5つの希望
5つの希望
ミリアが魔王城の橋の中央に差し掛かる少し前に、魔王城へ続く橋の入り口に5人の人族が周囲を警戒しながら進んでいた。
1人目は平野人の男、勇者アベル。年齢は18歳、赤髪が特徴的な好青年だ。武器は魔法の効果を増幅する銀色の金属、真銀製のロングソード、『森羅万象の剣』だった。防具は、真銀製の鎧、『増魔の鎧』を装備していた。
2人目は白樹人の女、聖女フラン。年齢は約1000歳、金髪碧眼の美女だった。耳は白樹人の特徴である尖った長い耳だった。武器は真銀製の杖『聖女の杖』だった。防具は真銀制のローブ『増魔の衣』を装備していた。
3人目は黒樹人の女、魔女メアリ。年齢は約1000歳、銀髪赤眼で褐色の肌をした魅力的な美女だった。耳は白樹人と同じ尖った長い耳をだった。武器は真銀製の杖『魔女の杖』だった。防具はフランと同じ『真銀の衣』を装備していた。
4人目は鉱石人の男、破壊者カノン。年齢は50歳、黒目黒髪身長150cmの筋肉達磨だった。口髭と顎髭を伸ばしていた。武器は真銀製のハルバード『破壊の斧槍』だった。防具はアベルと同じ『増魔の鎧』を装備していた。
最後の1人は獅子人の男、聖騎士ジャッカ。年齢は30歳 黄金の鬣が自慢の2mの身長がある筋骨隆々のマッチョマンだった。武装は真銀製の剣『信念の剣』と真銀製の盾『守りの盾』、鎧は『増魔の鎧』だった。
彼らは人族の希望だった。魔王バグスが現れてから、魔族は一致団結し、人族の国に攻め入ってきていた。それまで、均衡を保っていた戦線が魔族に押され始めた。
人族は、代表者を集めて対策を練った。その結果、各種族で最も優秀な者を魔王バグス討伐に向かわせる事で合意した。作戦自体は暗殺計画である。優秀な者を向かわせるとはいえ、成功率が低い作戦であった。
だが、この5人は成功させるつもりで作戦に参加していた。特に聖女フランと魔女メアリは自分たちの実力が他の種族とは段違いで上だと思っていた。他のメンバーは自分たちが魔法を使うまでの時間稼ぎをするのが役目だと下に見ていた。
だが、他の3人は、その態度を咎めなかった。なぜなら、自分たちが優秀であることを知っていたからだ。時が来れば理解してもらえる事を現時点で伝える事の愚を知っていたのだ。
だから、魔王城の前まではトラブルもなく進んで来れた。だが、魔王城への大橋に異常が発生していた。本来ならあるはずの抵抗が無かったのだ。自分たちより先に魔王城へ攻撃を仕掛けている者が居たのだ。
「なにこれ?こんな事ってあり得るの?」
魔女メアリが戦闘の痕跡を分析して、そう告げてきた。
「なにが、問題なんだ?」
勇者アベルが冷静に何が問題なのか聞いた。
「魔物たちが蹂躙されてるんだけど~、変なのよね~。この傷、ファイアランスとかフレイムサウザンドニードルって魔法でつくような傷なんだけど~。魔法を使った痕跡がないのよね~」
聖女フランがのんびりと答えた。
「すまん。さっぱり分からん」
アベルは正直に答えた。
「私たちより、先に侵入したヤツは未知の武器で戦ってることになる」
メアリが、フランの言いたいことを代弁した。
「何が問題なんじゃ?」
破壊者カノンは、魔法が使えない事を深刻に受け止めていなかった。アベルとジャッカも理解していなかった。アイコンタクトで分かる?とお互いに見合っているありさまだった。
「あのねぇ、攻撃方法が不明なのよ?もし、それが敵だったらどうするの?どうやって攻撃を防ぐつもりなの?」
メアリはため息交じりに説明した。
「そりゃあ決まっとる、根性で耐える!」
カノンは自信満々に言った。物理攻撃ならば自慢の筋肉でどうにかなると本気で思っていた。メアリは頭が痛くなった。
「あのねぇ、なんの解決にもなってないじゃない」
メアリは呆れ気味に言った。
「まあ、カノンの言わんとしていることは分かるよ。フランの防御魔法は簡単には破れないって信じてるってことだろ?」
アベルはフランとメアリを信じていた。
「そういうことじゃ」
カノンは自信満々にアベルに同意した。メアリはカノンをジト目で見て心の中で「絶対に何も考えてなかったわね」と突っ込みを入れた。
「それに、いざとなったら、俺が盾になる。心配するな」
