英雄王アーサー
『5つの希望』と別れた後、ミリアは一人で歩いていた。向かったのは、汎用人型戦闘機体研究所の入り口に立っていた。そこは地下鉄の入り口のように地下への階段があり、階段を降りるとエレベータの扉があった。
扉の横にはボタンではなく、手のひらよりも少し大きめの白い金属の板が貼ってあった。その板にミリアは右の手のひらを押し付ける。ミリアの視界に「認証中」と白い文字が表示され、1秒もたたないうちに緑色の文字で「使用可」と表示され、エレベータの扉が開いた。
ミリアがエレベータに乗り込むと、右側にボタンが並んでいた。そこには、開閉ボタンの他には地上と研究施設と転移装置の3つしかボタンが無かった。ミリアは迷わずに転移装置のボタンを押した。
エレベータの扉が閉まり地下へ降りていった。
「月読、道はこれであっているの?」
「あっています。世界には汎用人型戦闘機体研究所の他にも1万年前の文明の施設が残っています。転移装置がその一つです」
「出入り口の整備は誰が行っているの?」
1万年もたったら、土砂などで入り口が塞がっても不思議は無いのだが、汎用人型戦闘機体研究所の出入り口は綺麗に整備されていた。
「真銀で作られた整備用のロボットたちです」
「魔族に破壊されたりしないの?」
「誰にも目視不能です」
「どういうことなの?」
「光、音、熱、電波等の知覚可能なものを全て透過する永続魔法がかけられています」
月読の説明と共にミリアの視界に映像が映し出される。それは、円筒形のロボットで土を掘削するためのショベルや、ゴミを吸い込むためのホースの付いたロボットだった。足の代わりにキャタピラが付いていた。
「動力は何?」
「世界各地に残っている発電設備によって維持されています。その発電設備も整備用のロボットによって維持されています」
ミリアの視界に山の上に設置されたソーラーパネルや砂漠に設置された風力発電所、ダムに設置された水力発電所が表示され、各種整備用のロボットが映し出された。
「それだけの設備を誰が管理しているの?」
「マザーコンピュータ『ユグドラシル』が管理しております」
ミリアの視界に巨大な樹のイメージと鋼鉄の箱がいくつも並んだ部屋が表示された。
「目的は?」
「人族の知識の継承の為です」
ユグドラシルは元々、人族同士の戦争で知識が消失しないように作られたシステムだった。1万年前の大破壊で人族は支配領域を狭め、ユグドラシルへのアクセスが出来ない状態になった。結果、1万年たった今でも科学技術は復活していない。
「分かった」
エレベータが停止し、転移装置があるフロアに着いた。そのフロアは巨大な空間だった。フロアの真ん中に転移装置が設置されていた。転移装置は高さ2メートル半径1メートルの白い円筒形の箱だった。ミリアが近づくと自動でドアが開いた。
ミリアが中に入るとドアが閉じた。部屋の中央にコンソールがあった。それは地面から生えている一本の棒だった。棒の先にフォログラフで表示されたキーボードとディスプレイがあった。
ミリアが近づくと月読が目的地をコンソールに無線で送信し、転移装置が起動した。そして、ミリアの視界に『グラント平原』と表示され、外へ出るように案内が表示された。ミリアは指示に従って、エレベータに乗り地上に出た。
そこは平原だった。ミリアの視界には時刻が午前1時と表示されていた。深夜の平原の東西に篝火が焚かれていた。西は人族の軍勢で東は魔族の軍勢だった。グラント平原は5つの希望が帰還した人族と魔族の戦場だった。ミリアの視界には昼間の様な明るさで、両方の陣営の様子が見えていた。
「月読、どうしてここに?」
「各国の王に会うと言っていましたので、今、全員が集まっているこの場所へ案内いたしました」
ミリアは転移装置の事を知らなかった。だから、会うとしても後日だと思っていた。
「王に会うには彼らの協力が必要だけど、さっき別れの挨拶したばかりなのに、すぐに再会するのは変だと思う」
ミリアは記憶は無いが、そう思った。
「案内はいたしました」
ミリアは、これからどうするのか考えた。とりあえず様子を見て、人族が負けそうになったら、助けようと思った。
翌朝、『5つの希望』と『5つの絶望』が話し合い、戦争は終結し軍勢は退却していった。ミリアはとりあえず平野人の王に会う事にし、アベルが居る軍勢について行った。
ミリアは、道中の村や街の様子を見て文明レベルが低いと感じた。家は平屋が多く、高い建築物が殆どなかった。服も無地のものが主流で、色彩豊かな服は一部の者が独占していた。貧富の差が激しく、農業も機械を使わない原始的なものだった。
アベルの軍勢が通ると、村や街の人たちは戦場から帰ってきた戦士たちを歓迎しもてなした。
