グンマ駅の虐殺
クズミゴは、恐怖を感じながらグンマ駅に100人の兵士と共に向かっていた。鉄の鎧と兜に身を包んでいても、ミリアに遭遇したら勝てないと確信しているからだ。とはいえ、今回は蛇人が攻め込むタイミングに合わせて村に侵入し村人を連行する簡単な仕事だった。
それでも、タイミングを間違えればミリアと対峙する事になる。それを想像するだけでクズミゴは背筋が凍る思いをしていた。他の兵士たちも同様だった。逆立ちしても勝てないと思っていた。
グンマ駅にたどり着くとクズミゴたちは蛇人とミリアの戦闘が開始されるのを待っていた。戦闘が始まればなんらかしらの音が出るはずで、その音を合図にトンネルに侵入する予定だった。
しかし、戦闘が始まる前にトンネル内部から真っ白なマネキンが歩いてきた。それは、殲滅システム『神威』の起動によって派遣された『神兵』だった。
ミリアと違い、目も耳も鼻も口も髪もないのっぺりとした頭部がクズミゴたちの眼には化け物の様に映った。
「次は殺すと警告した」
神兵はミリアの言葉を代弁していた。その声はミリア以上に機械的で中性的な声だった。その上、抑揚は全くなかった。クズミゴたちは震えあがった。その時、山の向こうから「タタタン」という炸裂音が聞こえた。クズミゴは無い知恵を絞って、村人を確保するための嘘を考えた。
「いや、蛇人の軍勢が村に向かったと聞いて、応援に来たのだ。この前は済まなかった同じ平野人として共に協力し合おう」
クズミゴはどうにか笑顔を作ってそう言った。元々美形だから、その笑顔はとても友好的だった。だが、神兵はクズミゴの嘘を見抜いたし、そもそも増援など必要なかった。
「不要だ。帰れ、帰るのなら追撃はしない」
これは、最後の警告だった。本来なら姿を見た時点で射殺しても良かったが、アベルとの友情がミリアに平野人を殺害することをためらわさせていた。
それをクズミゴは勘違いしてしまった。ミリアは平野人を殺せないと……。だから、クズミゴは兵士たちに命令した。
「恐れるな!こいつは俺たちを殺せない!結局、勇者アベルとアーサー王が怖いのだ!行くぞ!突撃~~~~!」
その言葉を聞いた瞬間、神兵はアサルトライフル、AR99(エーアールナインティナイン)を転送し、虐殺を開始した。AR99の銃弾は鉄の鎧も兜も難なく貫通し兵士たちの命を奪っていった。
「あああ~~」「ぐわ~~~」「痛い痛い痛い!」
一撃で死ねたものは幸福だっただろう。神兵は押し寄せる兵士を止める為に狙いを定めずに乱射した。クズミゴは悪い夢でも見ているような気分だった。ミリアは平野人を殺せないはずだった。
「退却!退却だ~~~~!」
クズミゴは真っ先に逃げつつ兵士たちに命令した。だが、神兵は容赦なく銃弾を撃ち込んだ。銃弾がクズミゴの足に当たり転倒した。
「ひぃ~~~」
綺麗な顔を恐怖で歪めクズミゴは這いながら逃げようとした。そして、銃声が止んだ。その場に立っている兵士は居なかった。全員が死んだか、致命傷を負い死を待つだけの状態だった。
クズミゴは動きを止めて死んだふりをして生き残ろうと考えた。そこへ神兵が歩いて行く。
「死んだふりをしても無駄だ」
神兵は冷酷に事実を告げた。
「頼む、許してくれ、命令されただけなんだ」
「そうか、では命令した者にもメッセージを伝えなければ」
「分かった。なんでも伝える」
クズミゴは助かったと思った。生きて帰れる。そう思っていた。神兵はクズミゴの頭を銃で撃ち抜き止めを刺した。
「これで、伝わるだろう。ここに来たものは皆殺しだと……」
神兵は、生き残っているものに丁寧に止めを刺して回った。遺体は武器と鎧を剥ぎ取り、ソーン村に整備ロボットを使って送り返した。
クズドは、自宅のリビングでワインを飲んでくつろいでいた。テーブルには豪勢な料理も並んでいた。そこへ斥候が報告に来た。
報告を聞いた時、クズドは激怒した。自分の息子と兵士100人が殺された。しかも、武器と防具を奪われていた。大損害だった。飲んでいたワインのグラスを投げつけ物に当たった。
「片付けておけ!」
