拳王ジャガーノート
ミリアは獅子人の国、ビーストキングダムの首都プレジャーガーデンに向かった。ビーストキングダムは獅子人の国で、国土の大半が森で、文明レベルは平野人よりも低かった。
街と呼べるものは無く、村ばかりだった。だが、道だけは綺麗に整備されていた。その道を平野人の商人が馬車で走っていた。商人たちが主に扱っているのは穀物と塩等の食料だった。それを果物や肉と物々交換していた。ビーストキングダムに通貨は無かった。
ミリアが村を通ると、子供たちが無邪気に笑顔で話しかけてきた。
「ねぇ、お姉ちゃん平野人?どこから来たの?」
「私はミリア、アヴァロンから来た」
「そうなんだ。お姉ちゃんも商人?」
「いいえ」
「じゃあ、何をしているの?」
「知り合いに会うために旅をしている」
「へぇ、そうなんだ。ねぇねぇジャッカ様のお話知ってる?この前、平野人の吟遊詩人が歌ってくれたんだ。魔王バグスとの戦いってやつ、お姉ちゃん知ってる?」
「知らない」
「そっか、残念。知ってたらもう一回聞きたかったんだ。知らないならいいや、気をつけて旅をしてね~」
そう言って獅子人の子供たちは去っていった。こんな事が、立ち寄る村ごとに起こった。ミリアは獅子人の子供たちは人懐っこいのだなと思った。
ミリアはプレジャーガーデンに移動した。プレジャーガーデンは森の中にあった。他の村と違って、大きな建造物が立っていた。それは石造りの円形の建物で闘技場だった。
闘技場の周りには出店があり、いろいろな食べ物と飲み物が売られていた。肉を串にさして焼いたものや、肉をパンで挟んだもの、生の野菜をスティック状に切ったもの等が売られていた。また、ビールなどの酒類も売られていた。
お祭りのような状況だった。プレジャーガーデンは首都なのに、城らしきものが無かった。ミリアはどこに王が居るのか見当がつかなかったので、闘技場の入り口に向かった。闘技場の入り口には歩哨が入り口の両側に立っていた。
身長2メートルの筋肉質の獅子人が、武器を持たず。腰布を巻いただけの姿で立っていた。ミリアが近づくと歩哨の一人が呼び止めた。
「待て、お前がミリアか?」
「そうだ」
ミリアは正直に答えた。
「そうか、ジャッカ様がお待ちだ。ついてこい」
そう言って歩哨はミリアを闘技場の中へ案内した。
ミリアが案内された先は、闘技場の中央だった。そこには玉座があり、赤い絨毯が敷かれていた。その場所がプレジャーガーデンの玉座の間だった。玉座には赤いマント『王者の証』を羽織った筋肉質の獅子人が腰かけていた。身長は2メートルを超えていた。
その隣に、ジャッカが立って居た。ジャッカは服を着ていた。青を基調とした金の刺繍が入った袖の無い服だった。腰には剣を佩いていた。それは、真銀製の剣、信念の剣だった。
「ようこそ、ミリア。俺がこの国の王、ジャガーノートだ。ジャッカから話は聞いている。領地を分けて欲しいそうだな」
ジャガーノートは威厳のある野太い声でミリアに聞いた。
「はい」
「目的はなんだ?」
「科学技術と民主共和制の復活を行いたい」
「そうか、貴殿は何故1万年前の文明が滅んだのか知っているか?」
「1万年前、魔族の侵攻を受けて滅んだと聞いている」
「その魔族はどこからやってきたのか知っているか?」
「分からない」
「科学技術で、異世界への門を作り、侵攻しようとして逆にやられたのだ。馬鹿な話だろう?」
ジャガーノートは科学技術をあざ笑っていた。ジャガーノートは先代の王から1万年前の人族の愚行を聞かされていた。それは、代々王となったものが語り継ぐべき事実として伝わっていた。二度と同じ過ちを起こさないようにと……。だから、ビーストキングダムは文明レベルを極端に低くしているのだ。
(月読、事実なの?)
