予期せぬプレゼント
青い壁紙と磨かれた大理石の床。
こぢんまりした部屋のテーブルの上には、セイボリー産だと思われる甘い香りの紅茶が置かれている。
色とりどりのマカロンやタルト、チョコレートボンボンなどのお菓子もたくさん用意されていた。
「カトリーナ、こっちだよ。それから君は、クラリスだっけ?」
「はい。ルシウス殿下、ごきげんよう」
憧れの人に名前を呼ばれたクラリスは、感激しながら膝を折る。以前もお茶会で会っているので、今はそれほど照れていない。
「また会えて嬉しいよ」
――あ、ダメだ。ルシウスが爽やかに言い放った途端、クラリスはたちまち頬を染める。
クラリスはパフスリーブのブラウスに青いブローチと青いスカートを合わせていて、落ち着いた印象だ。
ルシウスは、銀糸の入った青い上着に白いシャツで、白のトラウザーズを穿いている。
私は袖と裾に白いフリルが付いた薄紫色のドレスを着ていた。
私達が席につくのを待って、ルシウスが青い上着の懐から小さな箱を取り出した。
「カトリーナ、プレゼントがまだだったよね。これを君に」
私は目の前に置かれた正方形の箱を眺めた。
全体としては水色で、縁は金色、蓋の部分には紫の宝石を使って薔薇が象られている。
宝石箱のようにも見えるけど、前世で見た非売品のグッズにも似ているので興味が湧く。
「ルシウス様、こちらは?」
「これは『魔鳴琴』と言って、ひとりでに曲を奏でてくれるんだ」
自動で曲が流れるとは、まさにオルゴール!
しかしこの世界では、魔道具に分類されるらしい。箱の表面に手をかざしただけで、『バラミラ』のオープニング曲が流れてきた。
「素敵だわ! でも、どうしてこの曲を?」
「ここに来る前、カトリーナの好きな曲を王太子のハーヴィー様に教えてもらったんだ」
「まあ……。だけどプレゼントって? お気持ちは非常にありがたいのですが、こんなに高価な品はいただけません」
ルシウスのいる魔道具研究の盛んなセイボリー王国でも、魔道具は希少で価値がある。
薔薇の形に並べた宝石は高そうだし、細工も非常に凝っていた。
当選者のみに送られたプラスチック製のオルゴールとは、比べものにならない。
「君のために作らせた。ぜひ受け取ってほしい。贈りものが嫌だと言うなら、土産と思ってくれないか?」
「嫌だなんて……」
――思うわけがない。むしろ、喉から手が出るほど欲しかったものだ!
前世の私は抽選に外れ、ゲットし損ねた。
それだけにこんなところで会えるとは、感慨深いものがある。
「ルシウス様……ありがとうございます」
「どういたしまして」
「姫様、良かったですね」
クラリスの言葉に嫌みは感じられなかったので、素直に首を縦に振る。
「ええ」
紫色の薔薇の模様に触れると、流れていた音色がエンディングの曲に切り替わる。
こんな機能は知らないし、前世のオルゴールより性能がいい。
しかも、間違いなくレアだ!
「すごい! 大事にしますわ」
「喜んでもらえて良かったよ。だが、セイボリーに来ればもっと珍しいものをあげるけど?」
「それは……」
積極的なルシウスだけど、彼のセリフも贈りものもゲームに出てきた記憶はない。
プレゼントを贈って攻略対象の気を引くのは、むしろヒロインだ!
好感度をそれほど上げたくない場合は、プレゼントがなくても構わない。
「ええっと、お話だけで十分ですわ。セイボリーのことをお聞かせくださいますか?」
「カトリーナは、奥ゆかしいんだね」
私に付き添うクラリスは、噴き出すのを堪えるように口元をひくひくさせている。
おとなしい私としては、それが非常に気になった。
その後も日々は容赦なく過ぎ、私の焦りも増していく。
攻略対象達の好感度はゼロではないと思われるけど、何せ見えないので確信が持てない。
肝心のクロム様は、近頃講義以外は会釈する程度。私が話し始める前に、さっさとどこかへ行ってしまう。
自分の命を守るため、暗殺なんて悲しいことをさせないためにも、彼の好意も得ておきたい。
「このままでは、絶対にマズいわ。対策を講じなくっちゃ」
遅きに失した感じだが、廊下の絵を確認しに行く。
どの絵がお好きか、本人に直接尋ねようとも考えた。けれどそれでは、あの日の涙を見てしまったと、白状することになる。
気まずくなって今以上に避けられるのは嫌なので、自分で探すことにした。
クロム様が立っていた付近は、国内外の有名な画家の絵で埋め尽くされている。
孤児院の卒業生で、以前クロム様の肖像画を頼んだ画家の絵も、当然掛かっていた。
「これは聖母がモチーフの絵だから、違うみたい。それなら、こっち?」
それは母子の細密画で、国外から取り寄せたもの。
茶色い髪の母親が、同じく茶色の髪の幼い男の子と手を繋いで木の下を歩く、という珍しい構図だった。
タイトルは『まだ見ぬ我が子と』。
どうしても欲しくて、手に入れた覚えがある。
「もしかして、これかしら? 男の子が羨ましくて? これと似た場所を知っているけれど……。そうか、いいこと考えた!」
今後の方針が決まった。
全ては私次第。
勉強に身を入れて、優秀な成績を取らないと始まらない。
ゲームではそろそろ、履修度テストと題した『クロム先生とのミニゲーム』に突入する。現実でもきっと、もうすぐだ。




