セロから始める国造り
ミリアは一人で国を作る事を決めた。
「とりあえず。どこに国を作るのが良い?」
「候補地は既に決めてあります。平野人の国と蛇人の国の国境にある渓谷を開拓するのが良いでしょう」
ミリアの問いに月読が答えた。そして、ミリアの視界に、その場所までのナビが表示された。ミリアはナビに従って、移動し渓谷についた。
ちょうど、秋の紅葉で渓谷は見事な赤に染められていた。観光地としては十分に機能しそうな場所だったが、ミリアは国を造りに来たのだ。
「ここで何をするの?」
「まずは整地です。各地の設備を整備をしているロボットの予備を転送して、山を切り崩して村を作るのに十分な広さを確保します。そして、川沿いに田畑を造り川から離れた場所に村を作ります」
「分かった。私は何をすればいい?」
「完成イメージの作成をお願いいたします」
ミリアの視界に、渓谷の地形が表示され、ミリアが指で触れると地形が盛り上がったり下がったりした。ミリアは、1キロメートル四方を平らにした。だが、目の前の風景に変化は無かった。
「これで良いの?」
「ええ、大丈夫です」
月読が、答えると同時に、複数の整備用のロボットが出現し整地を始めた。樹を切り倒し、岩をどけて、山を切り崩していく。
7日程で紅葉が見事だった渓谷は、平らな土地に変わってしまった。ミリアの視界に渓谷を切り崩した時に手に入った材料が表示された。
黒土、赤土、粘土、腐葉土、小石、岩、鉄鉱石、銅鉱石、金鉱石、銀鉱石、木材、小枝、枯れ葉、木の実、雑草、その他と表示され、それぞれの重量が横に併記されていた。多いものは数千トンあるが、少ないものは数グラム単位だった。
「続いて、堤防を作りましょう」
「どれぐらいの高さにすれば良いの?」
「この川の最大水量を観測していないので、正確な高さは算出できませんが、この規模の川なら3メートルほどあれば十分だと思われます」
「分かった」
ミリアの視界に整地用のブルトーザーのアイコンの横に建設を現すビルのアイコンが表示された。ミリアはビルのアイコンを選んだ。すると建物一覧が表示された。ミリアは堤防を選んだ。すると、視界に堤防の完成イメージが表示され、必要な資源の量と現在保持している資源の量が表示された。そして、作成のボタンが視界に表示された。
ミリアは資源が十分ある事を確認して、作成を押した。すると整備用のロボットたちが一斉に動き出した。整備用のロボットたちは、まず資源置き場を作った。そこに山を切り崩して手に入れた資源が月読により転送される。転送された資源をロボットたちが運び堤防を作っていく。資源は主に土と石だった。
「さて、堤防を作っている間に、上下水道を整備しておきましょう」
ミリアは視界のビルのアイコンを選択し、上下水道を選択した。堤防と違って今度は材質の選択があった。木製と石製があった。鉄と塩化ビニル混合もあったが資源不足で選択できなかった。
ミリアは石製を選んだ。理由は、木材の方が石材よりも少なかったので、材料の少ない方を温存した。
「つぎは村を作りましょう」
ミリアは視界のビルのアイコンを選択し、住居を選んだ。上下水道と同様に材質の選択があり、ミリアは木材を選んだ。次に間取りの選択があったので、2階建ての10LDKを選択し、10軒程配置した。場所は、川から離れた高台に配置した。高台から川まで行き来しやすいように坂も作った。
「最後に田畑を作りましょう」
ミリアは視界のアイコンを操作し、田んぼを川沿いに配置し、川から離れた山に近い場所に畑を配置した。
「後は、建物が完成した後で、住民を勧誘しに行きましょう」
「勧誘?」
「ええ、待っていても人は増えませんから、どこからか調達しないといけません」
「お勧めは?」
「ここから西に平野人が村を作り始めています。こことは違ってあっちは重機も何もないので苦労しているようです。完成した田畑と家を見せれば簡単に移住してくれると思いますよ」
「その村までどうやって行くの?」
ミリアが開拓したのは山の中の渓谷だった。歩いてくるのも一苦労な場所だった。
「そうですね。交通の便は悪いですね。では、トンネルと道路を作られては?」
月読が提案するとミリアの視界に平野人の村までの道路とトンネルが表示された。それは石造りの道路とトンネルだった。
「分かった。作る」
「どうせなら線路とトロッコも作りましょう。人族と交易する事になると思いますので」
「分かった。線路とトロッコも作る」
工事は順調に進み、季節は冬になった。ミリアは一人で工事の様子を見ていた。ロボットたちは休まずに工事を続けて建物を作っている。暗視カメラを搭載しているので、夜になると真っ暗ながらも事故も無く工事は進められていった。
