秘密の計画
暴走馬車からふんだくった賠償金は、公共の福祉に使おう――。
そんなことを考えながら、意気揚々と入室したある日の午後。
勉強時間中のクロム様のご機嫌が、すこぶる悪い。
「王女殿下、どうされました? 手をとめていては、本文中の固有名詞を全て抜き出せませんよ」
テストに合格したはずなのに、なんで今さらそんな作業をさせるのかしら?
しかも私のことをカトリーナではなく、『王女殿下』と呼んでいる。
仲良くなれたと思っていたし、ご褒美という名のピクニックにも誘いたい。
でもこの調子では、話を切り出せそうにない。
「その顔はなんですか? ご不満なら、教師の交代を願い出てもいいですよ」
「いいえ、先生。それだけは……。私は、クロム先生がいいんです」
「そうですか? その割には連日、ルシウス殿下やみなさまと楽しそうに過ごしていましたね」
「えっ⁉」
思わず耳を疑った。
その言い方だと、彼らに嫉妬しているみたい。
「王族同士の方が、勉強が捗るかもしれませんね。ルシウス殿下がいいなら、いつでも交代しますので、遠慮なくお申し付けください」
――なんだ、そういう意味か。セイボリーのことは王子に直接教わって、と言いたいらしい。
私ったら、図々しいにも程がある。
クロム様が、他の男性と過ごす私を不快に感じている、と勘違いするなんて。
だけどゲームでは、攻略対象と仲良くしなければカトリーナの命は尽きてしまう。それだけはなんとしてでも避けたかった。
そうか、連日と言えば……。
「やはりクロム先生も、街にいらしたのですね。尊……いえ、お姿をお見かけした気がして」
「それが何か? だからといって危険を顧みず、通りに飛び出していい理由にはならないでしょう!」
「ええっと、私が馬車に轢かれそうになったことをおっしゃってるの? ですが、あの時はルシウス様が助けてくださいましたよ」
二度目は思いっきり跳ね飛ばされたけど、それについては黙っておこう。
「殿下はもっと、ご自分を大事になさるべきです。あなたの代わりはいないのですよ」
え? クロム様は私を気にかけている?
それってもう暗殺を諦めた、という意味?
だったらこれは、攻略が上手くいっている証拠だ。
「まったく。『ローズマリーの紫の薔薇』と慕われる王女が、迂闊な行動を取るとは思いませんでした。あの時、私がどれほど……」
けれどクロム様は、言葉を途中で呑み込んでしまう。
残念、その先が聞きたかったのに。
淡い希望が心に芽吹く。
もしかして彼の不機嫌な理由は、私を心配したせい!?
――きゃああああ。クロムしゃま、優すいいいいい!!!!!
ダメだ。口元が勝手に緩んで、にやけてしまう。
――推しが案じてくれたから、今日は私の記念日だ!
『記念日』という単語が頭に浮かぶなり、当初の目的を思い出す。
そう、推しの誕生会!
すぐさま顔を引き締めて、落ち着いた声を出す。
「ところでクロム先生、先日の約束を覚えていらっしゃいますか?」
「約束? こんな時に何を言い出すのですか?」
クロム様は目を細め、やれやれというふうに首を振る。
「忘れてはいませんよ。ご褒美のことですね。確か、ピクニックに行きたいというお話でしたが……」
「ええ。来週、子犬のフェリーチェを連れて、行きたいところがありますの」
「来週、ですか。…………構いませんよ」
――ん? 今ちょっと、間があったような気が。
まあ、いいか。
ゲームにもファンブックにもない秘密の計画、とっても楽しみだ。
そして翌週。
クロム様と私と侍女は、子犬とともに馬車に乗り、森へ向かう。
初秋にしては温かく、天候にも恵まれた。
私が今着ているのは、薄紅色に赤いストライプが入ったドレスで、袖とスカートに赤いリボンが付いている。それ以外はシンプルなので、動いても邪魔にはならない。
クロム様は、真っ白なシャツに焦げ茶色のベストとズボン、同色の編み上げブーツを合わせた気楽な装いだ。
クラリスは緑がメインで、襟に白のレースが付いた外出着。
森の入り口で馬車を降り、小道を進む。
しばらく歩くと、ふいに視界が広がった。
開けた場所に出た途端、子供達の歓声が聞こえる。
「カトリーナ様だ! 『おし』もいるぞ」
「子犬は連れてきてくれた?」
「違うだろ。練習したセリフは……」
「せ~の」
「「クロム先生、お誕生日おめでとうございま~~す!」」
孤児院の子供達が、声を揃えた。
クロム様はびっくりしたらしく、目を丸くしている。
子供達を率いているのはクラリスで、周囲の木々には手作りの旗やリボンが飾られていた。
芝生の上には毛布が敷かれ、豪華な料理が並ぶ。もちろん城から運んできたもので、この日のために私がメニューを考えた。
「カトリーナ様、これは?」
珍しく困惑する推しに、私は笑顔を向ける。
「もちろん、クロム先生の誕生会ですわ」
「誕生……会? ですが、私に誕生日などありません」
「ない? 以前は、忘れたとおっしゃっていましたよね?」
「そうです。だから、こんなことは……」
「忘れたなら、新たに作ればいいんです。幸い今日は、9月6日。クロム様にぴったりの日でしょう?」
私がそう答えると、クロム様はますます眉をひそめた。
――そうか。9(く)6(ろむ)は日本語だから、彼には通じないのね。
ここまで来たら後には引けず、私は笑顔で押し倒すことに決めた。
いつもありがとうございます。
寒い日が続きますが、お身体に気をつけてお過ごしくださいませ(*´꒳`*)




