満月の夜
書籍っぽく書いていますが、気楽な内容です。楽しんでいただけますように(*^-^*)
「あと少し……なのね」
真夜中――。
ローズマリー国の王女である私――カトリーナは、ところどころに金色の飾りが付いた白いベッドに腰かけて、緊張しながら外を見つめた。
ガラス戸の奥に広がるバルコニー。
その白い手すりの向こうには、大きな月が浮かんでいる。
秋の夜はほんのちょっぴり肌寒く、羽織っていたガウンの前をぴったり合わせた。
ガウンの下は薄紫色の小さなリボンが付いた薄紅色の寝衣で、これは私の淡い金髪と紫の瞳が映えるようにデザインされたもの。
思い残すことがあってはいけないと、今夜は可憐な服を着た。
――だって私は今日、暗殺される。
「長いようで短かったわ。いよいよ、なのね」
ガラス戸の外に目を向けて、小さなため息をつく。
身体が小刻みに震えるのは、寒さのせい?
それとも――?
弱気な心を打ち消すために、首をゆっくり横に振る。
次いで胸の上に手を置いて、大きく息を吸う。
いざその時を迎えるとなると、胸が苦しい。
――暗殺者は、どんな顔で私の前に現れるのだろう? そして私は……。
ふいにカタンと音がして、外に目を向けた。
「あっ……」
バルコニーの手すりには、満月を背にした黒い影。
均整の取れた立ち姿は怖いくらいに美しく、その手には切れ味鋭いナイフを構えている。
暗殺者は覆面をしておらず、胸元の開いた黒い衣装を纏っていた。夜の闇と同化したかのごとく、滑るように部屋へ侵入する。
私はぶるぶる震えて、声すら出せない。
音もなく、徐々に近づく暗殺者。
月明かりに照らされた彫りの深い顔には、陰影が浮かんでいる。
艶のある黒い髪、筋の通った高い鼻、引き締まった顎のライン。赤い瞳が私を映して、わずかに煌めく。
その途端、私の動悸が激しくなった。
「クッ――」
思わず声が漏れ出てしまい、頬がたちまち熱を持つ。その熱は身体全体に広がって、いつしか震えをとめていた。
私は彼の一挙手一投足を見逃さないよう、必死に目を凝らす。
黒髪の暗殺者はこちらをひたと見据えると、手にしたナイフを振り上げた。
その瞬間――。
私は暗殺者に向かって、両手を大きく広げる。
「かま~~~ん♡」
「…………は?」
驚いた様子の彼は、ナイフを手にしたままピタリと足をとめてしまう。
そこで私はにっこり笑い、弓矢のように飛んで行った。
絶対に離しはしないと、足下にすがりつく。
「クロムしゃまあああああ、しゅきいいいいい♡」
そう、この暗殺者のクロム様こそ、私の最愛の推しなのだ。