隣国王子 ルシウス
いつもありがとうございます(*^-^*)
新章を始めるにあたり、第一章をだいぶ書きかえました。
ご迷惑をおかけして、誠にすみません。
前世の私がハマッていた乙女ゲーム、『バラミラ』こと『散りゆく薔薇と君の未来』。
そのスタートは、ヒロインが十五歳の誕生日を迎えた二ヶ月後となる。
最初はヒロインのカトリーナが、攻略対象の一人であるセイボリー王国の第一王子ルシウスと、ローズマリー城内で顔を合わせる場面だ。
「もうすぐいらっしゃるのでしょう? 評判通りの方だといいですね」
「え? ええ、そうね」
うきうきと仕度を手伝うクラリスに比べ、私の心は沈んでいる。
ゲームに出てきたままの姿なら、ルシウスはかなりのイケメンで、カトリーナとの絡みも多い。
だからこそ、彼の好感度は誰よりも上がりやすいのだ。
――でも、ルシウス一人を集中して上げたら、カトリーナは確実にセイボリー王国行きよ。
推しと離れたくない私としては、それだけはなんとしてでも避けたい。
「ルシウス様のご訪問は、我が国との間を流れる川に橋を架ける事業の打ち合わせのためよ。兄との会談を邪魔しないようにしなくっちゃ」
「ですがもちろん、姫様との時間もありますよね? あの方は我が国でも人気があるので、楽しみです」
「もしかして、クラリスはルシウス様推し?」
「『推し』とは、好きってことですよね? そんな、恐れ多いです」
恐縮しつつも、クラリスの口調は弾んでいる。
今日の彼女は青いドレス。ついでに言うと、ルシウスの公式グッズも青だ。
文房具やバッジ、ぬいぐるみの衣装なども青で統一されていた。彼の母国であるセイボリーの国旗も青だから、ルシウスのファンは青をよく好む……って、彼女はゲームを知らないか。
確かに隣国王子のルシウスなら、クラリスの好みにぴったりだ。家柄が良く顔も良く、スタイルも良くて優しいけれど、ヒロインに一途で浮気をしない。
「彼が攻略対象でさえなければ、紹介できるのに……」
ヒロインが後に暗殺されないためには、攻略対象全員の好感度を一定以上に引き上げる必要がある。八方美人では? と思わないでもないけれど、それが『バラミラ』のルールなので仕方がない。
「カトリーナ様、何かおっしゃいましたか? さ、できましたよ。いつも以上に素敵だわ!」
いつになくはしゃぐクラリスに苦笑しながら、姿見の前に向かう。
艶やかな濃いピンクのドレスを、白いリボンと薔薇の模様を透かしたレースが彩っている。ラウンドカットの襟元からは、寄せて上げた胸がチラリと除く。
これはゲームに登場するカトリーナと同じ衣装のため、彼女もパットを使用していたものと思われる。ヒロインにありがちなスタイルだけど、もうちょっと胸が大きくても良かったのに……。
全体としては可憐な印象で、緩く巻いた髪と薄化粧のおかげで、紫色の瞳が一層大きく見えていた。
「素敵なのは、クラリスの腕前よ。本当にありがとう」
私はにっこり笑い、玉座の間に急ぐ。
両開きの扉をくぐると、優美な彫刻が施された真っ白な柱と赤い壁紙が見えた。
白い大理石の床に敷かれているのは、縁が金色の鮮やかな緋色の絨毯で、奥の一段高くなった玉座に続く。
天井から吊されたシャンデリアは輝き、壁際にずらりと並んだ花瓶には、歓迎の意を込めて赤やピンク、紫色の瑞々しい薔薇が飾られていた。
眩い景色の中でも一段と煌めきを放つのは、セイボリー王国の第一王子ルシウス、その人だ。
「やっぱりメインヒーローは違うわ~。クロム様ひとすじの私でも、うっかり見惚れてしまうもの」
漏れ出た素直な感想は、幸い誰にも聞かれなかった。
攻略対象のルシウスは、ゲームのオープニングそのままの姿――いえ、画面を通して見るよりもはるかに麗しい。
銀の髪は光を受けて輝いて、印象的な青い瞳は遠くからでもすぐわかる。整った綺麗な顔には魅惑的な甘い笑みが浮かび、青地に金の飾緒付きの衣装が、引き締まった身体を包んでいた。
玉座の手前で中性的な美貌のハーヴィーと並び立つ姿は、そこだけまるで別世界。
キラキラした二人に話しかけるより、できればずっとここに立って眺めていたい。
「カトリーナ、遅かったわね。ルシウス殿下がお待ちかねよ」
兄のハーヴィーが私に気づいて、手招きする。
しずしず歩いてルシウスに向き合うと、彼が息を呑むのがわかった。
――よしよし。化粧も衣装も髪型も、いつもより盛っただけのことはある。
「お久しぶりです、ルシウス殿下。お目にかかれて光栄ですわ」
にこりと微笑み膝を折る。
久しぶりと言ったのは、私とルシウスは十年前にも一度会っているから。
「道中、いかがでしたか?」
何度もゲームを楽しんで、会話の内容がわかっているのは楽だ。この後はルシウスのターンで、彼が礼儀正しく挨拶する。
だから私は上品な笑みを固定したまま、返事を待てばいい。
――――あれ? なかなか応えないのはどうして?
私を凝視したままのルシウスは、なんとその場で固まっている!
――――あれれ?
カトリーナに息を呑むルシウスの画像は、ゲームのオープニング曲にも使われていた。だけど、こんなに長く動かなかった覚えはない。
ちなみに画像では、こんな感じだ。
『カトリーナの手を取るルシウスを見て、複雑そうに微笑む王太子のハーヴィーと国家騎士のタール。キラキラ輝く背景には、薔薇が当然のように飛び交う。
切り替わって夜になり、月を背にしたクロム様……というか、影だけ。
すぐに美術館の外と内部が映り、カトリーナはルシウスに抱き寄せられ、タールの背に庇われて、ハーヴィーと手を取り見つめ合う』
……って、違うから。オープニング曲について、熱く語りたかったわけではないの。




