アーカイブレポート 発端
「見てください。これが人族の英知を結集して作った異世界への転移装置です」
興奮した様子で平野人の女性レポーターが大きな漆黒の門を指示してマイクを片手に話していた。画面の上部には大きな文字で『異世界転移装置起動の瞬間まで実況レポート』と書かれていた。
「そして、こちらが門の起動と同時に異世界へ送り込まれる精鋭部隊『第一精霊騎兵団』の方々です」
視線が移動し、門の前に並んでいるロボットを映し出した。高さ5メートルほどの人型のロボットだった。
「さて、指揮官紹介の前に今、映し出されている最新鋭の兵器『イフリート』の開発者であるセフィール博士から新兵器についての解説をお聞きしたいと思います」
女性レポーターの言葉の後で金髪碧眼の美男子が現れた。それはミリアが知っている。白樹人の賢者セフィールだった。
「どうも、セフィールです。この最新兵器『イフリート』ですが、両肩に搭載してある魔法射出装置『NTM66』が最大の特徴です」
「その装置はどういったものなんでしょうか?」
「NTM66は魔法を封じた特殊な弾頭を4発撃てる兵器です」
「それは、どこが優れているんですか?」
「通常、魔法を使う時には詠唱が必要となります。ですが、NTM66は引き金一つでエクスプロージョンが撃てる。つまり、瞬時に魔法を発動できるのです」
「それは、戦場でどのように威力を発揮するのでしょうか?」
「戦闘はスピードが命です。生身で魔法を使おうと思った場合、複雑な魔力操作と長大な詠唱が必要となります。ですが、この兵器を使えば魔法が使えない者でも熟練の魔法使いと同等の働きが出来るようになります」
「なるほど、誰でも簡単に熟練の魔法使いと同等の戦果を生み出せるわけですね」
「その通りです。それ以外にもイフリートは戦車砲TG8と大口径アサルトライフルGAR7があります。この二つも従来の兵器よりも高性能になっております」
「攻撃面はとても強化されているのが分かりました。防御面はどうでしょう?」
「防御面でも優秀です。装甲は従来の2倍の性能を誇っています。基本的な構成物質は鉄ですが、表面に真銀のコーティングが施してあり、防御魔法の効果を倍増させる事が出来ます」
「なるほど、攻守ともに隙が無い機体となっているんですね」
「ええ、その通りです。魔法科学技術の粋を集めた機体です。どのような敵が現れようとも殲滅できると確信しております」
「頼もしいですね。セフィール博士ありがとうございました」
セフィールが画面の外に出ていく、代わりに軍服を着た金髪碧眼の美少女が現れた。髪は腰まで真っすぐに伸びていた。ただし、その目つきは矢のように鋭かった。
「さあ、次はこの方にインタビューをしたいと思います。今回の遠征部隊の指揮官、アルテミス中佐です」
「どうも、アルテミスです」
アルテミスは不愛想に答えた。
「ええっと、今回の遠征は成功すると思っていますか?」
「何を言っているの?初めての試みで結果を予想出来る訳ないじゃない」
「ええっと、そうなんですが、ご自身はどう思われます?」
「個人的な見解を聞くことに意味はあるの?政府としては成否は分からない。だが、このまま何もしなければ資源が枯渇し経済が破綻する。だから、やるという事になっていると思うんだけど?」
記者はアルテミスが希望的観測に基づき回答するか、愛国心溢れる勝利宣言を期待したが、アルテミスは冷静だった。その冷静さが彼女が今回の遠征の指揮官に選ばれた理由だった。
「そうですね」
「他に質問は?無ければ、出撃の準備をしたいのだけど?」
アルテミスの塩対応にレポーターは絶句してしまった。
「質問は以上となります。ありがとうございました」
アルテミスは颯爽と画面の外に出ていった。
場面が変わり、最初に映っていた漆黒の巨大な門が映し出された。女性レポーターが興奮した様子で話している。
「さあ、みなさん。いよいよです。いよいよ異世界への転移装置が起動する瞬間がやってまいりました」
女性レポーターが話している後ろで漆黒の門が光り始めた。
「カウントダウンが開始されています。10、9、8、7……」