メイドに片付けを命じて、自身は寝室に向かった。腹立ちまぎれの欲望を処理する為だった。この日の夜、平民の女性が一人遺体で見つかった。犯人は見つからなかった。
翌日、クズドはどうやってミリアに復讐するか考えていた。少なくとも兵士は殺されたのだ。その事実を持ってアーサー王と勇者アベルに協力を仰ぐことにした。
アーサー王当てに嘆願書を手紙で出し、自身も首都アヴァロンに向かった。
執務室でクズドの嘆願書を受け取ったアーサー王は面倒な事になったと思った。軍師であり魔法使いでもあるマーリンに手紙を見せた。
「どうする?面倒なことになっているぞ」
金髪碧眼の青年は少し困った表情をしていた。
「まあ、想定はしていましたよ。ですが、相手はクズドですか……。中途半端に頭が回る男なので面倒ですね~。いっそミリアに殺されてくれれば良かったんですが……」
青い髪、青い目のマーリンはため息とともに言葉を吐き出した。その後で、かけている眼鏡の真ん中を人差し指で上げる仕草をした。これはマーリンが考え事をする時に行うクセだった。
「僕が仲介を行いましょうか?」
赤髪赤眼の勇者アベルが進言した。
「勇者殿、問題はそこではありません。クズドが仇討ちを望んでいるのですよ。和睦したいという願いだったら、勇者殿に仲介を頼めるのですがね~。今回はミリア殿と戦って頂くことになりそうなのですよ」
「勝てませんよ」
アベルはお手上げだとジェスチャーした。マーリンも以前の報告から、勝てないのは知っていた。
「ええ、知っています。ところでミリアは交渉もせずに戦いを始める様な者ですか?」
「いいえ、最初にあった時、戦闘ではなく交渉してきました」
「なるほど、ならば勇者殿には別の事を頼みます」
マーリンはアベルに作戦の概要を伝えた。
「なるほど、それなら僕に出来そうです」
「では、頼みましたよ」
マーリンはにっこりと笑った。その笑顔は、馬鹿を嵌めるための準備が整ったことを喜ぶ邪悪な笑顔だった。
マーリンはクズドの性格を知っていた。その上で領地を与えていた。クズドは性格は悪いが優秀な領主だった。優秀な領主とは領民から多くの税収を得れるものだった。そういう点でクズドは優秀だった。領民を生かさず殺さず上手に税金を集めていた。
だから、戦争で財政難に陥っている国庫を正常化するために、魔族から奪還した広大な領地を与えたのだが、それが裏目に出た。問題が発生したら修正すれば良いのだ。修正する方法はいくらでもあるのだから……。
謁見の間でクズドはアーサー王の前で片膝をついて頭を垂れていた。
「アーサー王、我が息子クズミゴが殺害されました」
「嘆願書は見た。良いだろう要請に従い勇者アベルを派遣する」
「ありがたき幸せ」
「ただし、条件がある。仇討ちというからには貴殿にも戦場に出向いてもらい戦いを見届けてもらわねばならぬ」
「そ、それは……」
クズドは戦場に行く事をためらった。危険な場所には行きたくない。だが、行かねば勇者の力を借りれない。クズドは悩んだ末に結論をだした。
「分かりました。私も戦場に出向きます」
「よろしい。余とマーリンも同行する。それと余の子飼いの精鋭千名もな、大船に乗ったつもりでいろ」
アーサーは自信たっぷりに言い放った。それを見てクズドはミリアに復讐出来ると喜んだ。
千人の精鋭、アーサー王、魔法使いマーリン、勇者アベル、クズドとクズドの兵士千人はグンマ駅に到着した。千人の精鋭は完全武装の騎士だった。全身を覆う鉄の鎧に鉄で出来た細長いランスを持っていた。それが横一列に並び、ランスの切っ先を空に向けて掲げて馬を歩かせている。その後方にクズドの歩兵千人が並んでいた。鉄の鎧と鉄の兜を被り剣と槍を持っていた。
アーサー王、マーリン、アベル、クズドも馬に乗っていた。4人は精鋭の前に並んでいた。
グンマ駅には『神兵』400体が等間隔に並んでいた。AR99を右手に持ち、銃口を空に向けて掲げていた。
そして、神兵の前には漆黒のドレスに身を包んだ黒目黒髪の美少女ミリアがオリハルコンブレード『月光』を腰に佩いた状態で立っていた。ミリアはアベルとアーサー王を殺す覚悟を持って立っていた。
