玉座の間まで
ミリアたち6人はエントランス敵を殲滅し、共闘を誓った。その後、次の部屋に進む前にメアリが提案した。
「ここらで一旦、強化魔法をかけ直すわね」
「そうか、そろそろ効果が切れる時間か、頼む」
アベルが、そう答えた。ミリアは強化魔法というものが何か知っていた。だから、待つことにした。
「炎の精霊よ、我に力をお貸しください。我らに燃え盛る力の加護をお与えください。インクリメント、マテリアル、アタック、マキシマム、オール」
メアリが、魔法を完成させると、アベルたちの足元に赤い魔方陣が現れ、赤い光に包まれた。アベルたちの物理攻撃力が上がった。ミリアの足元にも魔方陣が現れたが、すぐに消滅した。
「ああ、やっぱりミリアには魔法が効かないみたいだね」
「そうですね~。じゃあ~。ミリアを除いてかけなおしますね~」
フランも詠唱を開始した。
「土の精霊よ、我に力をお貸しください。我らに硬き守りの加護をお与えください。インクリメント、マテリアル、デフェンス、マキシマム、オール」
フランの詠唱が終わると、ミリアを除く全員の足元に黄色の魔方陣が出現し、黄色い光に包まれた。アベルたちの物理防御力が上がった。
その後、メアリが、風と闇の精霊に願い。俊敏性と魔法攻撃力を上げ、フランが水と光の精霊に願い。器用さと魔法防御力を上げた。
「さあ、これで準備万端、行きましょう」
メアリがそう言うとミリアが先導して魔王城の迷宮の様な通路を進んでいった。
次の部屋の前まで来ると、ミリアの視界に警告が表示された。
「この先で、魔物が待ち伏せしている」
ミリアの視界には立体的に建物が表示され、熱源と音の発生源が表示され、そこから魔物がどこに居て、何をしようとしているか筒抜けだった。
「さて、ミリア。ここからは正面の敵だけを足止めして、敵の殲滅はあたしとフランでやるから、刀だけで戦ってね」
「それだと、正面の敵を殲滅するためにもう一度魔法を唱える必要がある」
「ふっふっふ、あたしは魔法を極めた魔女だよ。とにかく、あたしが何とかするからミリアは足止めだけをお願いね」
「分かった。メアリを信じる」
ミリアは抑揚のない声で答えたが、メアリを信じていた。だから、武装はオリハルコンブレードの月光だけにした。
アベルが突入のタイミングを指で指示する。3、2、1、0と同時にカノンが『破壊の斧槍』で扉を粉砕する。扉を粉砕したのは閉じられるとメアリとフランと分断されるからだ。
カノンが壊した扉からミリアとアベルとジャッカが侵入し、前線を形成する。その部屋の主力はグレーターデーモンだった。グレータデーモンは上位の悪魔で、魔法攻撃を得意としていた。
敵の前衛には上半身が竜の竜人が居た。右手に槍、左手に丸い盾を持っていた。どちらも真銀製だった。今までの敵と違い精鋭のようだった。竜人はドラゴノイド、ドラゴノイドコマンダー、ドラゴノイドナイト、ドラゴノイドロード等、強さによって様々な名前を持っているが、ミリアたちを囲んでいるのは上位の強さを持つドラゴノイドロードだった。
ミリアには理解できない言葉だったが、アベルたちはある程度、言葉が分かっていた。だが、大した内容は話していないので、アベルたちは聞き流していた。竜人が話していたのは「囲め」「逃がすな」「殺せ」といったどうでもいい内容だった。
ミリアは正面に居る三人の竜人をオリハルコンブレードを縦横に振るって倒した。だが、倒してもすぐに後ろに控えている竜人がその穴を埋めていった。アベルとジャッカとカノンはいつも通り連携して、前線を維持していた。
メアリは右手で『魔女の杖』を両手でマイクのように持った。すると、右手の甲に口が出現した。メアリの口から「炎の精霊よ、我に力をお貸しください……」と詠唱が始まると同時にメアリの右手の甲の口から「風の精霊よ、我に力をお貸しください……」と詠唱が始まった。
それは、メアリの戦闘スタイル魔女のスキル『多重詠唱』だった。メアリは最大3つまで魔法を同時に詠唱が可能だった。だから、ミリアに武器を温存するように言ったのだった。ただし、この多重詠唱には制限があり、同じ属性の魔法は多重詠唱出来なかった。
「水の精霊よ、我に力をお貸しください……」
フランも魔法の詠唱を開始した。ミリアたち前線組は、役割を果たしていたが、ミリアが銃撃をしなくなったことで、魔物たちの後方に居るグレーターデーモンたちが魔法の詠唱を開始しても防ぐ手段が無かった。
ミリアは、アサルトライフルを使おうかと思ったが、アベルたちは魔物の詠唱を聞いても焦ったりはしなかった。なにか対抗手段があると思い。弾丸を温存することにした。
