惚れ薬を手に入れよう
「こういう時こそ、ヘルプ係の出番よね」
ピクニックの翌日。
私は研究者兼『バラミラ』の指南役でもあるアルバーノに会いに行く。
アルバーノは、第三国家騎士団長のタールのお兄さんで、魔道具に詳しい。
セイボリーでの研究が評価され、城の敷地内にある研究塔に一室が与えられた。
防音完備の部屋は結構広く、宿泊できるための設備もあるらしい。
そのため、研究室に籠りきりでも不便はないと聞く。
部屋の前に到着した私は、重い木の扉をノックした。返事がなく、鍵もかかっていなかったので、そっと開く。
「アルバーノ、いらっしゃる? お邪魔するわね」
入るなり、正面にある大きな机とその奥の壁一面に広がる書棚が目に飛び込んだ。右手の小さな机には、ガラスの器具が雑然と置かれている。
左にあるのは、いろいろな発明品を収めた棚だけど、ここにあるのはアイテムだ。
アルバーノの協力を得たヒロインが、合成したり調合したりを繰り返し、攻略対象の気を引くために使用する。
「確か、魅力アップの薬もあったわよね」
口の中でもごもご呟く。
いわゆる惚れ薬、というか惚れさせ薬を事前に飲んでおけば、間違っても推しに殺害されることはないだろう。
同じような瓶が多くてわからない。
部屋の主に聞きたいけれど、見当たらなかった。
「アルバーノ、どこ?」
その時、机の向こうがかすかに揺れた。
見れば、書棚の前に大量の本が崩れ落ちている。大きな机のせいで、入り口からは死角になっていたみたい。
「まさか、この中に埋もれているんじゃあ……」
慌てて分厚い本を取り除く。
革の装丁なので、本一冊がかなり重い。
やがて本の間から、アルバーノの乱れた焦げ茶色の髪が見えた。
「アルバーノ!」
「その声はカトリーナ様? すみません、梯子から落ちた拍子に、本が降ってきたもので」
隙間から這い出たアルバーノが、恥ずかしそうに頭をかく。
「もう。あなたったら、相変わらずなのね」
「相変わらず? カトリーナ様がこの研究室にいらしたのは、初めてですよね?」
しまった。ゲームでは馴染みのある光景なので、口が滑ったわ。
「そ、そう? 私ったら、勘違いしていたみたい。おほほほほ」
とっさに笑ってみるけれど、アルバーノは変な顔をしている。
私は彼の着ている灰色のローブの埃を払いながら、話題を変えることにした。
「ここに来たのは、教えてほしいことがあるからなの。相談に乗ってくださらない?」
アルバーノは驚いたように目を開き、首をぶんぶん縦に振る。
「もちろん! 王女殿下のお役に立てるなんて、至極光栄です」
「まあ、アルバーノったら大げさね」
アルバーノはのほほんとしているけれど、とっても頭がいい。それなのに、武力を尊重するメリック公爵家では、変わり者とされている。
弟のタールはヒロインの攻略対象だが、兄の彼は違う。
だからこそ、遠慮なく相談できるのだ。
「これから話すことは、秘密にしてほしいの」
「なんでしょう?」
「絶対よ。誰にも話さないでね」
「かしこまりました。お約束いたします」
「良かった! ……あのね、私、好きな人ができたの!」
照れながら口にすると、アルバーノの顔が一瞬強張ったようにも見えた。
ゲームでは、攻略の助言をくれることもあるから、気のせいかしら?
身振りで先を促され、クロム様への想いを語る。
もちろん教師の肩書きだけで、暗殺者ということは伏せた。
「そう、ですか。あの小さかったカトリーナ様が、身分違いの恋を……」
「あら。小さかったのは、ずいぶん昔よ。もうすぐ十六だし、成人すれば社交界へも参加できるもの」
アルバーノは、二十四歳で兄と同い年。
今の私は十五歳だが、前世も入れれば彼の年齢をゆうに越えている。
「そうでしたね。ところでカトリーナ様は、私が隣国に渡った理由をご存じですか?」
「ええ。セイボリー王国で、魔道具について研究するためでしょう?」
研究だけでなく、開発まで手がけているはずだ。
『バラミラ』は、サブキャラだろうとハイスペックで、顔面のレベルも高い。
「その通りです。でもそれは、ある方が私を認めてくれたから。私はその方を敬い、お慕いしております。ですが障害が多く、身分も違いで……」
「まあ。アルバーノも恋を?」
ゲームで知識を得た私以外に、彼の才能に気づいていた人がいたとは、初耳だ。
――ふうん。彼にも好きな人がいたのね。
『バラミラ』には、アルバーノの過去など出てこない。よって、彼の好きな人にも触れられていなかった。
恋愛相談のお返しに自分の恋まで教えてくれるなんて、真面目なのね。
「公爵家のあなたがまだ告白していないなら、相手はかなり格下なの? ……いいえ、答えなくてもいいわ。魅力アップの薬を服用すれば、いいことだものね」
「魅力アップ? なんのことですか?」
「えっ⁉︎」
ゲームでは初期から出てきた薬でも、現実では未完成どころか、作ってもいないらしい。
「そんなあ……」
重要アイテムが存在すらしないなんて、考えてもみなかった。
「飲むだけで魅力的に見える薬があるなら、恋愛も簡単にできますね」
「それがそうでもないのよ。……というより、お互い苦労するわね」
しみじみ口にしたところ、アルバーノはまたもや変な顔をする。
嘘偽りのない言葉なのに、どうしてかしら?
結局、『魅力アップの薬』は入手できず、ヘルプ係のアルバーノとは恋バナだけで終わってしまった。