(事実です)
「では、科学技術の復興には協力できないと?」
「その通りだ。貴殿は我が国を見てきたか?」
「見てきた」
「みな、不幸な顔をしていたか?」
「いいえ、みな笑って暮らしていた」
「そうだろう。科学技術など無くても人は幸せになれるのだ」
「分かった。今日は話を聞いてくれてありがとう」
「俺の話を聞いても、科学技術を復活させるつもりか?」
「それが、私の使命だから……」
「そうか、分かった。好きにするがいい。だが、忘れるな。もし、異世界への門を作ろうとしたら、獅子人は貴殿の敵になる」
「分かった。それは作らないと約束する」
「ジャッカ、そういう訳だ。俺はミリアの邪魔はしないが、協力もしない」
「分かった。話を聞いてくれてありがとう。兄者」
「なに、変わり者の弟が珍しくお願いをしてきたのだ。聞くのが兄の役目というものだ」
獅子人は科学技術を忌避していた。それ故に武器を作ったり、服を着るという習慣さえなかった。だが、ジャッカは平野人の商人が運んでくる服や道具に興味を持った。そして、平野人の国に渡り、剣と文字を学んだ。ジャッカは獅子人の中では特異な存在だった。
「ありがとう。兄者。ミリアにプレジャーガーデンを紹介したいのだが、行って来ても良いか?」
「良いとも、力になれないが、科学技術が無くても素晴らしい街は作れるという事を見せてやってくれ、もし心変わりして俺たちの国に住みたいと言うのなら歓迎する」
そう言ってジャガーノートは玉座から立ち上がり、ミリアに手を差し伸べた。ミリアはその手を取り握手をした。
「心変わりはしないと思うが、この国に住みたいと思った時は正直に言う」
「ああ、それでいい」
「では、ミリア。一緒に来てくれ、この街を案内する」
「分かった」
ミリアはジャッカについて行った。
ジャッカは闘技場を出るとミリアに紹介を始めた。
「この闘技場が、プレジャーガーデンの王宮チャンピオンホールだ。ビーストキングダムの王は、年に1回行われる武神際の優勝者がなる。優勝者には『王者の証』である赤いマントが与えられ、玉座に座る事が許されるのだ。俺の兄者は20年間王として君臨している」
「あなたは参加していないの?」
ミリアは疑問に思った。人族最強の精鋭が魔王討伐に向かったのだ。獅子人の最強がジャッカだと思っていたのだが、王はジャガーノートだという。
「参加は出来る。だが、俺が得意なのは剣術だ。武神際は武器の使用が禁止されている。殺し合いではなく力の比べ合いなのだ。だから、俺は兄者に勝てない」
「そうか、納得した」
「それで、今は戦争終結を祝う祝祭の最中だ。こっちにミリア殿に見せたいものがある」
そう言ってジャッカが進んでいった先には、大小様々な動物が居た。そこは動物園だった。だが、檻は無く全ての動物が自由にしていた。その動物たちは人になれているようで、近づいても逃げないし、触っても驚いたりしなかった。
ジャッカが小さな白毛の猫を抱き上げてミリアに渡した。ミリアは猫を受け取り抱っこした。
「どうだ、癒されるだろう?」
ジャッカは自信満々にそう言った。ミリアは猫の体温を感じていた。猫はミリアに体を預けてくつろいでいる。ミリアは心が温かくなるのを感じていた。
「癒されるという意味は分からない。でも、何か温かい」
無表情だったミリアの顔が一瞬だけ微笑んだように見えた。しかし、すぐに元の無表情に戻った。
「それが、触れ合うという事だ。科学技術が無くても人は幸せを感じられる。それは触れ合う事で感じる事が出来る。家族だったり恋人だったり友人だったりペットだったり、幸せは身近なところにあるんだ」
ジャッカは、ミリアが終始、無表情だった事が気になっていた。魔王城で戦った時に感情らしきものが無いと思っていた。だが、人の死を惜しみ、逃げろと言ったり、メアリの怒りに対して理解を示したり、感情を理解しているように見えた。感情を理解できるという事は感情を持っているという事なのだ。だから、ジャッカはミリアに幸せを教えたかった。
「そう。でも、今の私には必要ない」
ミリアは動物の温かさを感じていた。だが、使命を果たす上で必要ないと判断した。
「そうか、今は必要ないかもしれない。だが、必要になったらいつでも来てくれ、この動物園は、誰も拒まないし、お金ももらっていない。癒しが必要な者に開放している」
「分かった。必要になったら来ることにする」
その後、ジャッカは一通り街を案内した。
「今日はありがとう。私は次の国に行く」
「力になれず、すまない」
「いいえ、ジャッカの国がどういう国なのか知れてよかった」
「それなら良かった。君が使命を果たせることを祈っているよ」
「ありがとう」
こうして、ミリアはビーストキングダムを去っていった。
選択肢:使命を放棄しますか?
1.いいえ
2.はい
2を選んだ場合は、シナリオ3『楽園』
科学文明を捨てて、獅子人と平和に世界を統一していくシナリオに進みます。