聖騎士ジャッカは黄金の鬣をたなびかせて言った。
「ありがとう。いざという時はアンタを見捨てて逃げるからよろしくね」
メアリは冗談のつもりで言った。
「ああ、任せろ、いざという時は俺が囮になる」
ジャッカは真に受けて応えた。
「馬鹿ね。冗談に決まってるでしょう?あたしが仲間を見捨てて逃げる様な薄情者だと思ったの?」
メアリは褐色の頬を膨らませて抗議した。
「すまん。冗談は分からんのだ」
ジャッカは鬣をしぼませて謝罪した。
「じゃあ~。こうしましょう。危なくなったらメアリの転移魔法でみんな仲良く帰りましょう~」
「いや、そういう問題では無いと思うぞ」
アベルが冷静にフランに突っ込みを入れた。
「え?」
フランは天然だった。アベルの突っ込みの意味も理解できていない。
「冗談は後にして進まんか?先程まで聞こえていた奇妙な音が途絶えたぞ」
カノンは状況の変化を捉えて提案した。
「ああ、タタタン、タタタンって音がドーンって音の後で消えたな」
アベルが状況を確認する。
「そうそう、みんなが話している時に~。橋の中央付近で火竜が飛んでたんだけど川に落ちたよ~」
フランは平野人に比べて目が良かった。それは白樹人の特徴だった。森に住み樹木を守り樹木と共に生きる一族だった。外敵から身を守る為に弓と魔法を習得し、遠距離から敵を仕留める戦闘スタイルだった。だからこそ目が良いのだ。
「あたしも見たよ。嫌な予感しかしないね。火竜を一撃で殺す奴が敵だとしたらゾッとする」
黒樹人であるメアリも眼が良かった。白樹人と黒樹人の違いは髪の色と目の色、それに生活様式が違った。同じ森に住む者同士だが、白樹人は木の実や山菜を主食とするのに対して、黒樹人は肉食だった。メアリは身震いしていた。メアリは自分たちは強いと自覚していた。火竜相手でも勝てる自信はある。だが、一撃で殺せるかと問われれば答えは否なのだ。
「一撃じゃと?見間違えではないか?」
カノンとて火竜を一撃で殺す事などできない。メアリの発言でカノンはようやく相手の危険性に気が付いた。
「あ~、それは間違いないですね~。私も見ちゃいましたから~」
緊張感のかけらもなくフランはメアリの発言を肯定した。
「相手がやばいやつだってのは分かった。でも、僕たちの使命は魔王バグスを倒す事だ。危険だろうと行くしかない。そうだろ?」
アベルはみんなに使命を思い起こさせた。
「そうじゃの、行くしかあるまい」
カノンは切っ先を地面に降ろしていた『破壊の斧槍』を肩に担ぐ形に持ち直し、いつでも出発できるようにした。
「異論はない」
ジャッカも盾を構えなおした。
「あたしも逃げる事を提案したんじゃない。用心してねって事」
メアリは赤い目に闘志を宿して前を向いた。
「逃げる時は、みんな一緒ですよ~」
フランはまた見当はずれな回答をした。だが、みんなフランの天然発言には慣れていた。ゆえにスルーされた。
5人は周囲を警戒しつつ橋を渡っていく先頭はジャッカ、次にカインとアベル、最後尾にフランとメアリという順番で進んでいた。
「それにしても、凄いな、これだけの魔物を倒して進んでいるだなんて……」
アベルが魔物のおびただしい数の死体を見て敵の強さを実感してた。
「相手の数は不明だけど、魔物の死体しか無いのが不気味ね」
「そうですね~。一人の犠牲も出さずに進んでいるか、もしくは魔物同士で争っているかですよね~」
フランは天然だが馬鹿では無かった。
「魔物の同士討ちなら好都合ね。混乱に乗じて魔王をぶっ倒しましょう」
メアリは気合を入れてそう言った。そうしないと不安に負けそうだったからだ。
橋を100メートルほど進んだ時に、メアリとフランは前方からこちらに向かって歩いている人影を見つけた。距離は1キロメートルも先なので他のメンバーは気づいていない。その人影はミリアだった。
「ねぇ、あれって平野人じゃない?」
「あ~。そうかも~。黒いドレス着てるね~」
「こんな所に女の子が一人?」
メアリは不思議に思った。だが、すぐに答えを導き出す。
「まさか、あの少女が一人でこれをやったって言うの?」
「あ~、そうなるかも~。こんな所に平野人が居るわけないもんね~」
