絵の秘密
だけど周りは大爆笑。
子供達の楽しそうな声が飛ぶ。
「カトリーナ様ったら。人間から犬は生まれないんだよ」
「そうだぞ。王女なのに、そんなことも知らないなんて」
「ハハハ、全然似てない~」
これにはクロム様も堪えきれなかったらしく、口に手を当てたまま目を細めていた。
普段は感情の読めない彼だけど、今日は表情豊かだ。
――ここに来て良かったと、思ってくれている?
推しのいろんな表情を、できればもっと見てみたい。私が側にいることで、彼の助けになれたなら。
「もちろん、今のは冗談よ」
「うっそだあ~」
「目が本気だったぞ」
――子供達ったら鋭いわ。私の本気の願望を、感じ取っているみたい。
「クロム先生。ぜひフェリーチェの頭を、撫でてあげてください」
取り繕うように抱え直した子犬を、彼に近づけた。
気に入らなければ暴れる犬も、今はおとなしい。
「ああ」
子供達の手前、クロム様は拒絶しないようだ。長い指がためらいがちに、子犬の頭に触れる。
フェリーチェは首を一瞬すくめるものの、すぐに目を閉じ気持ちよさそうにしている。
――私も子犬になって、撫でられたい!
「カトリーナ様?」
「うえ? ええっと、動物が優しい人がわかるって、本当なんですね」
「私は、優しくなんかありません」
クロム様は首を横に振り、その場で立ち上がる。
私も子犬を下に置き、素早く立ち上がった。
「ワン、ワン、ワン」
「あっ、待って」
「僕、まだ撫でてない!」
自由になったフェリーチェは、途端に駆けていく。
慌てて追う子供達。だけど子犬は、遊んでもらっていると勘違い。
クロム様は、そんな彼らから目が離せないようだ。
赤い瞳に映る世界は、優しいものかしら?
高い鼻と涼しげな目元、引き締まった口元にくっきりした顎のライン。男らしくて凜々しいけれど、その横顔はどこか寂し気で。
先ほど彼は、自分の国には孤児院がなかったと言っていた。幸せそうな子供を見ながら、不遇な少年時代を思い出しているのだとしたら?
もしも過去に戻れたら、私が彼を抱きしめたい。「生まれてくれてありがとう」って、毎日祝ってあげるのに。
推しはサブキャラで、私の命を狙う暗殺者。
だけど私は誰よりも、彼の幸せを望んでいる。
いつか笑ってもらえるように、あなたの悲しみを取り除きたい!
「ねえ、カトリーナ様。僕の描いた旗を見てくれた?」
クロム様の横顔を見つめる私の袖を、小さな男の子が引っ張った。
私はその子と手を繋ぎ、近くの木に飾られた旗を見に行く。
三角形の旗には、金色の太陽が描かれていた。
「すごく上手ね。太陽のデザインが素敵だったわ」
「でしょう! 僕、頑張ったんだ」
話しながら戻る私達を、クロム様が凝視している。
「クロム……様?」
私が首をかしげると、彼はハッとしたように身じろぎする。
「ええっと、どうなさったのですか?」
「いえ、別に」
素っ気ない割には、動揺の色が窺える。
私がじっと見つめると、彼は観念したように肩をすくめた。続いて、懐からあるものを取り出す。
「あっ!」
ひと目見て、私は声を上げた。
手のひらの上にあるのは、ブローチだ。
それは細密画で、優しそうな女性が男の子と手を繋ぎ、木の下を歩く様子が描かれている。
――どうして彼が、城と同じ絵のブローチを持っているの?
クロム様はやはり、城の廊下に飾られた母子の絵に心を引かれていたらしい。
私が彼を連れ出したのは、絵と似た景色を見てもらうためでもあった。でもまさか、城にある絵と寸分違わぬものをお持ちだなんて……。
「クロム様、こちらは?」
「亡き母の形見だと思うのですが、よく覚えておりません。こちらの城で同じ絵画を見た時には、驚きました」
私の方がびっくりだ。
『母親は宮廷画家?』との情報は、本当だったのね。
ブローチにタイトルはないので、彼は『まだ見ぬ我が子と』という作品名に涙していたのかしら?
絵の中の男の子は茶色い髪だけど、そういえば、クロム様の面影があるような。
ブローチのデザインや宮廷の細密画を任される画家は、実はそれほど多くない。女性であればなおさらだ。
オレガノ帝国に限定して調べたら、すぐにわかるだろう。
「詳しく拝見しても、いいですか?」
「カトリーナ様は芸術のご担当でしたね。どうぞ」
美しいブローチは表面の一部にヒビが入り、留め金も錆びている。
だけど最も衝撃なのは、台座の裏に刻まれたオレガノ語だった。
『わたしを探さないで』
これって遺言?
そうだとしたら、クロム様のお母様にいったい何があったのだろう?
城に帰る馬車の中で、クロム様の表情は硬かった。
形見のブローチを私に見せたことを、早くも後悔しているみたい。
――オレガノ帝国の文字を私が読めるって知らないはずだし、彼が嫌なら無理に調べるつもりはないのに。
推しが好きすぎるあまり、私は母国語と同じくらい、彼の本当の出身国であるオレガノ語を勉強した。推しが教えてくれるかもしれないから、セイボリー語は後回し。
――途中までは、いい雰囲気だった。心が通じ合ったと思うのは、さすがに図々しい?
運命の日まで、あと少し。
念のため、必勝アイテムも用意しておこう。




