事件発生!!
秋も深まる時期なのに、ぽかぽか暖かい。
このままクロム様と二人だけで観光できたら、どんなにいいかしら。
クロム様は、黒の上下に黒いタイ、編み上げブーツも黒だ。推しはそこにいるだけで尊い。
ルシウスももちろん素敵で、金糸の入った紺色の上下に白のシャツとクラバットを合わせている。腰に下げた剣には宝石が埋め込まれ、時々当たる光で輝いて見えた。
タールは、深緑色の生地に金色の刺繍と肩章が付いたいつもの制服だ。剣も騎士団から支給されているもので、装飾よりも実用性に重きが置かれている。
クラリスは青い上着とスカートで、襟とボタンが黒のきっちりした外出着。
私は赤紫のベロア生地にレースの襟と袖が付いた服を着ていて、歩きやすいよう紫のブーツを履いている。公務といえども華やかなのは、これがクロム様との初旅行だから。
――大好きな推しと外にいるから、視察ではなく初旅行!
けれど浮かれる暇はなく、私は国境沿いの鄙びた土地で、集まった住民と議論を交わしていた。
「ええっと、何か問題でも?」
「そったな立派な橋、架けても通る者がおらん」
「いいえ。ここに橋が架かれば、交通の要所となるはずです」
「でも、あたしらになんの得がある? よそもんや川向こうの民に侵入されて、大きな顔をされるのは、好かん」
詰め寄る人々は、橋には否定的。
「両国の発展に大きく寄与することで、村の知名度が上がるでしょう。通行料も設定し、一部を村の収益とします」
「収益? わしらの儲けになるってことか?」
「ええ。使い途については、みなさまにお任せいたします。それに向こうだって、同じことを思っていらっしゃるかもしれませんよ?」
「だども、よそもんは怖い」
私は終始笑顔で、住民の反対をことごとくひっくり返していく。
ただし村の老人は頑固なため、同じ話を何度も繰り返す必要があった。
「セイボリーの方も、みなさまの良さを知らずに警戒していらっしゃるかもしれませんね」
「どうだか。セイボリーの民は、魔法で人を惑わせるに決まっちょる」
「いいえ。魔道具は平和や利便性を目的として作られていて、悪用は禁止されています。それを言うならローズマリーの方々も、素晴らしい歌声でセイボリーの民を惑わせますよね?」
困った時には、ルシウスが助け船を出してくれる。
今のは、芸術国である我が国への褒め言葉だ。
「……む。褒められているのか?」
「ええ。そのようですね」
老人ににっこり微笑んだところ、大柄な男が声を上げる。
「そんなことはいい。漁はどうなる! 橋が架かると川魚が逃げちまう」
「ここより上流の、王家所有の土地を開放します。そこでなら、魚もたくさん獲れるでしょう?」
「いいのか⁉」
「もちろんですわ」
視察の前に、クロム様と一緒に資料を読み込んだ。
問題となりそうな点を洗い出し、対策を練った。
ハーヴィーの許可も、当然得ている。
ありがたいことに、中には最初から賛成の住民もいた。
「完成すれば、気軽にセイボリーに行けるんだろう?」
「ええ。通行証の発行で、今より手続きが簡単になるでしょう」
訛りは結構聞き取れたが、困った時はクロム様が教えてくれる。用意した提案に自信が持てたのも、彼のおかげだ。
ただ、橋の建設計画をまとめたのは、兄とルシウスだ。
だから私はまず、ルシウスに感謝の言葉を述べる。
「ルシウス様。ご協力いただき、ありがとうございました」
「いいや。カトリーナの活躍のおかげだよ。僕の方こそありがとう」
ルシウスの爽やかな笑みは、彼のファンでなくとも見惚れてしまう。
続いてクロム様。
彼が下調べに付き合ってくれたので、住民の説得に成功したとも言える。
「クロム様にも、大変お世話になりました」
「王女殿下のお役に立てて、光栄です」
――あれ? クロム様がよそよそしい。一応公務だから、気を遣っているのかしら?
用事を済ませた私達は、来た道を馬車で戻っていく。
付近の散策用に、張り切って日傘まで用意した。でも王都までは距離があるため、ゆっくりしている暇はない。
大自然の中での推しとのラブラブデート(?)は、次回に持ち越しだ。
馬車では私の隣にクラリスがいて、その前がクロム様。
私の正面には、ルシウスが座っている。
クロム様はずっと窓の外を眺めていた。
横顔も素晴らしいけれど、少しくらいこっちを向いてくれたっていいのに……。
行きの馬車で「彼がクロムか……」と言ったルシウスは、それきり黙り込んでしまった。視察を終えて安堵したのか、帰りはいつものように愛想がいい。
「セイボリー側の景色も、こっちとよく似ている。カトリーナにも、見せてあげたいな」
「そうですね。橋が架かって貴国を訪問した際は、ぜひ」
「違うよ。僕が言っているのは……」
その時、馬車がガタンと揺れた。
急停止でつんのめった私を、正面のルシウスが支えてくれる。
「どうしたのかしら?」
「ダメだ!」
身体を起こして窓から顔を出そうとした私を、クロム様が一喝した。
前方には、タールを始め護衛の国家騎士がいる。異常があれば知らせてくれるはずなのに、いまだ現れない。
「おおおおおー」
「わああああーっ」
突然、外から雄叫びのようなものが聞こえてきた。
「ええっ⁉」
すると、剣に手をかけたルシウスと、腰を浮かせたクロム様が顔を見合わせた。
「襲撃か?」
「そのようですね」
二人を見た私の脳裏に、出立前の兄ハーヴィーのセリフが甦る。
『カトリーナ。念のため、あなたも剣を持っていきなさい。本職の騎士に任せておけばいいから、いざという時以外、使わないように。なるべく邪魔をしないで、おとなしくしているのよ』
使えないのに携帯する意味はあるのかな? と疑問だったが、こういう事態を想定していたらしい。
鞘に入った小さな剣は、一応胸の辺りにしまってある。
外から、金属がぶつかるような音がした。
護衛の騎士達は、平気だろうか?