カウントダウンが進むにつれて漆黒の門の光は強くなっていった。
「3、2、1」
画面が真っ白になった後、光が収まり門の内側が白い光で満たされていた。
「成功です!成功しました!早速、兵士が性能テストするようです」
漆黒の門に向かって一人の兵士が歩いていく、武装はアサルトライフルを持っていた。服装はヘルメットと迷彩服を着ていた。後姿なので顔は見えない。兵士が門をくぐり抜け姿が消える。
レポーターは門の方を見ている。時間にして10秒立った時、漆黒の門から先ほどの兵士が現れ、右手を上げて親指を立てた。そして、手招きし門に入っていった。
「成功です!成功しました!今、異世界と繋がりました!」
レポータは興奮気味に話していた。その後ろで、イフリートを先頭に『第一精霊騎兵団』が規律の取れた動きで門に進軍を開始した。
「ああ、今、精鋭たちが異世界に進んでいきます」
場面が切り替わり、今度は目の前にディスプレイとコンソールが並んでいた。それは、イフリートのコクピット内の映像だった。
「こちら、イフリートワン、クイーン聞こえますか?」
イフリートを操縦している男が話している。
「こちらクイーン、通信に問題はない。状況の説明を」
返答をしたのはアルテミスだった。
「いま、門から10キロメートル南東を捜索中、異世界人の村を見つけました」
「映像出せるか?」
「いま、送ります」
ディスプレイの一つに草木で作った粗末な家が映っていた。そして、その周りには村人が居た。村人は全身緑の鱗に覆われ下半身と首から上が蛇の蛇人だった。
「蛇か、こちらの獅子人の蛇バージョンといったところか」
アルテミスは淡々と分析していた。
「どうします?」
「まだ、気付かれてはいないか?」
「ええ」
「分かった。待機せよ。上の指示を仰ぐ」
「了解」
通信が切れた後で、男はコンソールを操作し、発信側の無線の周波数を切り替えた。
「こちら、イフリートワン、各員待機」
『了解』
イフリートワンが指揮する小隊から返答があった。ディスプレイには男が指揮する小隊各員の脈拍、呼吸数、魔力量といったパラメータが表示されていた。その数は男の分も含めると10個あった。小隊はイフリート10機で構成されていた。
「イフリートワン、応答せよ」
男がコンソールを動かして発信側の無線の周波数を切り替える。
「こちら、イフリートワン。どうぞ」
「村を襲撃する。捕虜も数名確保しろ」
「正気ですか!どうみても非戦闘員ですよ?」
「上の決定だ。そもそも資源を奪いに来たのだ。原住民と仲良くは出来ん。ならば殲滅するしかあるまい」
「そんな!」
「不服か?グレイ。君がやらぬのなら別のものにやらせるだけだが?」
「分かりました。ご命令とあらば」
「頼んだぞ」
グレイがコンソールを動かして発信側の無線の周波数を切り替える。
「命令が下った。村を襲撃し、捕虜を確保する」
「本気ですか?」
グレイの副官が、グレイと同じ反応をする。
「上の命令だ。逆らえん」
「分かりました」
「せめて、殺す時は一思いに苦しませないようにな」
「了解」
「全機、俺に続け」
『了解』
再度、場面が切り替わる。イフリートのコックピット内部の映像だが、画面にはヤギの頭と全身漆黒の毛皮に覆われた悪魔グレーターデーモンが映っていた。グレーターデーモンは空を飛んでいた。それも一体ではなく空を覆いつくすほど飛んでいた。
「撃て!撃て!」
グレイが声を振り絞って叫んでいた。グレーターデーモンに向けて複数のイフリートから戦車砲TG8が撃ち込まれる。しかし、撃ち込まれた鋼芯徹甲弾はグレーターデーモンの手前で止まる。
「くそっ!アンチマテリアル・アブソリュート・バリア か! マジック、ディスピアレンスを使える者は居ないか!」
グレイの声に答えるものは居なかった。
「NTM66の使用を許可する!爆発範囲に留意して使用せよ!」
グレイが部下に最新兵器の使用を許可した。
『了解!』
部下たちが喜びの声を上げる。
「効いてくれよ」
グレイは空を飛んでいるグレータデーモンの群れに狙いを定めてNTM66の引き金を引いた。イフリートの右肩のNTM66から小さな火の粉が空に飛んで行った。そして、グレーターデーモンの一匹に命中し爆発する。
