街中イベント2
名前が似てると喜んで、幼い私は甘いお菓子を飽きがくるまで食べ続けた。そのせいで、今は少々苦手になっている。
「カトリーナは、ロックムをあまり好まなかったように思うけど?」
「ええっと、そうでもありませんわ。今はお腹がいっぱいですので、私の分もどうぞ召し上がってくださいね」
兄の言葉を否定しつつ、にっこり笑う。
クロム様への想いは、封じ込めておかなくちゃ。
配った紙袋を同時に開いたせいか、桃や柑橘類の甘い香りが周りに広がった。にこにこしているルシウスは、やはり甘いものが好きなのだろう。
「甘みが強いけど、美味しいね」
「私には、甘すぎるみたい」
「そうですか? 俺はいけますよ」
メインヒーローのルシウスは、お菓子を頬張る顔も麗しい。兄のハーヴィーは色っぽく唇を舐めるし、タールはお腹が空いていたのか、次々口に放り込む。あんなに食べても太らないのは、日頃から鍛えているためかしら?
「三人とも、さすがは人気ゲームの攻略対象ね」
道行く人も立ちどまり、キラキラしている彼らに視線を注ぐ。
「次は人形劇を見に行きましょう。カトリーナ、街の広場まで案内してくれる?」
「ええ、お兄様。ルシウス様もみなさまも、こちらへどうぞ」
しばらく歩くと、アコーディオンによる軽快な音楽が風に乗って流れてきた。
当初は貴族が好む大劇場に案内するつもりでいたけれど、ルシウス本人が大衆向けの娯楽を希望したのだ。
ゲームと違って不安だが、兄の決定には逆らえない。
「へええ。結構賑わっているんだね」
広場に着くなり、ルシウスが感心したような声を出す。
木造の馬車を改造した舞台の周りは、すでに多くの人で埋まっていた。大人も子供も期待に目を輝かせ、マリオネットの登場を今か今かと待っている。
「開演前で、見やすい位置はかなり混んでいます。今は見送って、次回の劇をご覧になりますか?」
「いや、後ろの方がありがたい。人形劇だけでなく、民の楽しむ様子も見ておきたいからね」
ルシウスが国内外で慕われるのは、たぶんこういうところ。
彼は第一王子の地位に甘んじることなく、見識を広げようとする。身分の隔てなく誰に対しても穏やかに接するため、我が城内にもファンが多い。
「それでしたら、こちらへどうぞ」
私は一行を、一段高い木陰に導いた。
少し離れて斜めにはなるけれど、奥の舞台まではっきり見通せる穴場だ。
いざ劇が始まると、ルシウスは舞台を注視しクスクス笑う。
私達もつられて笑い、囚われの姫にハラハラし、勇者がドラゴンと戦うシーンでは、広場にいる人々と一緒になって応援した。
「ルシウス様、いかがでしたか?」
「操り人形の動きが滑らかで、まるで生きているようだった。話も面白いけど、情緒たっぷりな音楽が華を添えているね」
「まあ、ありがとうございます」
褒められたことが嬉しくて、満面の笑みを浮かべる。
ルシウスは息を呑み、私をじっと見つめた。
真剣な青い瞳が、記憶の中の彼と重なる。
――これが観劇デートなら、この後確かカトリーナが彼の言葉に応えるのよね。選択肢が出てきた気がするから、ここはルシウスの好感度が上がる場面?
「カトリーナ。僕は……」
「殿下!」
「姫様っ」
ところが、ハーヴィーとタールの声に遮られた。
ルシウスファンのクラリスはというと、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「違うの。これは感想を聞いていただけで……」
「カトリーナ様‼」
気まずい空気を破ったのは、中年女性の大声だった。
彼女はこの人形劇の団長で、かなりのやり手だ。私が提案した広告集めにも自ら奔走し、広告主を獲得した。
無償化が実現したのは、途中でコマーシャルを流すから。幕間で操り人形達が、お店を宣伝する。
人形劇を世に広めたいという劇団長の熱意に、団員達も賛同したのだ。
そんな彼女に、あっさり気づかれてしまったみたい。
「カトリーナ様、いらしていたんですね。前もって教えてくれれば、特等席を用意したのに」
「あら、広場は誰もが自由に鑑賞できるから、全部特等席じゃない」
「いいえ。実は、とっておきの席があるんです」
にやりと笑った劇団長は、私達全員を舞台裏に連れて行く。
「もしかして、ここのこと?」
「そうですよ。ここが一番、動きがよくわかる」
「言われてみれば、そうね」
劇団長の返事を聞いたハーヴィーが、艶やかに笑う。
「ええ。裏側まで拝見できるとは、思ってもみませんでした」
「へえ~、中はこうなっているんですね」
相槌を打つルシウスと、キョロキョロするタール。
彼らの様子に嬉しそうな顔をした彼女は、私達に劇団員を紹介してくれた。
「みんな、この方がカトリーナ様。あたし達の恩人だよ」
「おおーっ」
「そんな、違うわ!」
私は慌てて首を横に振る。
潰れかけた劇団を再興したのは、劇団長や劇団員の熱意と努力だ。
「カトリーナ様には、ずっとお会いしたいと思っていました。先ほど囚われの姫の声を担当しました、ブルーノです」
「「……え?」」
これには、一同揃って目を丸くする。
――儚く可憐な姫の役が、図体のでかい[失礼]、毛むくじゃらのおじさん[さらに失礼]、だったなんて……。あれは裏声だったのね。全く気がつかなかった。
己を取り戻したルシウスが、品良く笑う。
「演者に会えるなんて、光栄です。人形なのに人間らしく見えるのは、高度な技術と感情に訴えかける演技力のおかげなのですね」
「お? 若いの、よくわかっているじゃないか」
ドスの効いた声で返されたから、ますますびっくりしてしまう。
『バラミラ』のメインヒーローは、老若男女を瞬時に虜にするようだ。
すっかり気を良くした劇団の面々によって、詳しく解説してもらう。
この劇団には、操り師と呼ばれる人形を動かす専門の人と、声担当の人がいるそうだ。
背景のカーテンが特殊な織り方をしているため、表からは見えなくても裏側からは舞台がよく見える。
それでも役ごとに二人一組で猛練習し、呼吸を合わせると言う。
人形の多彩な動きは、たった八本の糸で構成されていて、顔の角度によって表情をつけている。舞台や衣装、小道具も全て手作りだというから驚いた。操り人形の補修も、自分達でするとのこと。
感心したルシウスは、劇団員を質問攻め。
「人材は、どのように見つけてくるのですか? 練習期間はどのくらい? 日々の練習量は?」
私は兄と顔を見合わせて、満足してくれたようだと、目を細めた。
「人形劇の仕組みまで拝見できるとは、思ってもみませんでした。質の高い娯楽が無償で見られるなんて、さすがは芸術大国ですね」
「カトリーナのおかげよ」
「いいえ。兄の協力がなければ、実現しませんでした。それにこれは芸術を愛する方々の、善意と熱意の結晶です」
答えつつ、とっても誇らしい。
「ルシウス様、我が国の劇を鑑賞していただき、こちらこそありがとうございました」
――ルシウスが気に入ったのは、私じゃなくって人形劇。でもこの分なら、好感度はゼロではないわよね?




