勉強のご褒美
予想通り、クロム様は講義の後に試験の日程を告げた。
「あまり時間はありません。相当難しい問題にするので、ある程度答えられるように頑張ってください」
ゲームでは、欠けたジグソーパズルで正解が出てくる。でも、ここでは本物の試験をするらしい。
憧れの推しに直接教わって、難しい内容もイケボ――美声で再生されるので、勉強自体は楽しい。だけど全問正解できるかというと、自信がなかった。
「クロム先生、ちょっといいですか?」
「はい。試験に関することでしたら」
――くうぅ~。本日も安定の無表情。だけど、そんなお顔もス・テ・キ♡
黒の開襟シャツにズボンというシンプルな装いのクロム様。
まくり上げた袖からは鍛えられた腕が覗き、なんとも眼福だ。
私は桃色に薄紫色が差し色の涼しげなドレスを着ているが、当然お褒めの言葉はない。気にせず微笑み、続けてみる。
「もちろん試験のことですわ。先ほど、相当難しいとおっしゃっていましたよね?」
「はい。復習も兼ねているので、専門的な用語も出題するつもりです」
「でしたら、満点を取るのは無理かしら?」
「そうですね。セイボリー出身の者でも、難しいかもしれません」
「まあ……」
ひとまず驚いて見せたものの、私にとっては好都合。だって難易度が高い方が、お願いもしやすくなる。
「先生、私、頑張ります! だから、もし満点を取れたらご褒美をくださいますか?」
「褒美……ですか?」
クロム様は眉根を寄せているけれど、私は一気に畳みかける。
「ええ。もし私が次のテストで満点を取れたら、一つだけ叶えてほしいことがあるんです」
途端に推しが身じろぎしたので、慌てて首を横に振る。
「大変なお願いではありません。嫌ならその場で断ってくださっても……。ですが、やりがいがある方が、勉強の励みになると思って。ダメかしら」
上目遣いで彼を見て、顔の前で手を組む。どうか、可愛く見えますように。
少しの間の後、クロム様が眼鏡の奥の目を細めた。
「カトリーナ様が、そこまでおっしゃるのなら。その代わり、こちらも手加減しませんよ」
「クロムさ……先生、ありがとうございます!」
嬉しさのあまり、声が弾む。
ご褒美のために、猛勉強。
部屋に籠もって、セイボリーの歴史と単語漬けの毎日を送る。
そんな私を案じて、兄やルシウスが食事に誘ってくれたけど、食堂に行く時間がもったいない。
そして、試験当日。
濃い桃色のドレスを着た私は、詰め込みすぎて頭はパンパン。歩くと学んだ全てが落っこちそうで、勉強部屋までそろそろ歩いて移動する。
「セイボリー語の夢を見るようになったから、完璧ね。これでダメなら、どうしようもないわ」
扉を開けると、すでに推しが待っていた。
銀の刺繍が入った黒い上着に白いシャツ、黒いズボンというきっちりした姿もよく似合う。
でも今日ばかりは、クロム様のイイ顔と声に、酔ってなんかいられない。
「始め」
試験科目はセイボリーの地理と歴史、語学に及ぶ。
語学に至っては口述試験もあるが、思った通りジグソーパズルは置いていなかった。
私はかつてないほど真剣に、答えを次々埋めていく。わかるところから解いていき、難しい問題は後回し。
余った時間をたっぷり使い、全ての解答を導き出す。
口述試験では、クロム様の声にうっとりしないように気を引き締めた。一つ一つ丁寧に、はっきり発音する。
その結果――。
「驚きました。全問正解です」
「やったわ!」
驚いたと言いながら、採点を終えたクロム様の表情はいつもと変わらない。
「カトリーナ様の勉学に対する姿勢には、感服いたします」
「ありがとうございます。ところで先生……」
「満点が取れたらご褒美を、というお話でしたね」
「ええ!」
推しが、私の話を覚えていてくれた!
それだけで胸が弾むけど、ぜひとも叶えてもらいたい。
「どんなご褒美でしょうか? 私にできる範囲だと、ありがたいのですが」
一瞬「笑顔を見せて」と言いたくなる気持ちを、ぐっと堪えた。ファンたるもの、推しに無理強いしてはいけない。
「子犬のフェリーチェを連れて、ピクニックに行きたいんです」
「は?」
クロム様が切れ長の目を大きく開く。意外な内容で、びっくりしているみたい。
「ピクニック……ですか?」
「ええ」
にっこり笑って首肯する。
私の願いは自分のためだが、推しのためでもある。心を打つ絵の背景とそっくりな場所に、ぜひとも彼を案内したい。
それともう一つ。
私は大きなことを計画している。
――推しの誕生会を開きましょう!
もちろん準備が必要で、孤児院の子供達にも手伝ってもらうつもり。子犬のフェリーチェを連れて行くので、彼らもきっと楽しんでくれるだろう。
何より私が、推しの喜ぶ顔を見てみたい。
それこそまさに、ご褒美だ。




