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好感度を上げましょう 1

 兄のハーヴィーは怪訝(けげん)な顔で私とルシウスとを見比べているし、護衛のタールは私の背後で咳払い。 


 オープニングと同じ場面なのに、どうしてルシウスは黙ったままなの?


「ルシウス、様?」


 小さな声で名前を呼ぶと、ようやく気がついてくれた。

 目を細めたルシウスが、私の手を取り(うやうや)しく持ち上げる。


「失礼いたしました。久しく会わない間に大層美しくなられたので、心を奪われてしまいました」


 今度は私が固まる番だ。


 ――このセリフは、もうちょっと後のはずよ!


 管弦楽団はオープニングと同じ曲を演奏し、ルシウスが背負っているように見えるのは、花瓶に飾られた大量の薔薇。キラキラした背景はシャンデリアのせいだとわかったけれど、彼の言葉だけが違う。


 さらに指先にキスをされ、私は目を丸くする。


 ――ここでは、手を取るだけなのに……。


 ストーリーがサクサク進んでいるから、これはこれでいいのかな? 


 だってヒロインのカトリーナは、ある時期までにルシウスを含む三人の攻略対象の好感度を上げておかないと、クロム様に暗殺されてしまう。

 初っ端(しょっぱな)から好感度が上がるのは、喜ばしいと言えなくもない。


 しかも隣国王子のルシウスは、幼い頃に出会ったカトリーナにほのかな想いを抱いていた。だから彼の好感度はどの対象よりも上がりやすい……って、彼だけ上げてどうするの。


 ルシウスとの愛を深めれば、ゲームの後半は彼との個別ルートに突入してしまう。そうなると舞台がセイボリー王国に移り、ヒロインのカトリーナは母国を離れなければならない。


 ゲームではワクワクした展開も、今は絶対に嫌だ。


 だって、推しのいない国なんて耐えられない‼




 翌朝早くに目覚めた私は、枕を相手に決意を表明。


「昨晩の歓迎会では、ルシウス様と話しすぎたわ。これからは、団体行動しなくっちゃ!」


 乙女ゲームのカトリーナは、スタート後すぐに攻略対象の姿を求めて城の中を奔走(ほんそう)する。

 画面には城のマップが表示され、意中の相手がいそうなところに向かっていくのだ。


 ――ちっとも攻略したくない場合は、どうすれば……。


 悩んだあげく、ゲームとは逆の行動をすればいいと思い至った。


「特別な人を作るつもりはないけれど、暗殺はさせたくもされたくもないから、攻略対象達の好感度はほしいのよね。個別ではなく、全体的にじわじわ上げるには……」


 そこで思いついたのがお茶会だ。

 ヒロイン主催のお茶会は、ゲームの中にも登場していた。


「ルシウス殿下を囲んで、お茶を楽しもうと思うの。クラリスも、気になる方とお話してみない?」

「カトリーナ様、本当ですか?」

「ええ、もちろんよ」


 クラリスは私の侍女だが、子爵家の令嬢でもある。出席しても、なんらおかしくない。


「気になるって、そんな……」


 赤くなったところを見ると、まんざらでもなさそうね。

 二人の仲が深まれば、ルシウスの私への好感度は途中でとまるだろう。

 また、クラリスに相手を紹介したことにもなるから、素晴らしい解決法だ。


 問題は、ルシウスの好意が全てクラリスに向いた場合。ま、その時は彼女に頼んで取りなしてもらおう。


 そして現在。私の部屋には、『バラミラ』の攻略対象が勢揃い。


 丸いテーブルの前にハーヴィー、ルシウス、私、クラリスの順に座り、扉の横には護衛のタールが立っている。

 レースで縁取られた薄紫色のテーブルクロスの上には、香り高いお茶と、タルトやサブレなどの焼き菓子が置かれていた。


 ヒロインの攻略対象であるルシウスは、隣に位置するセイボリー王国の第一王子で十七歳。

 金の模様が入った水色の衣装を着こなして、銀髪に青い瞳で端整な顔には爽やかな笑みを浮かべている。

【星の瞳】という抽象的だが未来視ができる能力を持つルシウスは、気性は優しく穏やか。我が国でも彼に憧れる女性は多い。


 同じく攻略対象のハーヴィーは、二十四歳。

 金の刺繍(ししゅう)が入った赤い上着の下に白いシャツを着用し、黒のトラウザーズに包んだ長い足を組んでいる。肩より下の金髪は(ゆる)く波打ち、桃色の瞳は笑みを含んで輝く。

 彼は我がローズマリー国の王太子で、私の兄。兄なのに攻略できるのは、私が実の妹ではないからだ。でもそのことは、ゲームの中盤以降になるまで明かされない。

 カトリーナの母は国王の妹で、病の末に亡くなった。父親はとっくに他界していたため、哀れに思った国王が、幼いカトリーナを自分の子として育てると決意。ハーヴィーはヒロインの従兄に当たるが、その時から兄となった。

 その兄は、【月の瞳】という遠くのものまでよく見える、千里眼の持ち主だ。


 扉付近に立つのは、メリック公爵家の次男で、私の護衛を務めるタール、二十一歳。

 薄茶の髪と緑の瞳、八重歯が特徴の彼もヒロインの攻略対象の一人である。金の刺繍と肩章(けんしょう)付きの深緑色の制服がよく似合うが、童顔のため十五歳の私の隣にいても違和感がない。

 ファンの間では「ター坊」と呼ばれていたので、私も親しみを込めて時々「ター坊」と呼ぶ。

【彗星の瞳】を宿す彼は、能力を使うと周りのものがゆっくり見える。敏捷(びんしょう)性が評価され、史上最年少で国家騎士の第三騎士団長に任命された。


 それから私の侍女で友人、カモミール子爵家の令嬢クラリス、十六歳。

 今日の彼女は、胸の部分が白いレースに(おお)われた髪と同じ青いドレスを着ている。推しのルシウスが同席しているせいか、照れて伏し目がちなため、普段のきつい印象は(やわ)らいでいた。


 そして私、カトリーナは、この国の王女で十五歳。

 今回は(そで)とスカートの一部が白の黄色いドレスを(まと)っている。ヒロインだけど、攻略対象をそこまで攻略するつもりはなく、推しは断然クロム様。


 そうそうたる顔ぶれに、思わずにやけるファン心理。

 でもこれはファン感謝祭ではなく、彼らの好感度を少し上げるための団体行動なのだ。


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