プロローグ
高校生のころ書いていた小説を多少脚色した程度なので
文章力などには期待しないでください。
ただ、自分で読み返していても面白いと思えるので
こうして、公開させていただきます。
なお、しばらく設定部分が続きます。
掛け合い漫才が始まるまで、しばらくお待ちください。
言葉。
それは人から人へ伝わっていくもの。
人が人へ伝えていくもの。
その中に人の歴史がある。
その中に人の思いがある。
喜び。
それは生きていく中に存在するもの。
ともに生きる者たちと育んでいくもの。
…だけど。
私は知ってしまった。
全てには、終わりがあることを。
どんなに大きな喜びにも、どんな大きな幸せにも、必ず。
私は知ってしまった。
輝くものには、全て寿命があるのだということを。
“いやだ、ずっと幸せなままでいたい”
願いは何の意味もなさない。
輝きは、永遠なものではない。
そう、それは蝋燭のように、いずれは…燃え尽きるもの。
消えていくもの。
死んでいくもの。
輝きを失うことにより、人は悲しむ。
人は、消えていく事を悲しむ。
全ての輝きは、いずれそれを失う悲しみへと変わる。
たくさん得るほど、たくさん失う。
たくさん喜ぶほど、たくさん悲しむ。
だから…
だから、私は、最後にこう言った。
“出会わなければよかった”と。
…。
何もない場所にいる。
できることは何もない。
…なんで、ここにいるのだろう?
記憶の糸を手繰り寄せる。
…胸が痛い。
どうしてなのかわからないがひどく胸が痛い。
僕には何もない。
分かることはそれだけだ。
今の僕は…例えるならただの抜け殻とでも言うべきか。
…生気、感情、生きているものの証全てが遠い遠い空の向こうへ飛び立っていってしまったような。
「…」
不意に胸の中で声がした。
それは、唯一残った言葉。
何もかもを失った僕にたった一つだけ残された、最後の言葉。
「出会わなければよかった」
突如、足元に暗闇が現れ、穴となった。
底へ沈んでゆく。
一つ一つ、光が失われてゆく。
それを止めることもできないし、
止めようとも思わない。
…。
…。
しばらく落ちているうちに、落下は止まった。
たどり着いた。
無の極地。
還るべき場所に。
そこには他に何もない。…はずなのに。
またも不意に別の声がした。
「なにをしているの」
誰かに呼ばれている。
暗くて顔は見えない。
僕は答えた。
「なにもしていない」
「僕にはもう何もなくなってしまったんだ」
「何でそんなことが分かるの」
聞いてきた。
「…」
「…」
「なんとなく」
説明できそうになかったので適当に答える。
「何か嫌なことがあったの?」
「よかったら話してみて」
「力になれるかもしれないから」
不思議と拒否する気は起こらなかった。
久しぶりに誰かと話した喜びからなのかもしれない。
「うん、わかった」
「でも、説明が難しいから…」
「少しずつ話していくよ」
「えっと…確かあれは…」
「そう、だいぶ前」
「僕が軍隊に入るのが決まった日からはじまったんだ」
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朝が訪れていた。
その町の公民館横の掲示板。
そこに人だかりが出来ていた。
今日は…軍事官試験の結果発表の日。
軍事官試験とは…端的にいえば、軍隊としての素質を判断する試験の事である。
知識、実技などの様々なテストを経て、今日という日がある。
その結果発表まで、あと10分を切った。
会場のあちこちであがっていたざわめきも今やすっかりなくなっている。
会場全体が、静寂に包まれていた。
空気は張り詰めており、今にも破裂しそう。
残り5分。
覚悟を決めた受験者たちはまっすぐに、仕切りが張られている掲示板を見つめている。
この仕切りが、発表の時刻と同時にはがされるのだ。
残り3分。
テレビカメラもスタンバイを開始する。
前で係員が、仕切りをいつでもはがせるように、手をかけた。
あの仕切りの向こうに、自分たちの未来を左右しかねる紙が貼られている。
緊張。
ただ、ひたすらに緊張。
この上の部分だけの空気の密度が3倍にもなっているかのような、そんな感覚すら覚える。
時間は、進んでいることは進んでいるものの、ほとんど進んでいないと言っていいほど
進まない。
残り、2分。
受験者たちが息を飲む。
もはや誰も一言として喋らない。
しかし、その張り詰めた心臓の音は、今にも聞こえてきそうだ。
空は青空。
雲が流れていく。
鳥が飛んでいく。
地上のことなど何も知らない鳥は、今日ものんきに、かつ優雅に空を飛んでいるにちがいない。
風は流れていて、しかし流れていない。
この場に風の入り込む余地などないのだ。
入り込んだ風を感じ取る余裕など、彼らにはない。
よって、風は流れていないも同然なのだった。
残り、1分。
靴紐を急いで締めなおす者…
アルコールを摂取していないのに体の震えている者…
心の中で、こんな声が聞こえてくる。
その声を聞いたのは、いつ以来だっただろう?
「よーい」
…思い出した。体育の時間の50メートル走のときだ。
あの時の緊張に、似て非なる思いにさらされていた。
残り、30秒。
ただ一点のみ…紙の上に貼られている仕切りを見つめる。
あの仕切りは、もう少しではがれる。
その下には…数字が羅列されている。
その数字の中に、自分の受験番号と同じ数字があればいい。
なかったら…?
いや、きっとあるはずだ。
大半の者がそんな思いにとらわれている。
しかし、実際には自分の受験番号を発見する事が出来ないものもいるだろう。
残り、15秒。
風が流れていく。
さわやかな風が吹いていた。
ここ以外の場所を静かに撫でていた。
もう、すっかり春の香りがこみあげてきていた。
残り、10秒。
9。
8。
7。
6。
5。
4。
3。
2。
1。
ゼロ。
「発表しまーす!!」
係員が仕切りを取り払った。
と同時に、人々はいっせいに紙の張られている掲示板を目指して走り出した。
「押さないで下さい!」
そんな言葉には、誰も耳を傾けない。
誰もが、自分の事で、必死だった。
「あったあああああああ!!」
「…」
そして、見終わった者は見事に二つに分かれる。
歓喜する者と、閉口する者。
言うまでもなく歓喜する者は合格者。
閉口する者は…。
…ところが。
この喧騒を、遠くから見ている一人の少年がいた。
人ごみから少し離れた場所で、彼は他の者が一喜一憂するのを見つめていた。
{きっと、受かったら、喜ぶものなのだろうな}
彼は思っていた。
人生を賭けて試験を受けているものがたくさんいる。
彼は、その中に入るのを、ためらっていた。
彼も、数日前、軍事官試験を受けた、れっきとした受験者である。
彼は、受験票を取り出してそれを眺めていた。
男「君は受験者かい?」
近くに来た一人の男が少年に話し掛けた。
少年「40%ぐらいの確率でそうですよ」
男「…。見に行かなくていいのかい?」
少年「ええ、見るまでもないです」
男「…、それは…どういうことだね?」
少年は後ろを向いた。
少年「あとで、じっくりと見ます」
少年は男から離れようとして、背を向けた。
少年「受かっていようと受かっていまいと、どっちでもいいので」
少年の受験番号…28232。
その数字は掲示板の紙の中に、確かに存在していた。