両軍の距離は100メートル程だった。AR99の射程は500メートル、アーサー軍はすでに死地に入っていた。アベルは馬を降り、腰に佩いている『森羅万象の剣』は抜かずに、ミリアの元へ歩いていった。
ミリアもアベルに呼応して歩み寄る。ミリアはアベルの出方を伺っていた。いきなり攻撃してくるようならば容赦なく撃ち殺すつもりだった。アベルとミリアは2メートルの距離で立ち止まった。
「すまないミリア。君にお願いがあって来た。とりあえず剣を抜いて僕と戦ってくれないか?」
「分かった」
ミリアはアベルの言葉でおおよそ何をすればいいのか理解した。月光を鞘から抜き、正眼に構える。アベルは森羅万象の剣を抜いて、正眼に構えた。身体強化魔法は既にかけている。増魔の鎧の効果はあるが、それでもミリアの身体能力には及ばない。
アベルが最初に動き、ミリアに大上段から切りかかった。ミリアは攻撃を避けつつ、アベルに反撃を行った。もちろんアベルが避けれるように手加減しての斬撃だった。
アベルとミリアの戦いが始まった。その動きは常人をはるかに上回ってた。それをみてクズドは驚愕の表情を浮かべていた。ミリアが強いとは聞いていたが勇者アベルと互角に戦えると思っていなかったのだ。クズドはミリアの本当の強さを知らなかった。
それは、アーサー王とマーリンが勇者アベルより強い存在が居る事を隠したからだ。他の人族の王たちもミリアの存在を公表しなかった。理由は単純だった。ミリアを英雄にしたくなかったからだ。
もし、ミリアが英雄となり自分の願いを口にした時、民衆はミリアの言葉に従って既存の国を全て滅ぼしてしまうからだ。だから、各国の王はミリアの存在を隠した。
アベルはミリアと剣を交えながらミリアに状況を伝えた。
「いま、アーサー王の横に並んでいる太っている男は分かるか?」
「認識した」
「マーリン殿と間違えてくれるなよ」
「大丈夫」
「その男はクズドといって、君が村人を奪い、兵士を殺したと言っている。それは本当か?」
「本当だ」
ミリアはアベルに嘘をつかなかった。それは、アベルを信じているからだ。一緒に命がけで魔王を倒した仲間だから、ミリアはアベルを信じていた。
「アーサー王は、それを問題ないと思っている。マーリン殿も同様だ。だが、クズドだけが納得していない」
「分かった。つまり、私がクズドを討てばいい?」
「その通りだ。出来れば事故を装ってくれ、あからさまに僕がクズド殺害に協力したと思われては困る」
「では、こうする」
ミリアはアベルの大上段からの攻撃を避けた後で、アベルの胴目掛けて横薙ぎを放った。そして、月光はそのままクズドの脳天に突き刺さった。クズドは何が起こったのか理解する間もなく死んだ。
マーリンはワザと大きな声でクズドの歩兵たちに聞こえるようにアーサー王に語りかけた。
「これは、困りましたな、仇討ちを希望していたクズド殿が戦いに巻き込まれて死んでしまった。王よどうします?」
アーサー王は馬を反転させて、精兵の横を抜けてクズドの歩兵たちの前まで進んだ。
「さて、お前たちの主は死んだ。仇を討ちたいと思うものは前に出よ。一人でも仇を討ちたいと望むものがいるなら、仇討ちを続けよう」
アーサー王の言葉にクズドの兵士たちは顔を見合わせた。そして、誰も前に出なかった。クズドは兵士たちから好かれていなかった。普段から横柄な態度で命令していたからだ。そして、兵士たちの家族や仲間が住んでいる領内の魔物を放置していたのだ。誰もクズドの仇を討とうとは思わなかった。
それは、マーリンの思惑通りだった。マーリンは笑いをこらえていた。賢いと思っている馬鹿が墓穴を掘る様を見るのは実に愉快だった。
アベルとミリアは、まだ戦いを続けていた。それは、クズドの死が目的ではないとクズドの兵士たちに印象付けるための演技だった。アーサー王はアベルとミリアの近くに馬を走らせた。
「戦いを止めよ。必要が無くなった」
アーサー王の言葉で、アベルとミリアは戦いを止めた。




