表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/78

推しに願いを

 クロム様が素早く身を隠してくれたおかげで、満月の夜のことは誰にもバレなかった。


 力のこもった説得と子犬のフェリーチェをだしにした結果、彼は今もここにいる。


「クロム様、勉強の続きを教えてください。あと、せっかくですので気軽に接してくださいね」

「……わけを聞かないのですか?」

「わけ? 必要ありませんわ」


 クロム様が目を丸くする。

 命を狙われた理由を(たず)ねない私に、驚いているみたい。


「ですが……」


 どうしよう?

「信じているから」と言うのは変だし、「ストーリーを知っている」では警戒されてしまう。

 この先『バラミラ』に暗殺者の出番はないので、慎重に答えなくてはならない。


「あなたは優しい人でしょう? 私には、それだけで十分なの」


 クロム様の焦燥(しょうそう)葛藤(かっとう)を、考えなかったわけじゃない。

 でも、私があなたを幸せにするから、ずっとここにいてほしい。


 もちろん、好感度を上げようと画策(かくさく)したことや、捕縛用の縄まで用意したことは、本人には内緒だ。


 クロム様は私を穴の開くほど見つめ、やがて(あきら)めたようにため息をつく。


「わかりました。教師の職は続けましょう。教育し直さないと、カトリーナ様は自らの命を(かえり)みない傾向にありますからね。まあ、私が言うのも変ですが」

「あの時は必死でしたもの。クロム様が残ってくださるなら、危険な行為はしませんわ」


 


 そんなわけで私は今、クロム先生の講義を聴いている。

 気やすい仕草や口調は一夜限りで、今ではすっかり元通り。


 ――もう一度、『俺』って言ってくれないかな?


 山吹色のドレスに身を包んだ私は、勉強部屋で推しに願う。

 黒いシャツに黒いトラウザーズ姿のクロム様は、本日ももれなく麗しい。


「――というわけで、セイボリー産の魔道具は、馬車にも搭載されています。馬車と言えば、カトリーナ様が街中で馬車の前に飛び出された時には、ひやりとしました」

「あら。前にも言ったと思うけど、あんなふうに飛び出したのは、偶然クロム様の姿をお見かけしたからで……」

「偶然、ではないとしたら?」

「運命!」


 喜び(いさ)んで答えると、クロム様は口元を(ゆが)めた。

 次いで身体を(かたむ)けて、私の耳に唇を寄せる。


「いいえ、偵察(ていさつ)です。あの時私は、あなたを亡き者にする機会を(うかが)っていました。どうです? 嫌いになったでしょう」

「全然。クロム様は、バルコニーから落ちた私を(かば)ってくださったじゃない。嫌いになんて、なれません」


 ――というか、むしろ好き♡


 推しは、(ささや)き声も渋くて素敵。

 暗殺の危機は乗り越えたから、安心してドキドキできる。 


 壁際に立つ侍女クラリスの視線は鋭いが、私達の会話は聞こえてないはずだ。



 

「改めて、クロム様にお願いがあります」

「なんでしょう?」

「次回の公務に、同行してくださいますか?」

「カトリーナ様のご公務に? なぜ?」


 クロム様はわからないというふうに、眉をひそめている。

 

「ええっと、兄に臨時の会議が入ったので、橋を架ける予定地の視察を代わることになりました。ルシウス様がご一緒なので、失敗できません」

「失敗? 視察で失敗、とは?」

「ほら、国境沿いの土地ってセイボリー王国寄りでしょう? (なま)りがひどくて聞き取れないと、住民の要望を()めないかもしれません」

「そのために、ルシウス様がいらっしゃるのでは?」


 ――マズいわ。せっかくのクロム様との初旅行(違う)よ。もっともらしい理由を(ひね)り出そう。


「だからこそ、です! 隣国の王子に頼らなければならないなんて、王女として情けないででしょう?」

「大丈夫ですよ。カトリーナ様のセイボリー語は完璧です」

「いいえ。ええっと……方言! 独特の言い回しがあると、太刀打(たちう)ちできません」

「国内で、そこまで気負う必要はないと思いますよ」

「念には念を入れたいの。語学に堪能(たんのう)な通訳が必要です。ぜひ、クロム様のお力を貸してください」


 拝むような仕草で、弱々しく見つめた。

『弱々しく』――ココ重要。


「……仕方がありませんね。ですが、あくまで通訳として同行するだけですよ」

「ありがとうございます。クロム様!」


 涙が出るほど嬉しい。

 クロム様を誘った理由は他にもあるからだ。それは、兄のハーヴィーだった。


 兄は都合がつかないだけでなく、私とルシウスとの仲を取り持とうとしている(ふし)がある。


『せっかくの機会よ、二人で仲良く行ってらっしゃい。問題点の聞き取りは、ルシウス殿下にお任せすればいいから』

『それなら私ではなく、専門家に同行をお願いしてみては?』

『国際的な事業を、他人に託せと言うの? 私は、信頼できる可愛い妹にお願いしたいわ。他にも人手がいるなら、許可してあげるから』


 兄は、地質調査の専門家を指していたと思われる。

 でも私はもちろん、クロム様を選ぶ。

 彼だって、セイボリー語の専門家だ。




 それから十日後。

 私とクロム様とルシウス、護衛のタールと侍女のクラリスは、(そろ)って視察に出かけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