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後編

 その後僕たちは何年かごとにあの時計を使用することで何度もタイムスリップを行った。クレアはずっと元気で僕はそれが何よりも嬉しかった。何度も繰り返すうちに実際にはどれ程の時間が経過したのか、次第に分からなくなっていった。しかし、それでも僕とハワードは着実に歳を重ねていった。

 「・・・・ねぇ、リック。最近、やけに老けたんじゃない?」

 ある日の夕食時クレアは心配そうな目で僕に尋ねた。それもそうだ、今の僕はシワも増えて明らかに若々しさは失われていた。

 「は、はは。そうかな。僕はいつも通りだと思うけど・・・」

 「いや、どう見ても変よ。一回病院に行ってみたら?」

 分かった、とだけ返事をして僕はその場を誤魔化した。何とか老いを止めることはできないのだろうか。 


 次の日の夜、僕はこのことを相談するためハワードに連絡し彼の研究所を訪れた。

 「ハワード、昨日クレアがいよいよ不審がって聞いてきたよ。なぁ、何とかして老いを止めることはできないかな?」

 「前も言ったがそれはできない。僕らがこの装置の針を動かすことで実現できるのは、過去の僕たちを現在の僕たちに存在を上書きして肉体と記憶はそのままで昔に帰ることしかできないんだ。自分達の脳と身体まで過去の状態に戻したら、この装置を再び動かすこともできなくなるからね」

 「じゃあ、どうすればいい! このままでは結局僕らが先にくたばってしまうだけじゃないか! どうせまた離ればなれになるぞ! 」

 僕は思わず言葉を荒げてしまった。ハワードは深刻に僕の話に耳を傾けていたが、彼の主張は変わらなかった。

 「リック・・・気持ちは分かるが、僕たちにできることは自分達がダメになるその日まで相手を愛し大切にすることしかないんだよ。もう一度、君はあの耐えがたい喪失を経験すると言うのかい? 僕は絶対の絶対にごめんだ!」

 その後も醜く僕たちは口争い、僕は半ば追い出されるように研究所から締め出されてしまった。結局何も得るものはないまま僕は頭を悩ませながら帰路に着いた。


 時間はもう深夜に差し掛かろうとしていた。この時間帯、クレアはもう寝ているだろう。僕はマンションのすぐ前の公園を一人で項垂れながら歩いていた、そのときだった。

 「ねぇ、リック」

 後ろから声をかけてきたのはクレアだ。なぜ、この時間帯にここに? 恐らく答えはひとつだろう。

 「クレア・・・ 君はもしかして全部聞いていたのか?」

 クレアは静かに頷いた。

 「寝る前にあなたが出掛ける音を聞いたの。あなたは普段こんな夜中から外出なんてしないから、気になって後を追いかけたのよ」

 クレアは悲しそうな表情を浮かべている。今にも泣き出しそうだ。

 「クレア聞いてくれ。僕は・・・」

 そう言いかけた途端、彼女は僕の頬を強くひっぱたいた。ジーンとした痛みが走る。

 「リックってバカね。こんなことしてまで私の側に居たいだなんて。私がもしかしたら喜ぶとでも思ったの?」

 その声は涙声で震えている。その切実さに僕も思わず泣き出しそうになる。

 「確かに私は自分が死ぬこと自体も、死んであなたと離ればなれになるのもとても辛いわ。でも、あなただけが年老いてどんどん弱っていくのはもっともっと辛い。私だってあなたの側にずっと居たい。でも、大切なあなたの人生を私のためだけに縛り付けたくなんてないのよ! 」

 僕は地面に崩れ、思わず泣き出してしまった。僕は愚かだった。彼女をまた失うのが怖くて、彼女の気持ちも考えずに自分勝手に過去にすがり続けていたのだ。

 「本当にごめんよ、クレア。でも、僕は心から君を愛してる。君を失ってから僕の人生は意味を失ってしまったんだ。もう二度と、あんな悲しみを味わいたくなかったんだよ」

 クレアは屈み込んで僕の顔に両手を添える。見上げると、彼女も同じように泣いていた。

 「リック。私も愛してる。世界で一番あなただけを愛してる。だからね、あなたにお願いしたいの」

 「あなたはあなたの人生を生きて。私を愛しているなら私の死を乗り越えて、私の見れなかった未来を生き抜いて。私は向こうであなたを待っているわ。必ず待ってるから」

 クレアはそういうと僕にキスをした。

 どれくらい経っただろう。僕とクレアはしばらく唇を重ねていたが、僕はいよいよ決意を固め立ち上がった。

 「クレア・・・ あの機械はタイムスリップを実行していない間も常に動き続けていて、そのおかげで僕とハワードは過去の世界に留まり続けることができているらしいんだ。つまり、機械を止めることができれば全てを終わらせることができる」

