好感度を上げましょう 2
「みなさま、お代わりはいかが? ルシウス様のお土産のお茶は、芳醇で美味しいですものね」
「美しい方にお気に召していただけて、光栄です」
「まあ、お上手ですこと」
おっと、いけない。ルシウスだけでなく、みんなに話しかけなくちゃ。
「ター坊も立っていないで、こちらにどうぞ」
「いいえ。俺の仕事は、姫様の護衛ですから」
「ここには知り合いだけだもの、楽にしていいのよ。それに騎士団長のタールがいた方が、お茶会が盛り上がるでしょう?」
「カトリーナ様が、ようやく俺の名前を……」
タールが白い手袋を嵌めた手で口元を押さえている。
そんなに感激するなら、今後はター坊ではなくタールと呼ぼうかしら。
視線を感じてチラリと見れば、クラリスが私とタールの会話に聞き耳を立てている。
「ター坊――タール。私の友人、クラリスのことは当然知っているわよね?」
「はい。……どうも」
「ごきげんよう」
会話が続かないが、クラリスの好感度を上げたいわけではないので、もちろん構わない。
それなら次はハーヴィーね。
兄を見て、私は軽く首をかしげた。
「お兄様は楽しんでいらっしゃる?」
「ええ。こうしてゆっくりできる時間は、久しぶりよ」
「そうね。お兄様は働きすぎだもの」
リラックス効果のあるハーブティーも用意したのは、多忙な兄にくつろいでもらうため。
けれど兄は、お茶に関心はないらしく、隣のクラリスに話しかけている。
「カトリーナと仲良くしてくれて、ありがとう」
「もったいないお言葉ですわ。私の方こそお側に置いてくださって、ありがとうございます」
その応えにハーヴィーが、にっこり笑う。
「カトリーナは、良い友人に恵まれたようね」
「ええ。私も彼女に出会えて、感謝しているの」
「感謝……ね。私も、素敵な出会いに感謝しているわ」
兄は口にし、私に向かって片目を瞑る。
――今のはどういう意味かしら?
カトリーナには、二歳で王家に引き取られたという経緯がある。ただし初期の段階では思い出せないし、ハーヴィーも中盤までそれを匂わせるような行為をしない。
だけど今のウインクって、思わせぶりじゃなかった? それとも考えすぎ?
好意を得ようとしているから、自分に都合良く感じてしまったのかもしれない。
お茶会はその後も和やかに進む。
だけど何をどう間違えたのか、ルシウスは私にばかり話しかける。
「再会した時にも感じましたが、やはり美しいですね。カトリーナ様、いえ、カトリーナと呼んでもいいですか?」
「はい? いえ、あの……ええ」
眩しい笑顔に圧倒されて、しどろもどろになってしまう。爽やかな彼が序盤からガンガン振る舞うなんて、聞いていないわ!
ルシウスはさらに、歯の浮くようなセリフを連発する。
「カトリーナ。勇敢で愛らしい君の魅力は、筆舌に尽くしがたい。聞けば、この国の芸術振興政策にも深く関わったとか」
「……ええ、少しだけですが」
本当はがっつり関わったが、早く会話を終わらせたい。
視線で助けを求めるものの、クラリスには目を逸らされた。兄はカップに顔を伏せているため、表情が読めない。
「僕には君が必要だ。我が国で、存分に力を発揮してくれないか?」
「えええっ⁉」
私の手を取るルシウスだけど、彼はもう、カトリーナを自国に招くつもりなの?
いくらなんでも早すぎる。それだと完全にルシウスルートで、彼との恋に限定されてしまう。
どんなに彼が素敵でも、私が推すのはクロム様。せっかく巡り会えたのに、推しを置いて出国なんてあり得ない!
ルシウスに握られた手が気になって、断りの言葉が出てこない。手を引き抜こうにも、彼がそれを許さなかった。
――クラリス。ルシウス推しのあなたが、いつもの毒舌でこの場をなんとかしてくれない?
その時、背後で声がした。
「カトリーナ様、だったら俺もカトリーナって呼んでいい? 付き合いは、俺との方が長いですよね?」
「はいいぃ⁉」
タールったら、急に何?
焦って振り向く私に、彼はいたずらっぽく肩をすくめた。
「……けど、ダメか。臣下が呼び捨てなんて、不敬ですもんね。残念だなあ」
だからタール、なんでそうやって子犬のフェリーチェみたいに可愛くうなだれるのよ。
ま、あの子の方が愛らしいけれど。
「ルシウス殿下、からかうのはそこまでにしてあげてね。カトリーナが最も心を許す相手は、私なの。昔から私がいないと、何もできなくて」
そう言って目を細める兄は、いつの時代を頭に描いているのだろう?
「ともに湯浴みもした仲よ。そんな可愛い妹を、私がすぐに手放すとでも?」
「なっ……お兄様!」
あまりの言葉に席を立つ。
おかげでルシウスに握られた手は離れたけれど、プライドは粉々だ。
「湯浴みって、十年以上前のことでしょう? お兄様、私の記憶にさえないものを、みんなに披露するのはやめてほしいの!」
「ほらね? 怒った顔も可愛いでしょう?」
クスクス笑うハーヴィーは、これだとただのシスコンだ。
呆れたようなタールと、失笑するルシウス。
クラリスは、やれやれというふうに首を横に振っている。
好感度を上げるつもりが、機嫌のいい兄以外、急降下したような。
推しに暗殺される恐れがある以上、ゼロやマイナスでは困る。ゲームでは別画面で確認できたけど、現実では無理だ。
どうやら団体行動は、失敗に終わったみたい。




