表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/78

街中イベント1

 でも、その前に。

 ルシウスの登場から二ヶ月が経過した。

 ゲームでは『城内パート』を終えて、『街中イベント』に切り替わる頃だ。


 このイベントは、ヒロインが事前に攻略対象のうちの誰か一人を選ぶ。選ばなかった者とは、なぜか途中で都合良くはぐれてしまう。


「特定の人物に(しぼ)ると、後々面倒(めんどう)だわ。かといって、一人でも好感度がゼロになると、カトリーナは暗殺されちゃうのよね。それならやっぱり、誰か選んだ方がいいかしら?」


 もし許されるなら、クロム様を指名したい。

 けれど彼はサブキャラなので、街中イベントには出て来ない。


「だったらここは、私への好意が少ない相手を選ぶべきよね? 兄はたぶん平気だし、ルシウスもプレゼントをくれたから大丈夫。護衛のタールだって、毎日軽口を交わす仲だし……」


 唐突に不安に襲われた。


「待って。多忙でなかなか会えない兄と、ストーリーとは時々異なるルシウスは、そうとも言い切れないわ。考えてみれば、タールも近頃事務的よね。どうしよう、全員が怪しく感じる」


 起き抜けで乱れた髪をそのままに、枕を抱きしめ思い悩む。


「一人を選べば、他が下がる。別画面で好感度を確認しながら進められればいいけれど、現実ではそうもいかない。だとすると……」


 結論が出た私は、その場で(うなず)く。


「今度こそ団体行動ね。難しいけど三人まとめて好意を得れば、少なくとも私の命は助かるわ」


 そして大事な推しにも、暗殺なんて悲しいことをさせずに済む。

 そんな夏の日の午後、私は兄のハーヴィーに呼び出された。


「ルシウス殿下が城下町を見学したいんですって。カトリーナも同行してね」

「もちろんですわ。楽しみです」


 これぞゲームの『街中イベント』と、私は身構えた。

 

 主役はもちろんカトリーナ。

 でも隣国の王子を伴うため、護衛や侍女をぞろぞろ引き連れていた覚えがある。

 私の至らない点をその場で指摘してもらうためにも、クラリスの参加は不可欠だ。


「ねえ、クラリス。明日のことだけど……」

「伺っております。ルシウス殿下に王都を案内するんですよね?」

「ええ。だから……」

「お任せください。姫様を、とびきり綺麗に装います」

「あら、その点なら心配してないわ。動きやすいように軽い服装でお願い。それとクラリスも、私と同じような恰好をしてちょうだいね」


 途端にクラリスが、目を丸くする。


「え? 私も行っていいんですか? ハーヴィー様がご一緒なら、身分の高い方をお連れになった方が……」

「いいえ、あなたがいいの。クラリスは私が突っ走ったら、きちんととめてくれるでしょう?」

「それはそうですが……。でしたら、姫様のお好きなクロム先生も、参加なさるのですか?」


 本音では同行してもらいたいが、それだと私が彼に目を奪われるので、攻略対象達を(ないがし)ろにしてしまう。また、限界オタクが顔を出してうっかり騒ぎでもすれば、好感度はゼロどころかマイナスに。今回に限っては、そんな危険は冒せない。


「いいえ。クロム様は教師よ。客人とはいえ、私達とは立場が違うもの」


 あえて冷たい言い方で、クラリスを納得させた。


 ――クロム様、ごめんなさい。もちろんあなたの方が、ファンの私より立場は上です。




 街中イベント当日。

 ルシウスとハーヴィー、クラリスと私と護衛のタールは、王都の舗装(ほそう)された石畳の上を、二列に分かれて歩いている。


 ルシウスは我が国の賓客(ひんきゃく)でハーヴィーも王太子のため、二人は当然護衛付き。視察を兼ねているので、護衛を含めた全員が目立たない恰好(かっこう)をしている。


 私は白いブラウスとピンクのフレアスカート姿で、茶色の編み上げブーツを履いている。これは、『バラミラ』の街中イベント通りの服装だ。

 クラリスも偶然なのかゲームと同じ装いで、白いブラウスの上に濃い青のジャンパースカートを合わせている。


 ルシウスは、白の開襟シャツで下は紺色のズボンに黒のブーツ。足が長くて顔もいいため、雑踏の中でも妙に目立つ。

 タールは生成(きな)りのシャツに緑のベストと茶のズボン。私服だと一層若く、年下に見えてしまう。


 町人用の帽子を目深に被ったハーヴィーは、白いシャツの上に淡い茶色のベストとズボンを合わせていた。地味な装いでも派手に見えるのは、性分だからしょうがない。


「ルシウス様、楽しんでいらっしゃいますか?」

「ええ、とても」


 前を歩く彼の顔は、ほとんど見えない。

 声が笑みを含んでいたから、大丈夫かな?


 街はクリーム色の壁に赤やオレンジなど明るい色の屋根の建物が多く、店先は買い物客で(にぎ)わっている。店先では売り子がお客を呼びとめようと大きな声を出し、花売りも負けじと叫ぶ。


「クラリス、ちょっとそこで買いものをしたいんだけど……」

「まあ、姫様ともあろうお方が、買い食いですか?」

「そんなことを言わずに、ね、お願い」


 私は顔の前で、両手を合わせた。


 (ただよ)う甘い香りはこの国特有のお菓子だ。

 前世の『ゆべし』に似た食べもので、砂糖と果汁にデンプンを合わせたところにクルミやピスタチオを()り込んでいる。


 王子のルシウスは、甘いものが好きだった。

 賄賂(わいろ)ではないけれど、これで私への好感度が上がるなら、安いものだ。


 ハーヴィーとルシウスはその間に、(そろ)って露店を(のぞ)いている。真鍮製(しんちゅうせい)の鳥かごや珍しい色合いの陶磁器。南方から届いたと思われる()色や紫や黄色の色鮮やかな布が、ひときわ目を引く。


「ルシウス様、毒味も済ませましたし、いかがですか?」


 私は買い求めた菓子を、包まれた袋ごと彼に差し出す。


「毒味をしたのは、私ですけどね」


 ボソッと(つぶや)くクラリスだけど、もちろん感謝している。


「とっても甘い香りがするけど、これは?」

「『ロックム』と言います」


 お菓子の名を教えた途端、ここにいないあの人を思い出した。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