 「でも・・・ ハワードはそれを許してくれるの?」

 「例え許してもらえなくても、必ず止めてみせるさ。その時は、自分の手で終わらせる」

 クレアも立ち上がりやっと笑顔を見せてくれた。どこか寂しそうな、それでもどこか安堵しているような複雑な笑顔だった。

 「いってらっしゃいリック。私の事、ずっと覚えていてね」

 「忘れるものか、それでずっと苦しんできたんだ。・・・でも、もう大丈夫。君のために僕は未来へ進むよ」

 僕たちはもう一度抱きしめあった。強く強く、僕らは静かに涙を流しながら抱きしめあった。

 「リック、最後にこれを持っていって・・・」


 「どうしたんだ、リック。話はもう終わったはずだろ? 」

 僕は研究室を再び訪問した。ハワードは怪訝そうな顔で僕を睨み付ける。

 「ハワード、もう終わりにしよう。こんなことをしても、自分達の大切な人を傷つけるだけだ」

 「断ると言ったら・・・? 」

 ハワードは今まで見たことのないような表情で僕を睨み続けている。

 「僕の手で終わらせる。約束したんだ、クレアと。僕は彼女の居ない未来を受け入れ、前に進・・・」

 その瞬間、バンと銃声が響く。気がつくと僕の左肩から血が溢れだしている。僕は立って居られなくなり、地面に崩れ落ちた。

 「そうかい、実に残念だよ。君なら分かってくれると思っていたのに」

 激痛に悶えながら僕はハワードを見上げる。ハワードはまるで悪霊に取りつかれたような恐ろしく冷たい表情で僕に拳銃を向けている。

 「ハワード、君は過去にとりつかれている。僕らはここに居てはいけないんだ!」

 「黙れ! もうあんな思いはしたくない! この装置で、僕は永遠に彼女に会い続けるんだ! 」

 僕は歯を食い縛り、ちぎれそうな痛みを押し殺しながら何とか立ち上がる。

 「永遠なんて存在しないこと、君はまだ見て見ぬふりをするのかよ・・・」

 僕は右ポケットからクレアから貰ったある物を取りだし、ハワードに向かって走り出す。

 「!? な、何をするつもりだ、やめろ! 来るな! 」

 走り出したと同時に僕はとっさに着ていたコートをハワードに投げつける。急に視界を遮られたハワードは僕が捨て身で突進してきたと思ったのか、がむしゃらに銃を発砲している。ハワードに向かって走り出そうとしたのは罠だ。僕はコートを投げた瞬間から走り出す方向を変えていた。本当の目標は、あの時計の装置そのものだ。

 「し、しまった! やめろぉ! その装置には触れるな!」

 ようやくハワードは僕の目的に気づいたようだがもう遅い、これで終わりだ。

 僕は先程取り出したある物を最後の力を振り絞り装置に当てる。それは僕を案じてくれたクレアから貰ったもの。防犯用の強力なスタンガンだ。

 「やめてくれぇーーーー!! 」

 スタンガンが大きな電撃音を立てたと思いきや、装置はそれを上回るような轟音を立て暴走し始める。時計の針は狂ったようにぐるぐると回りだし、目を開けていられないほどのまばゆい光が部屋全体を覆いつくした・・・




 「クレア、僕はやり遂げたよ」


 「そうね、リック。よく頑張ったね」


 「でもクレア・・・ 君は行ってしまうのかい・・・」


 「・・・うん。でもね、安心して。私はどんな時もあなたを見守り続けているわ」


 「生きて。生き抜いて、リック」



 

 僕はゆっくりと瞼を持ち上げ、目を開けた。見知らぬ白い天井が写し出される。

 視界の端から大学生と思われる若い男性が顔を覗かせた。

 「ああ! 先生、意識が戻ったみたいです! 良かったぁ~・・・」

 僕はゆっくりと上体を起こし、辺りを見渡す。

 どうやらここは病院のようだ。先程の若い男性は心から安堵した様子であり、その後ろから病院の医師や看護師が駆けつけてきた。

 僕は肩の痛みを堪えながら病室にあるカレンダーに必死に顔を近づける。

 カレンダーは今日が2020年12月7日であることを示していた。僕はどうやら、長い過去の旅から現代へ生還したらしい。

 「・・・君が僕を助けてくれたのか? 」

 「あ、はい! あなたが僕の大学の研究所で血を流して倒れてたので・・・ でもほんと助かって良かったです」

 「そっか、それは本当にありがとう。・・・・ところで、他に誰か研究所に居なかったかい? 」

 「? いえ、あなただけでしたけど」

 「そうか・・・」


 僕はその後数週間ほどで退院し、再びクレアの居ない我が家に帰った。帰った途端やはり大きな喪失感に襲われたが、以前と違い僕はそれで良いんだと感じられた。僕は彼女が居ない世界を生き抜くことを、まだ見ぬ未来に手を伸ばす決心を固めたのだ。

 ハワードのその後の行方は分からないままだ。彼も現代に帰還したのだろうか。それともどこか別の時代に飛ばされたのだろうか。僕の知らぬ間にまた同じような装置の開発に取り組んでいるのだろうか。全ては謎に包まれている。

 現代に帰れたとはいえ、僕は以前よりも年老いたままだ。この先どこまで生きれるのかも分からない。それでも、最後まで天寿を全うしようと思う。きっとその先に彼女がいる。彼女と再び会うその日まで、僕は歩みを止めるわけにはいけないのだ。

 こうして僕は未来を願い、再び明日へ手を伸ばしたのだ。

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