国家騎士団長 タール
クロム様にしては珍しく、言葉に詰まっている。
『先生』と呼ぶべきところを、私がうっかり『あなた』と口走っちゃったから?
「先生はここで、何をしていらっしゃったんですか?」
慌てて言い直す。
この先はゲームにもないので、とりあえず微笑んでおこう。
「いつもの散歩です。ところでカトリーナ様は、こちらにいらしてよろしいのですか? 真剣に取り組まないと、課題は間に合いませんよ」
クロム様は、今回もやはり笑わない。
「ええっと……そう、セイボリーの文化について疑問があるんです。教えてくださいますか?」
「課題にない質問は、明日まとめてしてください。せっかくですから、ご滞在中のセイボリーの王子殿下に直接伺ってみては、いかがでしょうか?」
――それだとマズいの!
一緒に過ごす時間が多いとルシウスの好感度だけが上がり、隣国行きは免れない。ただでさえ彼の言動は、本来のストーリーの先を行く。
「いいえ。些細な質問で、殿下を煩わせるなどできません。では、明日また改めて伺いますわ。お散歩でしたら、ご一緒してもよろしくて? 子犬の様子を見に……」
「申し訳ありませんが、ちょうど戻るところでしたので。王女殿下はどうぞごゆっくり」
「そんな……」
推しに冷たくあしらわれた私は、がっかりして肩を落とす。
すると横にいた護衛のタールが、剣の柄に手をかけた。
私がバカにされたと感じて、クロム様を威嚇しているの?
もしや、一触即発⁉
「私のために、ケンカはやめて!(一度言ってみたかった)」
クロム様はまたもや目を細めると、城の方へスタスタと歩き去ってしまった。
心優しき暗殺者。
だけど私に対しては、かなり冷たい。
うつむく私に同情したのか、タールが話しかけてくる。
「カトリーナ様が庭園を散歩したいなら、俺がおともしますよ」
「ありがとう。ター坊は優しいのね」
「ター坊って……。カトリーナ様、その呼び方、そろそろやめていただけますか?」
「あら、どうして?」
「これでも俺、とっくに成人しています。しかも姫様より、六つも年上ですよ」
くせのある薄茶の髪に緑の瞳、ちらりと見える八重歯が可愛いタール。
童顔の彼が男らしさを強調するなんて、これまでなかったことだ。
――もしかして、今はタールの好感度を上げる場面かしら?
ゲームでは画面の下に選択肢が出てくるけれど、現実では無理だ。自分で最適解を導き出さなくてはいけないので、非常に難しい。
だから私は間違えないように、タールとの出会いに思いを馳せる。
彼と初めて会ったのは、私が六歳で彼が十二歳の時。当時騎士見習いだったタールは、仲間達から離れた場所に、一人ポツンと座っていた。
「カトリーナ様、何を考えていらっしゃるんですか?」
「もちろん、あなたのことよ」
「俺っ⁉」
率直に応えると、タールの耳が赤くなった。
私は慌てて言葉を足す。
「いえ、あの……。あなたはあなたでも、昔のあなたなの」
「昔、ですか?」
「ええ。騎士の見習いだったあなたは、仲間から離れてふてくされていたな、と思って」
「ああ、そのことですか。確かに、あの時小さな王女様に出会わなければ、俺は騎士になる夢を諦めていたでしょう」
「まあ、大げさね」
クスクス笑う私の隣で、タールが真面目な顔をする。
「いいえ、事実です。俺はそれまで、師範や他の見習い達から仲間はずれにされていましたから」
「そうだったわね。瞳に彗星の模様が浮かぶせいで恐れられ、爪弾きにされていたなんて。根も葉もない噂に惑わされていた彼らの方こそ、騎士失格よ!」
それもこれも、この世界では彗星が凶兆とされているせいだ。彗星が近づくと、世界が終わるとか魂が奪われるといった迷信を、本気で信じている人もいる。
「ハハハ。姫様はあの頃もそう言って、俺を励ましてくれましたね」
「だって、本当のことですもの」
実際の彗星は、氷やガスや塵の塊で、死ぬなんてことはない。
でも、この世界には精度の高い望遠鏡がなく、彗星の正体はいまだ解明されていなかった。
そのせいで瞳に彗星の模様が浮かぶタールを、当時周りは気味悪がって避けていたのだ。
ゲームでは回想のみの場面でも、生まれ変わった私には現実の体験の体験だった。タールとの出会いも、昨日のことのようにはっきり覚えている。
「ですが、俺も悪いんです。メリック公爵家は由緒正しい国家騎士の家柄だからと、家名にあぐらをかいていました」
「いいえ。タールは昔から、努力家でしょう?」
「姫様、そこまで俺のことを見て……」
何やら感激している様子だけれど、私の知識のほとんどは、ゲームやファンブックで得たものだ。
「【彗星の瞳】を持ちながら、努力を怠らない。周囲もそんなあなたを、心の底では認めていたと思うの。たぶん、夜空を駆ける彗星のごとき速さに、嫉妬していたのね」
「小さなカトリーナ様が真っ先に、俺の能力を認めて褒めてくださいましたね。『ター坊』という愛称をお付けになったのも、その頃でしたっけ」
「それは……」
『バラミラ』ファンが呼んでいたから。
うっかり呼び間違えてはいけないと、六歳の私は彼を「ター坊」と呼ぶようになった。
「ごめんなさい。私……」
「謝らないでください。責めているのではなく、お礼を言いたくて。カトリーナ様が愛称を呼んで親しくしてくださったおかげで、仲間も俺を恐れなくなったのですから」
「それは、あなたの側をうろちょろしていた私が、病気一つしなかったせいよね。だった私ではなく、健康に生んでくれた両親のおかげだと思うの」
するとタールは、優しい笑みを浮かべた。
「それでも俺は、あなたと出会えた奇跡に感謝したい。俺が団長になったのも、騎士として頑張っていられるのも、全てカトリーナ様のおかげです」
「まさか。全部ター坊の実力よ」
元々、剣の腕だけでなく性格も良かったタールの周りには、どんどん人が増えていった。当時彼を遠巻きにしていた連中は、今や彼の部下。
若くして第三騎士団長の座に就いた彼は、多くの者に尊敬されていた。
「感謝をしているのは、私の方だわ。あなたは国家騎士になった後も、筋トレに付き合ってくれたでしょう? おかげで私、この通り元気よ」
力こぶを見せようと、肘を曲げてみる。
「そんなこともありましたね。鍛えたい、との申し出を受けた時は、本当にびっくりしました」
「思えば長い付き合いね。これからもよろしく、ター坊」
「はい。……って、結局ター坊かあ~」
私の横で頭を抱えるタールは、可愛くって子犬みたい。
もちろん、私のフェリーチェには負けるけど。