その日は、古代アトランティス文明の暦の上では12月31日だった。真っ暗な闇の中で、ミリアは先に完成した村の家の中から、外を見ていた。雪が深々と降っている。寒さは感じていなかった。
ふと、雲から月が顔を出し、村を優しく照らした。ミリアは月の光に誘われて、外にでた。あたり一面の白い景色、ミリアは自分がこの世界で一人だけだと一瞬錯覚したが、工事ロボットの音ですぐに我に返った。
ミリアは、想像した。この村に来年は多くの平野人が居て、新年を祝う準備をしているのだろうかと……。
雪が解け始め、もうすぐ春になる。そんな時期に堤防、上下水道、村、田畑、道路、トンネル、線路、トロッコは完成した。
「完成しましたね。では、村人を勧誘に行きましょう」
月読に言われるがまま、ミリアは駅に向かった。木造の駅と木造の線路、それに木造のトロッコが完成していた。トロッコの1両目は手漕ぎで走行するタイプだった。2両目は人が座れるように椅子と屋根のついたトロッコだった。
駅には駅名を書き込む看板があったが、何も書かれていなかった。
「駅名は?」
「あなたが決めてください」
「じゃあ、ニイガタにする」
ミリアはこの場所を穀倉地帯にしようと思った。そう思うと忘れてしまった記憶の中からニイガタという単語が浮かんだ。
「では、早速ロボットに記載させます」
駅名を決めた後でミリアは1両目に乗り込みレバーを上下に動かしてトロッコを走らせた。トロッコが少し走るとすぐにトンネルに入った。トンネルは石の壁で覆われており天井はアーチ状になっていた。トンネルの幅は2メートル程で、線路の横を人が通れるようになっていた。ミリアは自分が決めて作ったものを見て満足していた。ミリアは楽しいと感じていた。
トンネルを出ると、暫く進んだ後で駅に着いた。こちらの駅の看板も何も書かれていなかったのでミリアは駅名を決めた。
「この駅はグンマにする」
「畏まりました」
そして、トロッコを降りてミリアは平野人の村に向かった。
平野人の村は寂れていた。村には井戸があり、畑があり、家があったが、ミリアが作った村に比べて、みすぼらしかった。畑は小さく、家は平屋建ての掘っ立て小屋だった。
ミリアが村を歩いていると村人たちは怪訝な顔でミリアを見ていた。上品な服を着た少女が辺境の村を護衛も無く、一人で歩いているのだ。村人たちは畑を耕していたので、その手を止める事は無かった。
村人の一人が、ミリアを見て近づいていった。その者は、この村の村長で名前をカインと言った。優し気な風貌の緑の髪と緑の眼をした20歳の青年だった。魔族と講和が結ばれ返還された土地に妻のアワンと共に移住してきた。
同じく移住してきたのは20歳から16歳と比較的年齢の若い者たちだった。その全てが農家の次男坊から三男坊と家から土地を継げない者だった。カインは自分の土地がもてると希望を持って移住してきた。
同じ移住者の中で最年長だという理由で村長となった。村長となったからには、それっぽい事をしないといけないと思い。不審者に声をかける事にした。
「あの、この村に何の用ですか?」
カインはミリアに優しく語りかけた。
「この先に、村を作った。だから、移住者を探している。家と田畑を与えるから来てくれないだろうか?」
カインはミリアの言葉の意味を理解するのに数秒を要した。理由は、ミリアが指さした先は魔族の領域だったからだ。
「そっちは魔族の領域だ。そんな場所に村があるのか?」
「魔族が住んでいなかった渓谷を切り開いて村を作った」
カインはミリアが終始、無表情で淡々とした口調で話す姿を見て、不気味に思っていた。信用しても良いものか悩んでいたが、家と田畑を貰えるというのは魅力的だった。カインたちの田畑は未だ整備中だったからだ。それに、この村には大きな問題があった。
「まずは村を見せて欲しい。それから決めても良いか?」
「構わない。ついてきて」
「分かった。俺はカイン。あんたは?」
「私はミリア。よろしく」
そう言ってミリアはカインに手を差し出した。カインはミリアの手を握って握手した。こうして、カインはミリアの後について行った。それを見た他の村人たちもミリアに興味を持って近寄ってきた。
「なあ、カイン。どこに行くんだ?」
村人の一人がカインに聞いた。
「この女性が、この先に村を作ったそうだ。家と田畑もあるし、移住するならくれるそうだ。村が本当にあるのか確かめに行く」
「俺も見に行きたい。良いか?」
カインの話を聞いて村人はミリアに確認した。
「構わない。何人でも大丈夫」
こうして、村に居た男たちの半数である5人がミリアについて行った。
