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変心

作者: N(えぬ)

 ある死刑囚の刑が執行された。男。48才。8年前に3人の女性を暴行し、殺害した。証拠は十分で、死刑は逃れようのない正確な判決だった。

 この男は、自分の罪について全面的には認めなかったし謝罪は一度もしなかった。刑が確定したあとも、違う罪状で拘置所にいるような、人ごとのような顔をしていた。

 こんな男だが、なぜか教誨(きょうかいを受けていた。教誨というのは、教誨師きょうかいしが行う、人道教育のようなものだ。特定の宗教の僧侶などが、教えに則った倫理観などを囚人に指導したりする。これは、強制的に行われるのでは無く、本人の希望による。この死刑囚が教誨を受けていたのは、本人曰く、

「つまらない話題でも、たまに違う人間と話をするのは、気晴らしになる」かららしかった。



 この男は、当初、拘置所でも減らず口をきくことがあったが、最後の数ヶ月は、ずいぶんとおとなしくなり、おどおどしているようにさえ見えた。刑の執行を現実に受け止めて意気消沈したのかと思われた。あれだけの非道を働いて、自分の死が目の前に迫ってくると、こんなにみじめな姿になるのかと思えた。刑が執行される数日前には、自分を担当した弁護士に手紙を出し、その手紙の中で初めて自分が殺害した被害者の遺族に謝罪のことばを述べた。刑の執行後であったが、手紙を受け取った弁護士は、それを被害者遺族を訪れて伝えた。遺族の反応は冷ややかだったが、もはや犯人も死んだ今、大きな区切りになったことは間違いないだろう。だが、ある遺族については、もう少し話が続く。



 ある遺族の男性。この場合は、被害者女性の50才になる父親であった。彼は、犯人の拘置所での生活になど興味は無かったが、長い月日の間に、折に触れて、興味が無くとも目にし耳にする機会があった。その中で教誨師きょうかいしによる教誨というのが行われることを知った。死刑囚に対して教誨師がどのような話をするかは、教誨師が所属する宗教にもよるだろうが、道徳、倫理について、死刑囚の心情の安定に寄与する話であることは間違いが無い。中には、このような活動で「正しい人の道を知り」「心の平安を得」「穏やかな気持ちで刑を受け入れ」と言ったこともあると聞いた。これを知った被害女性の父親は、教誨師に手紙を書いた。

*******

○○教誨師殿

突然、会ったこともない私からこのような手紙を送ることをお許しください。

私は、先日まで教誨というものを知りませんでした。そして、わたしは、その内容について感動したとか、共感したとか、そうでは無く、抗議したいのです。

私の娘を、3人もの人間を無残に殺害した男が、人の道を知り心の平安を得るとは、どういうことですか。もはや善人として生まれ変わったとは、なんですか。あの男は、自分の罪を償って、安らかに天に召されるというのですか。そのようなこと、私には許せません。あなたは、それで「男を救った」と思っておられるのですか。被害者は帰ってきません。被害者は、死ぬ前に心の平安を得てなどいません。かき乱され、苦しめられて、自分の人生を振り返る時間も無く、一方的に命を奪われたのです。私は、××(受刑者の名前)に、その自分がしたことの罪の重さをわからせてやりたい、それをわからせるのが現実という人の道を教えることではありませんか。悔い改めれば許されるなどと言われたら、私たち家族は泣いても泣ききれません。どうか、「受刑者の心を救う前に、被害者がいる」ということを忘れないでいただきたい。忘れてはいないというなら、是非もっと重大なことと考えてもらいたいのです。あの日私たち家族が受けた衝撃と悲しみを、涙に暮れる日々をどうぞ分かって欲しいのです。あの男を天国へ導くなどというのは、言語道断です。どうぞ、どうぞ私どもの気持ちをご理解ください。

******



 男の死刑が執行され、弁護士から男の謝罪が遺族に伝えられたあと、少しして、以前に教誨師に抗議の手紙を送ってきた被害者女性の父親宛に教誨師から手紙が届いた。


******

△△様

以前、手紙を受け取りましてから、返事をせずに今に至りましたことをまずお詫びいたします。

あの手紙を読みましたとき、私は自分の心が揺さぶられ、なんとお返事をしたらよいのかわかりませんでした。そして、長く長く考え、悩みました。自分がほんとうにするべきことは、なにか考えました。そしてその上で出した結論があり、その結論に沿って、この数ヶ月、教誨活動をいたしました。


私は、受刑者の心に平安をと思い、「甘い言葉」を口にしていました。ですが、被害者の方々の心を思えば、それは、誠に許されざることであったと思い、「ほんとうのこと」を強く伝えていくことにいたしました。

私は彼に、人を殺したのだからもちろん地獄に落ちること。今から何を反省し、どう償おうと天国になど行けないこと。あなたが救われるのは、地獄の責め苦を十分に受けて生まれ変わったあとの行いよってであり、今何をしても、被害者に謝罪をしても無駄なこと。男がしたことは、取り返しがつかない行いであること。ものを盗む、人を殺めるということが悪いことだと気づいて、もうそんなことはしないと反省するのは、それはただ「普通の人になっただけ」で、偉いことでも何でも無いと言うこと。そんなこともわからずに、今の年まで生きてきたのは、人間の生ではなく、畜生の生であるということ。

これらのことを、会うたびに教え諭しました。そして、これから地獄に落ちるのだから、業火で炙られ、針に刺し貫かれ、引き裂かれるのだと教えました。

彼は、徐々に口数が減り、ふだんから表情も消えてゆきました。そして、強がることもできなくなり、死を恐怖するようになってゆきました。私は、その彼の姿を見て、彼に自分のしたことの重大さを教え、目を覚まし、どんな意味かを少しでも伝えられたのではないかと感じました。処刑の時には、心から怯え、許しを請うていたそうです。彼は今、無間の地獄にいます。

私もまた、△△様の指摘で目覚めることができたと思うております。

最後に、亡きお嬢様の魂の安らかなることをこれから祈って参ります。

******

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