を伸ばす天使は、セイボリーで初めて会った頃のルシウスにそっくりだ。
可愛い顔立ちの少年は、美しくたくましい青年へと変貌を遂げた。銀色の髪は陽に透けてキラキラ輝き、瞳はサファイアよりも澄んだ青。金の刺繍が入った青と黒の衣装が、青年となった彼の精悍な姿を引き立てている。
「カトリーナ、とりあえず座ろうか」
ルシウスが私を、噴水近くのベンチに導いた。
私は腰を下ろすなり、自身の秘密を口にする。
「ルシウス様、実は……。私は、生まれながらの王女ではありません」
「ええっ!? どういうことかな?」
ルシウスが首をかしげると、銀髪がはらりと額にかかった。
絵になる仕草にも、今は心惹かれない。
「私はたまたま王家に引き取られただけで、元々王女ではありません。私の母は、国王陛下の妹です」
この会話はゲームの中でも出てくるが、ルシウスに告白された後だった。
その時初めて、ルシウスはカトリーナの出自の秘密を知る。
私はゲームのセリフを、ほぼ暗記している。
そのため養女となったいきさつを早めに説明し、彼の関心を逸らそうと考えたのだ。
「私は幼い頃に父を、続けて母を流行病で亡くしています。両親を失った姪の私を哀れに思った陛下が、自分の子として育てると言って、引き取ってくださったそうです」
私の心は、クロム様だけのもの。
ルシウスの気持ちに応えられないのなら、恋愛フラグを早めに折ればいい。
「……そう、か」
ルシウスが、ぽつりと漏らす。
静寂が続くかと思いきや、私達の座るベンチのすぐ後ろで、息を呑む音がした。
「……っ!」
「えっ!?」
二人揃って振り向くと、そこには驚きの表情を浮かべた兄が立っていた。
「カトリーナ……。あなた、なぜそれを?」
「お兄様!」
ハーヴィーの急な出現で、私の顔は強張った。