「エグゼ、ファイアランス」
グレーターデーモンたちの眼前に炎の槍が出現し、50本もの炎の槍がミリアたちに殺到しミリアたちを貫いた。だが、ミリアを直撃した炎の槍は消えた。ミリアには魔法が効かなかった。
アベルとジャッカとカノンも炎の槍に貫かれた。その瞬間、アベルたちは炎に包まれるが、平然と戦っていた。
「その程度の魔法でフランの防御魔法を突破できると思うなよ。せめてエクスプロージョンくらい使えないと、僕たちに魔法でダメージを与える事なんて出来ない」
アベルたちが装備している真銀製の防具は、魔法の効果を増幅する『増魔の鎧』と『増魔の衣』だった。これは、補助魔法にも効果が適用される。しかも、補助魔法の使い手は人族最強だった。最上級の魔法でない限り、ダメージを与えるとは難しかった。
「エグゼ、エクスプロージョン」
「エグゼ、エンプティブレード」
「エグゼ、アブソリュートゼロ」
アベルの正面の敵は、爆炎に飲まれた。
ミリアの正面の敵は、真空の刃で切り刻まれた。
ジャッカの正面の敵は、凍って砕け散って消えた。
一瞬にして待ち伏せしていた魔物たちは全滅した。
「ね、大丈夫だったでしょ?」
メアリは自慢げにミリアに言った。
「ええ、おかげで弾丸を温存できた。ありがとう」
ミリアは抑揚のない声で答えた。
「本当に喜んでいるのか分からないのよね~。声に抑揚はないし、表情は変わらないから……。でも、古代兵器だから感情表現まで求めるのは欲張りかしら?」
ミリアの愛想のなさにメアリが不満を口にした。
「嬉しいという感情が何なのかは分からない。でも、私が最大戦力で戦える時間は延長できた。それは良いことだと思う」
「そっか、それならいいや」
メアリはミリアの役に立てたことを喜んだ。それは強いものに実力を認められたという嬉しさだった。
「では、次に進みましょう」
ミリアがそう言って先に進んだ。
魔王バグスは焦っていた。ミリアの戦闘能力を目の当たりにし、倒せないと理解してしまったからだ。操っていた魔物全てが殺された。しかも、人族の刺客と合流し共闘している。
さらに、悪い事にミリアは真っすぐに自分を目指して進んで来ていた。何度も包囲殲滅を仕掛けるが、全て撃退されてしまった。
「なぜだ、なぜ『5つの希望』が前線を突破してここに来ている。『5つの絶望』は何をしているんだまったく」
バグスは萎えていた。圧倒的な戦力を前に、勝てる気がしなかった。最強の手駒『5つの絶望』は最前線に送り込んでいた。魔王城に居る魔族と魔物はそれなりに強いがミリアたちに対抗できそうなものは神龍ラグナロクだけだった。
魔族とは異界から現れた生物の内、竜人、鬼人、魔人、蛇人、悪魔、不死者を魔族と呼んでいた。
魔物とは、魔族以外の異界から現れた生物を魔物と呼んでいた。魔族と魔物の違いは強さと知能の高さだった。魔族の方が魔物よりも強く知能が高かった。
神龍ラグナロクは魔物だが『5つの絶望』の次に強かった。魔王バグスは、神龍ラグナロク以外の魔物でミリアたちに対抗できそうな者が居ないか思案を巡らせて、対抗できそうな存在を思い出す。
「通じるか分からんが死霊がおったな、実体を持たない奴らなら対抗できるかもしれんが……」
バグスはたぶん駄目だろうと思いつつ、死霊たちに望みを託した。
ミリアはその部屋に何も居ないと思っていた。
「この部屋には、何も居ない」
だが、フランは敵の気配を察知していた。
「この先に~。死霊が居ますよ~」
ミリアは死霊が何なのか分からなかった。熱源もないし音も聞こえないのだ。何かが存在すると思えなかった。だが、フランが言うのだから、信じることにした。
「分かった。光の精霊よ。我が剣に宿り給え。グラント、ホーリー」
アベルが詠唱すると『森羅万象の剣』に白い魔方陣が浮かび上がり光の精霊の加護が与えられ剣は淡い白い光に包まれた。その光は死霊を浄化する聖なる光だった。
「カノンとジャッカには私が浄化の魔法を付与しますね~」
そう言ってフランは詠唱を始めた。
「光の精霊よ、2人の武器に宿り給え。グラント、ホーリー」
カノンとジャッカの武器にも浄化魔法が付与された。カノンが扉を破壊し、ミリア、アベル、ジャッカが部屋に飛び込むと、そこには死霊たちがひしめきあっていた。だが、ミリアには何も居ないように映った。
「敵が居ない」
「え?ミリア、見えてないの?」
「なにも見えない」
そんなミリアに、実体を持たない死霊が攻撃を仕掛けるが、死霊の攻撃はミリアに効かなかった。魔法の力で現世にとどまっている魂の攻撃はミリアの体を構成する神の白金に影響を与えることが出来なかった。つまり、死霊とミリアはお互いに干渉できないのだ。
