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前編

 それは自分の最愛の妻が急病で亡くなってから2年が経とうとしていた頃の話だった。

 僕は未だに失意の中に居て、堕落という現実逃避に明け暮れていた。そんな僕を見かねて高校時代からの親友であるハワードは、醜態をさらす僕に対し懲りずに毎日のように話し相手になってくれていた。

 奇しくもハワードも同じ頃に妹を心臓の病気で亡くしていた。そのため、彼自身にとっても大切な人を失った者同士で通じ合えるものがあると考えていたのだろう。

 今思えば、ハワードはある時からやたら希望的な話をするようになっていた。僕はそれを彼が自分の妹の死を乗り越えつつあるからだと勝手に解釈していたが、恐らくこの時からハワードはあの計画を実行に移そうとしていたのだろう。


 「リック、今日僕の研究室にぜひ来てくれないか。君にだけ極秘に見せたいものがある」

 ある日ハワードはやたらと興奮した様子で僕にそう持ちかけてきた。ハワードは地元の大学の研究員を職業としており、何やら特殊な分野を追求している事は知っていた。しかし、僕は全く別の仕事に就いていたこともあり、ハワードの研究室を訪ねることはおろか仕事の話をすることすら殆どなかったのである。

 そのため突然の招待に僕は戸惑いを隠せなかったが、その頃僕は休職中で一日の大半を家で過ごしている状態だったため、気晴らしにはなるだろうと思いその誘いに乗ることにした。


 大学はいくつもの棟に分かれており、ハワードの研究室は随分と建物の隅に位置していた。

 ハワードが厳重にしてある部屋のロックを解除すると、僕を中に案内してくれた。研究室の中は、工具類特有の鉄っぽい臭いで充満していた。雑多に機械類が置かれた部屋のなかでも、一際目立つ大きな機械が部屋の真ん中に存在していた。

 それは、工場のパイプのようにコードが入り組んだ土台の上に一つだけ大きな針時計が置かれていた。針時計は見たところ正午を指したまま長針も短針も動いていないようであった。

 「この大きな時計はなんだ?」

 「これが君に見せたかったものさ。これは人類の理想郷そのものであり、僕と君にとってはまさに救世主そのものなんだよ」

 いったい何が言いたいのかさっぱり分からなかった。僕が返事に戸惑っていると、ハワードは何故かとても嬉しそうな表情をしながら機械の針を動かし始めた。

 「大体長針の針を一周回すことで一年分になる。二周なら二年分、それなら四周すればいよいよ・・・」

 「なぁハワード、いったい何が起こるんだ・・・」

 僕が言いかけた次の瞬間、機械がまるで動物の唸り声のような轟音を立て始めた。時計からはまばゆい光が溢れだし、視界の全てが光に覆われた。

 僕は思わず目を瞑り耳を塞いだ。しばらくしてから恐る恐る目を開けると、時計は再び動きを止めており、ハワードは平然としたまま時計の前に立っていた。 

 「は、ハワード。今何が起こったんだ?」

 「リック、自分の携帯でウェブサイトを開いてごらん」

 何が何やら分からぬまま、僕は自分のスマホを取り出した。いつも利用しているウェブサイトのホーム画面には、2016年12月7日と示されていた。

 「どういう事だ? なんでサイトの日付が4年前に戻ってるんだよ! 」

 「戻ったのはサイトだけじゃないんだよ。僕たちそのものが4年前にタイムスリップしたんだ! 」

 にわかには信じられない。僕はおちょくられていると感じ、半ば怒り気味に何度も否定したが、ハワードはそれでも折れずタイムスリップに成功したのだと何度も言い張っていた。

 「リック、いいから家に帰ってみなよ。全て理解するさ」

 ここまで言われたら仕方ない。僕は何だか居てもたっても居られなくなり、研究室から飛び出して自宅のマンションに向かい始めた。

 途中道行く人々に不審がられながらも今年は何年かを聞いてみた。皆は口を揃えて「2016年に決まってるだろう」と言う。

 それでも僕は信じられず、家の途中にあるストアで新聞に目を通してみる。新聞にはどれも『2016年12月7日』と書かれていた。

 もしかして、ありえるはずがないのに、本当に過去に遡ったのか・・・?


 気がつくと僕はマンションの自分の部屋の前まで来ていた。胸の鼓動が早くなる。果たして本当に彼女がそこに居るのだろうか。

 勇気を振り絞り扉を開ける。奥のキッチンルームから音が聞こえる。それはもう僕が聞くことができないはずの音だった。

 「あら、お帰りなさい。早かったのね。今日はお友だちと出掛けるんじゃなかったの?」

 キッチンには、夕飯の準備をしているエプロン姿の妻が居た。僕は何も堪える事ができなくなり、彼女に駆け寄りその姿を抱き締めた。涙が止めどなく溢れだしてくる。

 「ちょ、ちょっとどうしたの!? 何かあったの・・・?」

 「・・・いや、良いんだ。何でもないよ、クレア。何事もないから嬉しくて堪らないんだ」

 僕の妻クレアは不思議そうな顔をしながらも、特に嫌がることもなく受け入れてくれた。僕はしばらくの間、もう二度と触れることはできないと思っていた温もりをずっとずっと噛み締めた。


 その後僕は再びハワードの研究室を訪れた。ハワードは待っていたと言わんばかりの笑顔で迎えてくれた。僕は感謝したくてもしきれない思いで彼と熱く握手を交わし、肩を叩きあった

 「どうやら、君も僕と同じ喜びを噛み締めることができたみたいで何よりだ」

 「ハワード、何て言っていいのやら。まるで長い夢を見ている最中みたいだよ。僕たちは、大切な人を失う前に戻れたんだね・・・」

 「ああ、ただ、幾つか説明しておかなきゃいけない事がある」

 僕は再び例の時計仕掛けの装置の前に案内された。ハワードによると、幾つか理解しておかなければいけないルールがあるという。

 「まず、一度に遡ることができる時間は四年までだ。そしてこの装置の電源はいかなる時も決して落としてはいけない。この機械はタイムスリップを実行していない間も動いていて、そうすることで過去に僕たちを存在させ続けられるんだ。そして、これが重要なんだが・・・」

 ハワードの表情が少し曇る。どうやらあまり喜ばしい内容ではないようだ。

 「僕たちはこの装置を使って過去に戻ることができるわけだが、それは過去の僕達の存在を現在の僕たちに上書きする事で為されるんだ。えっと・・・ 結論を言うと、僕たちは現実換算で歳をとることは避けることができない」

 「つ、つまりクレアや君の妹は遡った頃のままだけど、一方で僕たちはどんどん老いていくってことなのか?」

 ハワードは静かに頷く。しばらくの間何も言えないような気まずい空気が流れた。

 「まぁ、長くタイムスリップを繰り返せば向こうに不審がられるだろう。そのときは、病気ということにして何とか誤魔化すしかない」

 「結局僕たちが加齢か何かで生涯を終える頃が来たら、また彼女と別れることになるのか・・・」

 複雑な気持ちになり僕は思わず俯いてしまう。ハワードは僕を励ますように肩を叩く。

 「それでも、もう大切な人を失う苦しみを味わう事はないんだよ、リック。これからは目一杯自分の最後まで相手を大切にしてあげれば良いじゃないか」

 僕は完全に納得したわけではなかったが、ハワードの勧めを受け入れることにした。そうだ、僕はもうクレアを失わなくて済む。あんな地獄のような悲しみの日々に暮れる事もないんだ。僕は何度も自分にそう言い聞かせた。

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