グンマ駅に着くとカインたちは驚いた。いつの間にか駅と線路が出来ていたのだ。ミリアの話を信じてみる気になった。
「みんなトロッコに乗って、私が運転する」
ミリアはそう言って、1両目に乗り込んだ。カインたちは2両目の客車に乗り席に座った。ミリアがトロッコのレバーを上下させてトロッコを動かした。
カインたちは、トロッコは知っていた。だが、客車は初めて見た。荷馬車には乗った事があり、その時は地面の凹凸で馬車が跳ねて尻を椅子に打ち付けて痛い思いをしたが、このトロッコは快適だった。
そのことに感心していると今度は石造りの立派なトンネルに入った。内部も綺麗に整備され特に天井のアーチは見事だった。そして、トロッコはニイガタ駅に着いた。そこは綺麗に整備された村だった。
立派な家と手入れされた広大な田畑を見て、カインたちは移住を決意した。
「本当にタダでもらって良いのか?」
「ええ、その代わり農作物の3割を税金として納めてもらう」
この条件もカインたちにとっては破格だった。なぜなら、ダイヤモンドキングダムの税金は5割だったからだ。
「その条件で構わない。だが、問題がある。元の村に移住する時、勝手に逃げ出さないと約束していた。それを反故にした場合、国に追われる事になる」
「出来れば、事を荒立てたくない。平和的に解決する方法は?」
「領主に会って移住の許可を貰うのが一番だが、領主は許可しないだろう」
カインは領主を信用していなかった。
「なぜ?」
「あいつは、俺たちを騙して、あの村に移住させた」
「騙す?」
「そうだ、あの村の近くにゴブリンの巣があるのを隠していた。しかも、討伐要請を出しても一向に兵を向ける気配が無い」
カインは領主の行いに怒りを感じていた。カインの話を聞いて月読にがミリアに提案した。ミリアはその提案をそのままカインに伝える。
「なら、それを逆手に取って、村がゴブリンに襲撃されて壊滅したように見せかける」
「そんな事が可能なのか?」
「ゴブリンの巣の場所を教えて貰えれば後は私がやる」
「分かった。一旦村に戻って引っ越しの準備をする。もし、他の村人も来たいと言ったら連れてきていいか?」
「問題ない」
カインたちを元の村に戻して、ミリアはゴブリンの巣に向かった。ゴブリンの巣は、カインたちの村に近い山の中腹にある洞窟にあった。緑色の肌をした子供の大きさの醜い生き物が、洞窟の外に見張りとして2匹立っていた。
ミリアはオリハルコンブレードを転送して右手でもってゴブリンに近づいた。ゴブリンはミリアを見つけると、魔族の言葉で洞窟内に声をかけた。
「ヘイヤビトのオンナ、キタ」
見張りのゴブリンの声を聞いて、洞窟内から10匹の武装したゴブリンが出てきた。武装と言っても棍棒なのだが、人を殺すには十分な凶器だった。
ミリアはそのまま前進し、襲い掛かってきたゴブリンを全て惨殺した。その姿を見て、見張りのゴブリンは恐怖し、洞窟内に逃げ込んだ。ミリアは、ゴブリンの死体を首を掴んで2体カインたちの村に持ち帰った。
カインたちは既に引っ越しの準備を終えて、村を出ていた。もぬけの殻になった村の家にゴブリンの血を撒いた。そして、ゴブリンの死体を適当な場所に放置して、ミリアはグンマ駅に向かった。
グンマ駅ではカインたちが待っていた。荷物は食料と農具と服だった。トロッコ4台必要な量だったが、ミリアは5両編成のトロッコで来ていた。1両目は牽引用のトロッコで、2両目と3両目は客車だった。4両目と5両目は純粋な荷台だった。
トロッコにはすでに荷物も村人も乗っていた。人数は20人だった。カインたちはミリアを見つけると手を振った。
「ミリアさん。準備はオッケーですよ」
ミリアが駅に近づくにつれて、村人たちはミリアの異常な姿に気が付いてしまった。全身血まみれだったのだ。カインは、慌ててトロッコを降りてミリアの元に駆け出した。他の村人も一斉にトロッコを降りてミリアに近寄った。
「ミリアさん。大丈夫ですか?」
カインはミリアがゴブリンの巣に行った事を知っていた。一人で大丈夫だと聞いていたから安心していたのだ。それが血まみれの姿で帰ってきたのだ。カインはミリアが重傷を負って帰ってきたと思っていた。他の村人も同様だった。
「大丈夫」
ミリアはいつもの無表情で抑揚の無い声で答えた。
「でも、血まみれになって……」
カインは心配そうに聞いた。
「大丈夫、返り血だから……」
カインはその言葉を聞いて安心した。
「良かった~。俺たちの為に酷い怪我を負ったのかと思った~」
他の村人もミリアの言葉を聞いて安心していた。
「良かった」「ゴブリンの血だったんだ」「安心した」
みな心からミリアを心配していた。その姿を見て、ミリアは少しだけ嬉しいと感じていた。