「分かりました~。死霊は私たちが~何とかするので~。少し待ってくださいね~」
フランが緊張感もなくそう言った。
「カノン、ジャッカ、僕たち3人で前線を維持するぞ!」
『応!』
カノンとジャッカは気合十分に答えた。
「光の精霊よ、我に力をお貸しください……」
フランが魔法の詠唱を開始した。
「死霊相手だと、私の出番がないのよね~」
メアリは死霊を浄化する魔法を使えないので、フランの詠唱が完成するのを待つしかなかった。
アベルとカノンとジャッカは死霊に対して前線を構築し、優位に戦闘を進めていた。
「エグゼ、ジャッチメント」
フランの詠唱が完成すると、部屋全体が光に包まれ、死霊たちは全て浄化された。
「終わったのか?」
ミリアが状況を確認した。
「ええ、終わりましたわ」
フランはにっこりとほほ笑んだ。
「そうか、次に進もう」
ミリアは何が起こったのか認識していない。ミリアは幽霊の類は感知できなかった。ただ、フランが何か魔法を使い。センサーに反応しない何かがこの部屋から消えたことは感じることが出来た。
魔王バグスはうなだれていた。死霊の間も突破された。もう、打てる手はない。あとは城を放棄して逃げ出すしかない。だが、ここで逃げたら、結局死ぬのと同じ事になる。もうバグスの言うことに魔物が従わなくなるのだ。
魔物は弱者に容赦なかった。実力が無いと分かればあっさりと見捨てる。忠誠心など皆無なのが魔物だった。力にしか従わない。それが魔物だった。
「ならば、打てる手は一つだけか……」
魔王バグスは神龍ラグナロクを前衛に戦う事を決意した。勝てる見込みはない。だが、逃げてみじめに生き残るぐらいなら潔く戦って死ぬ方がよかった。また、バグスは不死身だった。消耗戦に持ち込み、相手が動かなくなれば破壊することが可能かもしれない。そんな可能性にかけて、バグスは玉座でミリアたちが来るのを待った。
ミリアたちは魔物たちを蹴散らし、とうとう魔王バグスが居る玉座の間まで来た。ミリアは無傷なうえに弾丸のストックは十分だった。アベルたちも大きな怪我もなく万全の状態に近かった。ただし、メアリとフランはそれなりに魔力を消耗していた。
「この先に、バグスが居るの?」
メアリがミリアに確認した。
「ええ、間違いないわ」
「じゃあ、ここらでアルベドが作ってくれたエリクサー使うわよ」
「いよいよ使うのか……」
アベルは恐怖に顔が歪んでいた。
「使わないと魔力が回復できないし、それなりに消耗はしてるでしょう?」
「失敗、してないよな……」
アベルはアルベドが作ったエリクサーを信じていなかった。錬金術で作成できる最高の霊薬エリクサー、飲めばたちどころにどんな傷も治し、全ての毒を中和し、魔力と体力を全快させる薬なのだが、失敗すればとてつもなく不味い味になるのだ。効果は同じだが、飲んだ時においしいと思うのかくそ不味いと思うのかアベルにとっては死活問題だった。
「まだ、そんなことを言っとるのか、不味くても体は治るんじゃ、贅沢を言うでない」
カノンはアベルを苦い薬を嫌がる子供のようだと思った。
「カノンの言うことも分かるけど、私もできればハズレは引きたくないわ」
メアリもくそ不味い薬より、美味しい薬の方が好きだった。
「まあまあ、ここは~いつも通り~、恨みっこなしでジャンケンで決めましょう~」
フランがそう提案すると、ほかの4人はうなずいた。
「じゃあ~、行きますよ~。ジャン、ケン、ポン!」
こうして、誰から選ぶか決めて、フラン、ジャッカ、メアリ、カノン、アベルの順に自分が飲むエルクサーの瓶を決めた。エリクサーの色は深紅だった。
「それにしても、なんで確実に5回に1回失敗作が出来上がるんだ?アルベドのやつ絶対わざと失敗作を作ってると思うんだけどな~」
アベルはアルベドがこの情景を思いつつわざとくそ不味いエリクサーを作っていると邪推していた。
「そんな訳ないでしょう。彼女、錬金術に関しては嘘をつかないんだから」
メアリがそれを否定する。
「さあ、とっとと飲むわよ」
そう言ってメアリはエリクサーを一気に飲み干した。他の4人も同じように一気に飲み干した。そして、全員の体が赤い光に包み込まれ、傷と体力と魔力が全快した。そして、カノンが苦虫を咬みつぶしたかのような渋い顔をしていた。
「今回はカノンだったか」
アベルはホッとしていた。
「カノン、外れを飲んだ感想は?」
メアリがカノンをいたぶるように言った。
「不味い!だが、それでいい!」
カノンは気合で不味さを乗り越えた。