5日で王都アヴァロンに着いた。王都アヴァロンは道中の村や街と違い、石造りの立派な街だった。道行く人々は色とりどりの服を着て、たくさんの店が立ち並び様々な物を売っていた。平野人以外の人族も行きかい。活気に満ちていた。
アベルたちが街に入ると凱旋パレードとなった。戦場から帰ってきた戦士たちを街中が歓迎していた。その様子を見て、ミリアは暫く謁見は無理だろうと思った。なので、アベルが落ち着くまで街を散策する事にした。
当てもなく歩いていると一人の商人が話しかけてきた。
「お嬢さん、一人ですかな?」
その商人は、見るからに悪人顔で、中年で小太りの男だった。その男の後ろには、同じような悪人顔をした体格の良いスキンヘッドの強面が二人いた。
「一人ですが何か?」
ミリアは無表情で抑揚の無い声で答えた。
「そうですか、治安が良いとはいえ、お嬢さん一人で出歩くのは危険ですよ。奴隷商人も居ますから、人さらいに注意しないと……」
商人が説明している間に、強面の一人がミリアの背後に移動し、口を塞ごうとした。しかし、ミリアは強面の腕をとり、そのまま背負い投げをした。身長180センチメートルの巨漢を軽々と投げ飛ばした。
石畳に背中を打ち付けられた強面の男は、あまりの激痛にその場でうずくまって動けなくなった。
「自己紹介、ありがとう。罪状、誘拐未遂、あなたたちを拘束します」
ミリアはそう宣言して、商人と残りの巨漢を投げ飛ばして行動不能にした。それを見ていた通行人が役人に通報し、警備兵が現場に駆け付けた。
「これは何があったのですか?」
警備兵はミリアに丁寧な対応をした。それは、ミリアが見るからに高価そうなドレスを着ていたからだ。どこかの貴族の令嬢だと思われていた。
「奴隷商人が自己紹介をして私を誘拐しようとしたから捕縛した」
ミリアは淡々と説明した。
「そうですか、犯罪者の逮捕に協力頂きありがとうございます。それで、お嬢様はどちらの家の方ですか?」
「家?私はミリア。勇者アベルの知り合い」
ミリアは家が何を意味するのか理解できなかった。だが、自分の身元を確認しようとしているのは分かったので、アベルの名前を出した。警備兵はいぶかしんだが、身なりが良いのと話し言葉が綺麗だったので、アベルに確認をとろうと思った。
「分かりました。お手数ですが詰め所までご同行頂けますか?」
「分かった」
ミリアは、この国の司法制度を知らなかったが、警備兵の言う事を聞くことにした。
詰め所に案内されて、比較的綺麗な部屋に案内された。
「何か、お飲み物をお持ちしましょうか?」
警備兵が聞いてきた。
「何もいらない」
ミリアは淡々と答えた。
「では、アベル様を呼んできますので、それまでお待ちください」
「分かった」
それから、10分ほどで警備兵がアベルを連れて戻ってきた。アベルはミリアを見るなり、話しかけた。
「もう来てくれたのか、ありがとう!」
そう言ってミリアの手を取って喜んだ。
「あの、アベル様、この方は?」
「ああ、紹介するよ。私の友人、ミリアだ」
「アベル様のご友人ですか、ならば証言を疑う必要はありませんね。後の事はこちらで処理いたします」
「なにか、事件に巻き込まれたのか?」
「いえ、ミリア様が奴隷商人を捕まえてくださったのです。それで、身元の確認をしようとしたのですが、アベル様の名前を出されましたので、お呼びした次第です」
「なるほど、事情は分かった。後は任せる。ミリアを連れて行っても問題ないか?」
「ええ、もちろんです」
「じゃあ、行こう。ミリア」
そう言ってアベルはミリアの手を取って詰め所から出た。
「ミリア。王への謁見なんだが、戦争の後処理で暫くは時間が取れない。だから、それまでの間、アヴァロンを案内するよ」
「ありがとう」
それから5日間、ミリアはアベルに街を案内されつつ時間を潰した。その間に魔族との戦争が終わった事、魔王バグスを『5つの希望』が倒した事が公表された。ミリアはアヴァロンを案内され、アヴァロンが計画的に作られた街だと認識した。
アヴァロンは、原始的なつくりではあるが上下水道が整備されていた。それに、区画整備もキッチリと行われていたのだ。行政区、商業区、工業区、居住区と明確に分かれていた。これは為政者が有能な証だった。
ようやく、王との謁見が出来る日が来た。ミリアはいつもの無表情で、アベルに案内されて謁見の間に通された。玉座の間は玉座が一段高い位置に設置され、赤い絨毯が敷かれていた。天井は高く、天井には神話をモチーフにしたと思われる豪華な絵が描かれていた。
絨毯の左右には貴族が並び、勇者アベルが連れてきた謎の美少女を値踏みしていた。玉座にはアーサー王がひじ掛けに左腕の肘を付け、頬杖をついていた。アーサー王は年齢25歳と若かった。髪の色は金色で瞳の色は青だった。どこか冷酷な印象の青年だった。髪は短く整えていた。
