表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/78

秘密の計画

 暴走馬車からふんだくった賠償金(ばいしょうきん)は、公共の福祉に使おう――。


 そんなことを考えながら、意気揚々と入室したある日の午後。

 勉強時間中のクロム様のご機嫌が、すこぶる悪い。


「王女殿下、どうされました? 手をとめていては、本文中の固有名詞を全て抜き出せませんよ」


 テストに合格したはずなのに、なんで今さらそんな作業をさせるのかしら?

 しかも私のことをカトリーナではなく、『王女殿下』と呼んでいる。


 仲良くなれたと思っていたし、ご褒美という名のピクニックにも誘いたい。

 でもこの調子では、話を切り出せそうにない。


「その顔はなんですか? ご不満なら、教師の交代を願い出てもいいですよ」

「いいえ、先生。それだけは……。私は、クロム先生がいいんです」

「そうですか? その割には()()、ルシウス殿下やみなさまと楽しそうに過ごしていましたね」

「えっ⁉」


 思わず耳を疑った。

 その言い方だと、彼らに嫉妬(しっと)しているみたい。


「王族同士の方が、勉強が(はかど)るかもしれませんね。ルシウス殿下がいいなら、いつでも交代しますので、遠慮なくお申し付けください」


 ――なんだ、そういう意味か。セイボリーのことは王子に直接教わって、と言いたいらしい。


 私ったら、図々しいにも程がある。

 クロム様が、他の男性と過ごす私を不快に感じている、と勘違いするなんて。


 だけどゲームでは、攻略対象と仲良くしなければカトリーナの命は()きてしまう。それだけはなんとしてでも避けたかった。


 そうか、連日と言えば……。


「やはりクロム先生も、街にいらしたのですね。尊……いえ、お姿をお見かけした気がして」

「それが何か? だからといって危険を(かえり)みず、通りに飛び出していい理由にはならないでしょう!」

「ええっと、私が馬車に()かれそうになったことをおっしゃってるの? ですが、あの時はルシウス様が助けてくださいましたよ」


 二度目は思いっきり()ね飛ばされたけど、それについては黙っておこう。


「殿下はもっと、ご自分を大事になさるべきです。あなたの代わりはいないのですよ」


 え? クロム様は私を気にかけている?

 それってもう暗殺を諦めた、という意味?


 だったらこれは、攻略が上手くいっている証拠だ。


「まったく。『ローズマリーの紫の薔薇』と慕われる王女が、迂闊(うかつ)な行動を取るとは思いませんでした。あの時、私がどれほど……」


 けれどクロム様は、言葉を途中で()み込んでしまう。


 残念、その先が聞きたかったのに。


 淡い希望が心に芽吹く。

 もしかして彼の不機嫌な理由は、私を心配したせい!?

 

 ――きゃああああ。クロムしゃま、優すいいいいい!!!!!


 ダメだ。口元が勝手に(ゆる)んで、にやけてしまう。


 ――推しが案じてくれたから、今日は私の記念日だ!


『記念日』という単語が頭に浮かぶなり、当初の目的を思い出す。


 そう、推しの誕生会!


 すぐさま顔を引き締めて、落ち着いた声を出す。


「ところでクロム先生、先日の約束を覚えていらっしゃいますか?」

「約束? こんな時に何を言い出すのですか?」


 クロム様は目を細め、やれやれというふうに首を振る。


「忘れてはいませんよ。ご褒美のことですね。確か、ピクニックに行きたいというお話でしたが……」

「ええ。来週、子犬のフェリーチェを連れて、行きたいところがありますの」

「来週、ですか。…………構いませんよ」


 ――ん? 今ちょっと、間があったような気が。


 まあ、いいか。

 ゲームにもファンブックにもない秘密の計画、とっても楽しみだ。




 そして翌週。

 クロム様と私と侍女は、子犬とともに馬車に乗り、森へ向かう。

 初秋にしては温かく、天候にも恵まれた。


 私が今着ているのは、薄紅色に赤いストライプが入ったドレスで、袖とスカートに赤いリボンが付いている。それ以外はシンプルなので、動いても邪魔にはならない。


 クロム様は、真っ白なシャツに焦げ茶色のベストとズボン、同色の編み上げブーツを合わせた気楽な装いだ。

 クラリスは緑がメインで、襟に白のレースが付いた外出着。


 森の入り口で馬車を降り、小道を進む。

 しばらく歩くと、ふいに視界が広がった。

 開けた場所に出た途端、子供達の歓声が聞こえる。


「カトリーナ様だ! 『おし』もいるぞ」

「子犬は連れてきてくれた?」

「違うだろ。練習したセリフは……」

「せ~の」

「「クロム先生、お誕生日おめでとうございま~~す!」」


 孤児院の子供達が、声を(そろ)えた。

 クロム様はびっくりしたらしく、目を丸くしている。


 子供達を(ひき)いているのはクラリスで、周囲の木々には手作りの(はた)やリボンが飾られていた。


 芝生の上には毛布が()かれ、豪華な料理が並ぶ。もちろん城から運んできたもので、この日のために私がメニューを考えた。


「カトリーナ様、これは?」


 珍しく困惑する推しに、私は笑顔を向ける。


「もちろん、クロム先生の誕生会ですわ」

「誕生……会? ですが、私に誕生日などありません」

「ない? 以前は、忘れたとおっしゃっていましたよね?」

「そうです。だから、こんなことは……」

「忘れたなら、新たに作ればいいんです。幸い今日は、9月6日。クロム様にぴったりの日でしょう?」


 私がそう答えると、クロム様はますます眉をひそめた。


 ――そうか。9(く)6(ろむ)は日本語だから、彼には通じないのね。


 ここまで来たら後には引けず、私は笑顔で押し倒すことに決めた。

いつもありがとうございます。

寒い日が続きますが、お身体に気をつけてお過ごしくださいませ(*´꒳`*)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