グレイだけでなく複数のイフリートからエクスプロージョンが放たれ、グレーターデーモンの群れは爆発に覆われた。多くのグレーターデーモンが炎に焼かれ落ちていく。
「やった!やったぞ!これなら勝てる!」
無線からグレイの部下の喜ぶ声が聞こえてきた。
「くそっ、敵の数が多い。弾薬は足りるのか?」
グレイは部下に聞かれないように無線を切って独り言を言った。
「各員、持ちこたえろ!弾薬は全て使って構わん。これ以上、基地への侵入を許すな!」
無線でアルテミスが命令していた。
「簡単に言ってくれる。そもそも最初の村を襲っていなければ、こんな事にはならなかったのに……」
グレイの恨み言は上の人間に届くことは無かった。
「隊長!新たな敵です!」
ディスプレイに地上から身長3メートルの人型の生き物が4メートルもある鉄の槍を持って前進してきていた。その頭には角が生えており、まとっているのは虎の毛皮だった。筋肉が異常なほど発達していて、それらが100人単位で基地に迫ってきていた。それは鬼人だった。
グレーターデーモンを撃ち落としているイフリート部隊の一部が鬼人たちにNTM66でエクスプロージョンを撃ち込むが、彼らは即死せずに前進してきた。しかも、受けた火傷は瞬時に回復していた。鬼人たちがイフリート部隊に100メートルの距離まで接近すると、上空のグレーターデーモンが一斉に唱えた。
『エグゼ、マジック、ディスピアレンス』
その声に合わせて鬼人たちは鉄の槍を投げた。それは銃弾以上の速さでイフリート部隊に飛んで行った。戦車以上の防御力を誇るイフリートの装甲を鉄の槍が貫いた。
「ぐああ~~~」「やられた!腕が!」「足が!足が~~~!」「何が起こった!」「くそ!無詠唱で魔法消滅だと!」
無線は悲痛な悲鳴と絶望に埋め尽くされた。
「状況を説明しろ!イフリートワン!」
アルテミスが前線でイフリートが破壊される光景を目にして叫んだ。
「こちら、イフリートワン!やつら、無詠唱でマジック、ディスピアレンスを使って来ました。イフリートの防御能力は失われた」
鬼人たちは鉄の槍の第二射を放った。ガンという音がした後「ピーーー」という音がした。コックピット内は赤く濡れ、鋼鉄の槍が画面に映っていた。
場面が切り替わり、今度は会議の様子が映し出されていた。
「これが、先遣部隊全滅の顛末です」
アルテミスが戦闘の記録映像を指示しつつ説明を行っていた。
「中佐、どれぐらいの戦力があれば勝てるかね?」
軍服に身を包んだ初老の平野人の男が問いかけると、アルテミスは言い放った。
「勝てません。そもそも進言したはずです。敵の戦力が不明な状態で敵対行動をとるのは馬鹿のする事だと!」
アルテミスは怒りも露わに吐き捨てた。その振舞を誰も咎めなかった。
「さらに言わせてもらえば、捕虜に対して実験を行う事を許可したのは誰ですか!あれのせいで、もはや魔族との関係修復は絶望的です!」
アルテミスの追及に答える者も居なかった。
「君の意見は分かった。だが、やってしまった事は仕方ない。次善の策を考えるほかあるまい」
初老の男が口を開いた。
「では、直ちに門を破壊することをお勧めします!」
場面が切り替わった。そこは施設の内部のようだった。その部屋には真っ白なベットが置いてあった。その上に蛇人の子供が拘束されていた。ベットの横には刃物が置いてあり、血に濡れていた。建物内には警報が鳴り響いていた。銃声と悲鳴が聞こえてきた。
その部屋に蛇人が入って来た。子供の拘束を解いて抱き起すが子供は動かなかった。蛇人は子供の体をゆすり、頬を叩くが、やはり子供は動かなかった。
蛇人は涙を流して声を上げた。そして、子供をベットに寝かせ、雄叫びを上げて部屋を出ていった。
映像はそこで終わった。ミリアは一通り見て思った事を月読に伝えた。
「ねぇ、月読。これって人族が悪いって証拠だよね」
いつも通りの無表情で淡々とミリアは聞いた。
「そうですね」
「私は人族の為に動いている。でも、本当にそれは正しいの?」
「分かりません。あなたが決めてください」
「分かった」
ミリアの中で魔族の認識が変わった。




