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憧れのイラスト

 続いて私は、さりげなく兄の横に移動する。

 道幅は広くクラリスの隣にルシウス、その横にハーヴィー、私の順となった。一歩下がったところには、護衛のタールが控えている。


 ルシウスからは離れたけれど、好意はきっと現状維持。ここからは、ハーヴィーの好感度上げに専念しよう。


「お兄様、見て! とっても可愛いわ」


 私はハーヴィーの袖を引っ張って、お店の丸い看板を指差した。

 描かれていたのは、小さな女の子が子犬と遊ぶ絵で、ちょっとフェリーチェに似ている。


「そうね。でも、あなたの方が可愛いわ」


 クラリスは(あき)れ、ルシウスは難しい顔をしている。でも、兄の返しはいつものことで、特別な意味はない。


「お兄様は、身内に甘すぎますわ」


 笑いながら口にすると、ハーヴィーが眉根を寄せた。


 前世の記憶があるので、自分が彼の本当の妹ではないと知っている。けれどこの段階で明かすわけにはいかないため、わざと気づかないフリをする。


 ただでさえ、ハーヴィーの好感度は上がりにくいから、言葉一つとっても重要だ。妹らしく、可愛い仕草を心がけよう。


 命が()っているこの戦い、負けるわけにはいかない!


「カトリーナ、怖い顔してどうしたの?」

「怖い顔? 嫌ですわ。お兄様の寄りたいお店がないかなって、考えていたのに……」


 とっさにごまかすけれど、あながち嘘ではない。


『街中イベント』のハーヴィーは、カトリーナとの買い物デートだ。兄妹仲良く腕を組み、露店(ろてん)を見て歩く。途中、ハーヴィーが妹に花を贈る――という筋書きだった。


 ルシウスとは観劇デートだったので、さっきまでの行動で要件は満たしている。

 ちなみにタールとは食べ歩きデートで、いろんな出店や飲食店を回っていた。




 兄の好みそうな書店に寄ろうかどうしようか、と迷ったところで、おでこにぽつんとしたものを感じた。


「雨?」

「そうみたい」


 空は明るくこの辺だけが曇っているから、通り雨かもしれない。


「こちらへ。雨宿りをさせてもらいましょう」


 護衛のタールが、近くにあったパン屋の軒下(のきした)に私達を導いた。

 避難するや否や雨は一気に激しさを増す。通りでは、焦った人々が散り散りになって逃げていく。


「ずいぶん急だね。僕らは運が良かったが、街の人達は平気かな?」


 通りから目を離さないルシウスの横で、クラリスが(つぶや)く。


「近くに避難するはずです。他の方まで気にかけるなんて、ルシウス様は優しいんですね」

「そうかな? でも、ありがとう」


 現実でのルシウスは、クラリスとの会話も成立する。彼はこのまま、クラリスにお願いしようかな?


 私は兄の、続いてタールの攻略に取りかかりたい。


 一番攻略したいのは、なんといってもクロム様。

 だけど彼はサブキャラなので、ヒロインと攻略対象達との『街中イベント』には、姿を見せない。


 私はため息をつきながら、何気なく通りを眺めた。人がほとんどいないので、道を挟んだ向かいの店までよく見える。


 その時ふと、店と店の間の路地に立つ人影に気づく。


 薄手の黒いコートを着用した男性が、(かが)んで何かを拾い上げている。そしてためらうことなく、それを服の内側に入れた。


「まさか、あの尊いお姿は…………」


 なんてことのない仕草でも、ファンブックをすり切れるほど読みこんだ私には確信がある。


 ――街中にたたずむ彼の寂しそうな横顔。よく見ると、黒いコートの中で雨に打たれた捨て犬を暖めている。そんなイラストに添えられた『心優しき暗殺者』の文字。


 間違えようがない。

 あれは、ファンブックの憧れのイラスト。

 あの素敵なお姿は、クロム様だ!!


 私はいてもたってもいられず、通りに飛び出した。


「クロムしゃま♪」

「危ないっ」


 ガラガラという大きな音が聞こえた瞬間、私の目と鼻の先を大きな馬車が通り過ぎていく。びっくりして立ちすくむ私の肩を、何者かががっちり(つか)んでいた。


 呆然としている私に、後ろから腕が回される。

 次いで、かすれた声が響く。


「カトリーナ、怪我(けが)はなかった?」


 この声はルシウスだ! 

 私は彼に、後ろから抱きしめられているみたい。


「ルシウス様、あの……」


 彼は私を反転し、頭の上からつま先まで目を走らせた。傷一つないことを確認すると、私の頬に手を当てる。


「今度こそ、君を(まも)れて良かった。突然駆け出すなんて、いったいどうしたの?」

「それは…………」


 答えを(ひね)りだそうとしていたら、ハーヴィーがルシウスの元から私を引き()がす。


「カトリーナ、急に飛び出すなんて正気か!」

「お兄様、ごめんなさい。でも、私……」


 ――そうだ、気が動転して忘れてた。クロム様‼


 通りの向こうを見ようと慌てて顔を反らすけど、タールの背中が邪魔をしている。


「ター坊――タール、ちょっと(どいて)」

「姫様が俺を呼ぶなんて、よっぽど怖かったんですね」


 ――違うから。クロム様のお姿を見たいだけだから。


 けれどタールがそこを動くと、目当ての路地はがらんとしている。


「そんなあ……」


 さっきのあれは、絶対クロム様。

 ファンブックにしか出て来ない貴重な立ち絵が目の前で繰り広げられていたのに、見逃してしまったようだ。


 雨はやんでも、私の心は晴れない。


 ――馬車さえ現れなければ、生のクロム様を拝めていたのに……。


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