アーサー王の横には軍師であり魔法使いでもあるマーリンが居た。マーリンは見た目は20代の青年だった。髪と瞳の色は青で、髪は腰まで伸ばしていた。眼鏡をかけた知的な青年だが、アーサー王と同じく冷酷な印象だった。
アベルがアーサー王の玉座の前まで進み、片膝をついて頭を垂れた。ミリアは立ったままだった。
「王の御前である控えよ」
マーリンはミリアに臣下の礼をとれと命じた。
「私はあなたの国の国民ではない。だから、臣下の礼は取らない」
ミリアの言葉を聞いて、マーリンは眉をひそめた。しかし、アーサー王は右手を上げてマーリンを制した。
「よい、アベルから報告は受けている。古代兵器神威なのだろう?」
「その通りだ」
ミリアは下手に出なかった。これは交渉の場なのだ。対等の立場で提案しなければ、ミリアの使命は果たせない。
「それで、話とはなんだ?」
アーサーは頬杖をついたままの姿勢で横柄に聞いた。
「私は1万年前の科学技術を復活させたい。その為に民主共和制の国を作ろうと考えている。貴国は協力して頂けるだろうか?」
ミリアは単刀直入に聞いた。
「民主共和制か、衆愚政治を行うというのであれば協力は出来かねますね。1万年前に失敗し滅んだ文明の政治体制を復活させる理由は何です?」
マーリンは辛辣に批判しつつ理由を聞いた。
「それが、科学技術の発展に必要な事だから……」
ミリアは一部の特権階級だけが知識を独占する政治体制からは科学の発展が望めないと思っていた。アーカイブの記録を見ても、君主制の国家が科学技術を著しく進歩させた例は少なかった。
「さて、陛下、私は反対ですが、どうなさるおつもりですか?」
「国を作ると言ったな、どこに作るつもりだ」
「まだ、決めていない。どこかの国が土地を分けてくれるのなら、その場所にするつもりでいる」
「そんな国があるものか、どこの国も土地を譲らなかったらどうするつもりだ?」
「魔族から土地を奪う」
「先日、魔族と停戦条約を結んだばかりだ。それを反故にしようという者に手助けは出来ない」
「そうか、それは残念だ。今日は話を聞いてくれてありがとう」
「まて!君を大臣に任命し、権限を与える。それで、この国に科学技術を教えてくれないか?」
マーリンが慌ててミリアを引き留めた。マーリンは科学時術に興味があった。だが、君主制を止める事など簡単には出来ない。他国がいつ攻めて来るかも分からない状況で、民主共和制の国家で有事に迅速な対応が取れるのか疑問があった。だから、民主共和制を諦めさせたうえでミリアの知識を獲得する話の流れにしようとしたのだが、ミリアは民主共和制に強くこだわっていた。その為、話を打ち切って帰ろうとしたのだ。
「それは出来ない。君主制の良い所は知っている。だが、その体制には致命的な欠陥がある。それが分からないのであれば、私が証明するしかない」
ミリアは終始、無表情で抑揚の無い声で淡々と話していた。その姿が、マーリンには恐ろしかった。感情が無いように見えるからだ。感情が無いという事は、相手を操る術が無いという事だった。怒らせて行動を誘導する事が出来ない。
「分かった。好きにせよ。ただし、我が国は協力しない」
「分かった。好きにさせてもらう」
こうして、交渉は決裂に終わった。
玉座の間を出て、アベルはミリアに謝罪した。
「すまない。力になれなかった」
アベルは事前にミリアがやろうとしている事をアーサー王とマーリンに伝えて、協力して欲しいとお願いしていたのだ。しかし、結果は交渉決裂だった。
「アベルのせいではない。アーサー王の条件と私の条件が合わなかっただけだ」
ミリアは落胆していなかった。最初から予想していた事だ。君主は自ら平民になろうとはしない。それでも、一緒に戦った仲間が一度話してみて欲しいと言ったのだ。だから、ミリアは仲間の助言に従い交渉していた。成功するかは二の次だった。
アーサー王とマーリンはミリアが去った後で、二人で話していた。
「さて、ミリアはどう動くのかな?」
アーサー王がマーリンに聞いた。
「本当に魔族の領土を奪った場合、戦争になります。問題を起こす前に止めたいところですが……」
マーリンはその先を言わなかった。
「アベルは無理だと言い切ったのだったな」
「ええ、勇者アベルが断言しました。例え『5つの希望』全員で戦ったとしても勝てないと……」
「それなら、放っておくしかあるまい。襲われる魔族は気の毒だと思うが、こちらに火の粉がかからないのであれば、問題はあるまい」
「それは、そうですが……」
マーリンは不吉な予感を拭い去れなかった。無機質に淡々と感情も無く自分の目的を優先させる機械が、今後どのような行動をとるのか予想できなかった。
選択肢:条件を飲みますか?
1.飲まない
2.飲む
2を選んだ場合は、シナリオ2『覇王アーサー』
アーサーの指示のもとアーサーの覇業を支えて文明を復興させていくシナリオに進みます。