「まて、平野人に僕よりも強いやつなんて居ない。姿形は平野人かも知れないが中身は別の可能性がある。警戒は緩めいない方が良い」
「分かった。おかしな動きをしてないか監視する」
メアリはこちらに歩いてくる少女を注意深く見ていた。
「ねぇ、あの少女、妙な武器を持ってるわ」
「妙な武器?」
アベルが聞き返した。
「ええ、黒い棒の様な武器なんだけど、あの武器で魔物たちを叩き殺すのなら理解できるんだけど、魔物たちの傷は細いレイピアに貫かれたかのような傷だった」
「他に武器を持ってるんじゃないのか?」
「他の武器は持ってないわ」
「そうか、相手の表情は分かるか?」
「無表情だけど、こちらを警戒しているのは確かだわ」
「そうか、ならこちらも警戒しつつ接触してみるしかないな」
「敵じゃない事を祈るわ」
メアリとフランがミリアを見つけた時、ミリアもまた5人を目視していた。
「あれは、人族ですね」
月読がミリアに話しかけた。
「では、味方なの?」
「そうとはかぎりません。あちらも警戒態勢をとっているようです。目的が分からなければ味方とは断定できません」
「そう。なら、このまま進むしかないのね」
「そうなります」
ミリアはアサルトライフルを構えたまま進んでいく。
両者は互いに武器を構えたまま対峙した。
「あなたは何者なの?ここで何をしているの?」
メアリがミリアに問いかけた。だが、ミリアはその言葉を理解できなかった。
「あなたが何を話しているのか分からない」
ミリアは月読と会話している言語で答えた。
「古代アトランティス語?」
メアリは驚いていた。アトランティス語は1万年前に存在していた超文明の言葉だった。今では、古代研究者の一部が使えるだけの言葉だった。メアリは古代遺跡の研究も行っていたのでアトランティス語を話せた。
「あなた。ナニモノ?ここで、ナニしてる」
メアリは文法を完全に理解出来ていないので単語を並べて話しかけた。
「私はミリア。魔王を殺しに来た」
メアリはホッとした。目的が一致しているのだ協力できると思った。
「私たちも、魔王、倒しに来た」
「そう。なら帰って、魔王は私が殺すから、安心して帰って」
ミリアはそう言って魔王城に向かおうとした。ミリアは人族を生きて帰すために、そう提案した。
「待って、その言葉、信じられない。私たち、ついて行く」
メアリはミリアの言葉を信じなかった。ミリアが人族に変装して自分たちを騙す魔物の可能性を考慮していた。
「分かった。好きにすればいい」
ミリアは5人に背中を向けて魔王城へ歩き始めた。ミリアは5人の武装を見て、あんな原始的な武具でこの先、生き残れるのか心配していた。だが、それは言葉に出さなかった言葉に出してしまったら、相手は不愉快に思うのだから。
「おい、どうなっている」
アベルがメアリに問いかけた。アトランティス語はメアリしか分からない。他の4人は言葉の分かるメアリに交渉を委ねていた。
「敵じゃないのは確かね。それに目的も私たちと一緒よ。共闘を申し出ようとしたんだけど、申し出る前に断られたわ」
「それで、あいつはこの後、どうするんだ?」
「一人で魔王を殺すって言ってた」
「一人でだと?」
アベルは驚いていた。他の3人も同様だった。
「何者なんだ?」
「ミリアって名乗ったわ」
「平野人なのか?」
「分からない。でも、少なくとも生物じゃなさそう」
「生物じゃない?」
「ええ、彼女、私が視認してから一回も瞬きしなかったもの……」
「あ~、それは私も確認してます~。凄いですよね~眼球が乾かないなんて~」
フランの的外れな意見は無視しメアリが続けた。
「彼女は古代の古文書に記載されていた兵器『神威』かもしれない」
「古代兵器か……。って人の姿してたぞ」
「人型の古代兵器よ。全身神の白金で作らていて魔法の影響を一切受けないのが特徴よ。その代わり魔法は使えないし、補助魔法も効かない」
「その文献に、具体的な強さや武装についての記述は無かったのか?」
「無かった。武装の名称は書いてあったけど、具体的な性能や絵は書いて無かった」
「そうか、なら実力がどれほどのものか、どうやって戦うのかは実際見るしかないのか」
「そうね」
「じゃあ、後ろからついて行くしかないな」
アベルの提案に他の4人は頷いて同意した。