まさかの結末
護衛の騎士達は、襲撃してきた何者かと戦っているみたい。
「僕が出る。君達はここで待っていて」
「ルシウス様!」
慌てて引き留めようとするけれど、ルシウスはさっさと馬車を降りてしまった。
ゲームの設定では、ルシウスは長年に渡って鍛えていたとあり、相当腕が立つ。でも私は、現実の彼の実力を知らない。
案じている間に、今度はクロム様が馬車から飛び降りた。
彼の腕なら心配ないけど、剣を持っていなかったよね?
それでどうやって戦うの?
私は急に不安になり、窓から顔を出す。
「カトリーナ様!」
「大丈夫よ、クラリス。命が複数あるって、前にも言ったでしょう? いざとなったら、私があなたを護るから」
侍女に微笑みかけて、引き続き外の様子を窺った。
我が国の国家騎士達は、革や麻の服を着た大柄な人達と戦っているようだ。
「あの出で立ちからすると、山賊かしら?」
乙女ゲームの『バラミラ』に、山賊など出て来なかったのに。
「まあ! やっぱりすごいわ♡」
クロム様はどこかに剣を隠し持っていたらしく、舞うように相手を倒していく。
ルシウスは正統派の剣筋だけど、致命傷を与えずに手加減しているみたい。
タールは国家騎士だけあって強く、彼が通った後には粗野な男達が点々と転がっていた。
「近くで見られないのが残念だわ。でも、彼らの腕ならすぐ終わ…………」
「キャーッ!」
馬車の外から突き入れられたものを見て、クラリスが悲鳴を上げる。
それは鈍い輝きを放つ長剣で、剣先はなんと私の脇腹に突き刺さっていた。
「そんな、カトリーナ様! カトリーナ様‼」
クラリスの声が聞こえたけれど、頭の中が真っ白で、それほど痛みは感じない。
そうかと思えば視界が赤くチカチカして、目の前を花びらが通り過ぎていく。
――花弁の残りは四つ。私はまた一つ、命を失ったのね。
硬いものが脇腹に当たる感覚はあるのに、なぜか出血はしていない。剣が引き抜かれた後も、赤い色は見られなかった。
――なんで?
首をかしげた直後、馬車の扉が開く。
痩せた男が顔を出し、窪んだ目で車内を見回した。
男は扉の縁に手をかけて、今まさに乗り込もうとしている。
「来ないで!」
私は手にした日傘を突き出した。
傘の先が男の腹部に刺さったため、彼は痛そうに顔をしかめている。
「クッソ、このアマ!」
怒った男が剣を何度も突き入れた。
「ひっ……」
「ひゃあっ」
狭い馬車の中では逃げ場がない。
私は座席に張りついて、かろうじて躱す。
「ヒッヒッヒー。遊びは終わりだ。悪く思うなよ」
男が甲高い笑い声を上げた。
――来る!
私は自分の能力を信じて、クラリスを背に庇う。
そして、痩せた男を真正面から睨みつけた。
ところが、男は動かない。
「……え?」
「ぐ……ぎ……ぎ……」
それもそのはず。
何者かが男の背後から彼の腕を掴み、反対の手で首を絞めあげていたのだ。
――クロム様!
彼を目にした瞬間、とっさに叫ぶ。
「お願い、殺さないで!」
それはもちろん推しのため。
クロム様は暗殺後、どんな相手でも心を痛めてしまうから。
「ぐが…………」
男は馬車から引きずり下ろされて、地面に倒れた。
そのまま動かなくなったので、私は両手で口を覆う。
「そんな!」
信じられずに目を開くと、クロム様は肩をすくめている。
「気を失わせただけだ。殺してはいない」
「カトリーナ! 無事で良かった。君がいなくなったら、僕は……」
ルシウスが現れ、クロム様を押しのけた。
――待って。それだとクロム様のお姿が見えないわ!
推しが見える場所に移動しようと、私は足に力を入れた。
立ち上がろうとした途端、足下で鈍い音がする。
「……ん? ゴトン?」
床に、胸に入れておいたはずの小さな剣が落ちている。
どうやら、スカートの下から出てきたみたい。
拾い上げて見てみれば、銀細工の鞘の部分が割れていた。
破けた服と傷ついた剣。
そして、出血もなく無傷の私――。
「なるほど。さっき脇腹に刺さった剣は、ちょうどこの懐剣が防いだことになったのね」
それにしても、なぜ胸元に入れたはずの剣が脇腹に移動したのだろう?
………………まさか。
思い当たって、下を向く。
――なんてこと! 胸が小さいせいで、剣がずり落ちていたなんて。
助かったのに、なんだか素直に喜べない。
さらに遅れて震えがきたせいで、なんとも情けない。
私は小刻みに震える自分の身体に、両腕を回す。
安全なはずの道中で、山賊の襲撃を受けて死にかけた。それが自分でも、かなりショックだったらしい。
「こんなところに山賊が出るという話は、聞いたことがないわ」
「僕らを狙って、あらかじめ潜んでいたのかもしれない。山賊の背後に、オレガノ帝国がいる可能性は?」
切羽詰まったような声のルシウスに、私は目を瞠る。
「まさかそんな!」
こんな場面は知らない。
ローズマリーへの滞在中、城から遠く離れた場所でルシウスとカトリーナが襲われるという話は、『バラミラ』のどこにもなかった。
「ところでクロム、君は何者? 訓練された者特有の、俊敏な動きだったね。カトリーナの教師と紹介されたけど――嘘だろう?」
鋭い! さすがはルシウスだ。
「いいえ。ただの教師です」
クロム様は目を細め、きっぱり言い切った。
こんな時でも落ち着いているので、余計に怪しく見える。
「野郎どもは、全員縛り上げました。カトリーナ様、ご無事ですか?」
けれどタールが現れて、重苦しい空気をぶった切る。
「……あれ? みんな、どうしたんですか?」
首をかしげる仕草は可愛いものの、ター坊に構う余裕はない。
ルシウスは疑わしげな視線をクロム様に注ぎ、クロム様は何やら考え込んでいる。一応付け加えておくと二人とも相当腕が立つようで、返り血一つ浴びていない。
ファンブックの情報によると、私の推しはオレガノ帝国内の組織に籍を置く。
山賊が帝国の回し者ならば、クロム様はもしかして、彼らと面識があるの?
クラリスはよっぽど怖かったのか、一人静かに気を失っている。
なんとなく気まずい空気のまま、馬車はローズマリー城に到着した。




