推しの誕生会
男の子も女の子も期待に輝く瞳で、こっちを見ている。
ファンブックによると、クロム様は小さな子供と小動物に弱いらしい。
情報通り根負けしたのか、とうとう低い声を出す。
「ありが……とう」
たちまちはしゃぐ子供達。
「良かったあ~。日にちを間違えたかと思っちゃった」
「カトリーナ様は、ボーッとしているもんね」
――失礼な。ボーッとしているって言うのは余計よ。それは大抵、クロム様のことを考えている時だもの。
「さあ、せっかくの料理が冷めてしまうから、こちらへどうぞ。子供達の作った飾りも、後で見てあげてくださいね」
私は笑い、クロム様の手を取った。
年長の子も駆けつけて、彼の腕を引っ張っていく。
「こっちだよ。お前、王子のくせに遅せえな」
「違う、『おし』よ。カトリーナが言ってたもん」
子供に優しいというのは本当で、クロム様は小さな手を振り払おうとはしない。
「カトリーナ様、意外と時間がかかりましたね。待ちくたびれました」
クラリスの毒舌は相変わらず。
遅れた理由は、子犬がなかなか籠に入らなかったから。フェリーチェは地面に置いた籠から顔だけ出して、辺りの様子を窺っている。
「まずは果実水で乾杯しましょう! それから、ご馳走を心ゆくまで召し上がってね」
「うわーい」
「やったあ」
輪になって座る子供達。
クロム様は無言だけれど、私の隣に腰かけてくれた。
「それでは、改めて。クロム先生、お誕生日おめでとうございます。乾杯」
「「乾杯!!」」
ちなみに城のシェフに用意してもらったのは、サーモンのパイにミートパイ、サラダにキッシュ、炙ったチキンやローストビーフ。ラズベリー入りのベーグルに、カボチャのスープもある。
お誕生日ということで、カットした葡萄のケーキも持ってきた。
口いっぱいに頬張る子供が、なんとも微笑ましい。
クロム様も女の子にケーキを勧められ、受け取っていた。
――あの子、幼いのに見る目があるわね。クロム様ったら、食べる姿まで麗しいなんてさすがだわ♡
しばらくすると、小さな子はお腹がいっぱいになったようで、うとうとしている。
比較的大きな子はまだ元気で、歌や踊りなどを披露してくれた。
大きな拍手を贈ると、隣のクロム様も同じように手を叩く。
――楽しんでくださっているのかしら?
そうだといいなと思いつつ、充実した時を過ごす。
私にとっては推しの誕生会だが、子供達には子犬と遊ぶ機会でもある。
初めはおっかなびっくりだったフェリーチェが、今や元気よく走り回っている。
「もう、走るのが速い~」
「こっちに来てって言ったのに、どうしてそっちに行くの?」
「お尻じゃなくって、頭を撫でさせて!」
遊びに夢中なフェリーチェには、子供らの要求も届かない。私達の目の前を、すごい速さで駆けていく。
気づけばクロム様と二人きり。
ゆっくり話せる願ってもない機会だ。
「クロム先生。お誕生日を勝手に決めて、すみません」
「いいえ。ただ、生まれたことを誰かに祝ってもらうのは初めてなので、正直戸惑いました」
「まあ……」
プロフィールでは孤児だけど、彼にも親はいたはずなのに。
『母親は宮廷画家?』と書かれていた気がする。
「?」がとっても気になるけれど、あれは初期設定がボツになったという意味かしら?
「大人になってこんな機会をいただけるとは、思ってもみませんでした」
クロム様はそれきり口をつぐむけど、いつもより口角が上がっているような。
――笑顔と呼ぶにはほど遠いけど、嫌そうではないわよね?
無邪気に遊ぶ子供と子犬。
弾けるような笑い声が辺りに響く。
木々に飾られた色とりどりの旗やリボンは風に揺れ、明るい陽光が色づく木の葉を映し出す。
ふと視線を感じて隣を向くと、クロム様の赤い瞳に捉えられた。
「クロム……先生?」
「今は講義中ではないので、クロムでいいですよ」
――何それ、何それ。興奮して、鼻血が出そう!
「クロム……様」
遠慮がちに呼ぶと、彼が優しい声を出す。
「あなたが民に慕われる理由が、よくわかりました。この国は豊かでいいですね。私の生まれたところには、孤児院などありませんでしたから」
「そう……ですか」
組織に入る以前のクロム様のことは、よくわからない。
ファンブックにも、孤児でオレガノ帝国の出身、としか記されていなかった。
幼い彼は、どこでどうしていたのだろう?
まさか最初から、苦労の連続?
推しのことを詳しく知りたい。
だけど、つらい過去を思い起こさせるのは嫌だ。
「あの……。先生、お気を悪くされていませんよね?」
「気を悪くする? 私が、なぜ?」
ゲームのヒロインは、彼の過去を知らない。
だけど私は彼が孤児であったこと、暗殺者にならなければ生きていけなかったということを知っている。
だからこそ、彼を笑顔にしたかった。
生まれてきてくれてありがとう、この世に存在してくれてありがとう、と言いたかったのだ。
「ワン、ワンワン」
私のすぐ側で、フェリーチェが吠えた。
子供と遊んでいたはずだけど、戻ってきたみたい。
「ワンワン、ワンワン」
「よしよし。撫でてって言ってるの?」
私は、激しく尾を振るフェリーチェの耳の後ろをかいた。
子犬はもっとというふうに、私のスカートに前足をのせる。
「カトリーナ様、ドレスが汚れますよ」
「先生、そんなことを気にしたら、子犬と遊べませんわ」
そう応えたところに、幼い子供が寄ってきた。
「あ、いいな」
「あたしも~」
「はい、どうぞ」
私は子供が撫でやすいように、子犬を膝から下ろす。
「やったあ」
てっきりフェリーチェを撫でたいのかと思っていたら、女の子は当然のように私の膝に腰かける。
「ふふふ」
その直後、あちこちから可愛い声が上がった。
「ずるい。僕も~」
「こういう時は順番に並びなさいって、先生が言ってたぞ」
「ワン!」
「ほら、犬だってちゃんとわかっているじゃないか」
途端に笑い声が弾けて、私もたまらず噴き出した。
もしかして、クロム様も笑っている?
――残念、笑顔じゃないみたい。
「カトリーナ様が、そんなに子供がお好きとは知りませんでした」
子供はとっても好きだけど、自分の子を持つのは当分後でいい。
当面は、愛する人と二人きり。
それがクロム様なら、どんなにいいかしら?
自分で想像しておきながら、顔が一気に火照ってしまう。
「ええっと……ほら、フェリーチェ。私がママで、こっちがあなたのパパですよ~」
私はごまかすように、近くにいたフェリーチェを持ち上げた。
「ワン、ワンワン」
「パッ……」
クロム様は絶句し、片手を口に当てている。
――ダメか。やっぱりごまかせなかったみたい。
推し、ようやくちょいデレ(〃'▽'〃)!?




