気が付いたらUMAと暮らしていた
※本企画の主催者である、家紋 武範様から頂いたあらすじを使用しております。
あらすじを読まなくても特に差し支えはありませんが、あらすじがプロローグ的な構成となってますので是非ご覧頂ければと思います。
「──捨ててこい」
「イヤだ」
俺の名は佐伯 一哉……通称イチ。
大手自動車メーカーの関連会社に勤める、しがないサラリーマンである。
今の部署は海外工場のシステムメンテナンスをする為の出張があり、社内規定による最長期限は半年。
公共機関のストライキや時間感覚の緩さから、外部に発注している部品等の納期が遅れる事はしばしばある。その為、仕事の進捗状況により出張日数が延長されることの方が通常となっていた。
会社の寮には入りたくないが、出張の間の家賃は勿体無い。しかも実質不定期なので、家にいてくれる人がいるとなにかと助かる。
──そんな理由から、大学時代の親友と同居をしている。
今回の出張は期限が延びに延び、最長の半年だった。家賃は折半だし会社から補助も出るが、半年分もの家賃が全額引き落とされることを考えると賢明な判断だったと言えるだろう。
しかし日本に帰ってくると、親友であり、同居人の根本 侑は……
いつの間にか仕事を辞めた挙げ句、いつの間にか引き籠っており、更にはいつの間にか生き物を飼ってるようだった。
俺の半年の海外出張の間に、一体何があったんだ?
今彼は必死の形相で件の生き物がおわす自分の部屋の扉の前に立ち、俺を阻止せんとしている。
……最早掛ける言葉もない。
『いつの間に!』くらいしか。
「ミーだけが心の拠り所なんだ!」
「ほほう……『ミー』とな……」
猫か?ぬこなのか??
可愛いよね~、ぬこたん☆
──だが、許さん。
「ここがペット不可物件と知っての狼藉か!」
そう俺が詰め寄ると「違う!!」と激しく否定する侑。
侑は同居人としては申し分ない。キチンと家賃、水道光熱費を入れるし部屋も汚さない。むしろ率先して片付けてくれ、なんなら夕飯も作ってくれる。
だから俺だって『楽しみにしてた冷蔵庫のプリンを勝手に食った』位では怒らないが……流石にペットは駄目だろう。
「はぁ……一体何が違うっつーんだ」
「ミーはペットなんかじゃない! ……かけがえのない、俺の家族なんだ!!」
……よくあるへ理屈である。
たが俺はにこやかに「そうか」と返し、侑の目を見て優しく語りかけることにした。
「家族じゃ仕方ないな……半年の間になにがあったかわからないが、お前の荒んだ心を癒してくれた、家族なんだな……?」
「イチさん……」
「……と、でも言うと思ったかー!!」
「なっ、なにぃぃぃぃぃぃ!!?」
勿論油断させるためである。
油断させたところで、すかさずヤツの部屋の扉を開けた。
──バーンッ!!
「ニャーン」
「やっぱりぬこ…………」
「ニャーン」
「…………」
──パタン。
閉めた。
……あれ?
俺の目、おかしくなったのかな?
確かにいたけど、猫っぽいの。
「…………ぬこ…………?」
「ミーは俺の家族なんだ!」
「えっちょっと待って」
「捨てるなんてできないよ!!」
「……うん、それよりさ」
「ミーは俺の心の隙間を埋めっ……はぶっ」
話が通じないので、とりあえず黙らせた。力ずくで。
……有り体に言うと、うるせーからひっぱたいた。
侑の部屋にいた猫?は、明らかに遠近感がおかしかったのだが……?
ゆっくりと、扉を再度開ける。
「ミィィィィィィィ!!」
「あっ、おい!!」
……と同時に、侑が強引に隙間から割って入った。
「例えイチさんになに言われても、ミーは手放さないからなぁぁぁぁ!!」
ミーとやらを抱き締めた侑は、普段の温厚さなど微塵も感じさせない強い口調でこうぬかすが、『抱き締めた』っつーよりは『抱き付いた』という描写の方が正しい。そして俺の遠近感も正しかった。
なにこれ?
明らかに猫の大きさじゃないよね?
なんか背中に蜘蛛みたいな怪しい模様が入ってるし。
暫し呆然と立ち竦んでいた俺だったが、急激に我にかえる。
飼えるかこんな謎の生物!!
「……ダメぇぇぇぇぇ!! 絶対ダメぇぇ! 猫ならまだしも、コイツ明らかに猫じゃないじゃねーか!!」
「だからミーは家族なの!!」
「そんな理屈が通ったらカラスも白いわ阿呆!!」
「おうおうおう、このわからずやのこんこんちきのすっとこどっこいめ! カラスが白いたぁどういう了見でい! カラスは黒いしミーは可愛い!! ……それでいいだろ?!」
「いやよくないわー!!」
侑はかつて落研だったスキル(?)を駆使し、江戸言葉で捲し立てることで無理矢理誤魔化そうとしてくるが、そんなのには決して騙されぬ……!
そう気持ちを引き締めた、その時だった。
──ぼふーん。
なんだかハ○ション大魔王でも出てきそうな覇気のない音と共に、ミーの周りにもくもくと煙が広がったのである。
「侑……」
そこにいたのは……物凄い美女。
しかもビキニ。
何故かビキニ。
「貴方の愛はよくわかったわ!」
「その背中……ミー……? ミーなのか……?」
美女の背中には、ミーと同じ蜘蛛の様な模様。侑が問い掛けると美女はニッコリと微笑む。
俺は再びただ立ち竦み、混迷をきたす思考と目の前の現実を咀嚼するよりなかった。
……なんかよくわからん展開だが。
美女なら良い様な? ペットじゃないし……
いや違う、良くない。
羨まけしからん…………──じゃなくて!
美女に見えても明らかに人間じゃないから!!
ダメ!絶対!!
もっともただの美女ならそれはそれで許せんが!!
「侑! 騙されるな!!」
「ウフフ、侑……好・き♥」
──いかん!
これは騙されるかもしれない!!
なにしろ侑は(俺の知る限り)生粋のDTなのだから!!
しかし侑は予想外に肩を落とし、膝をついた。その表情に浮かぶのは──絶望。
「──嘘だ」
「「え?」」
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だぁぁぁぁぁ!!!!」
そして侑は何故か、雛○沢病(※)を発症し出した。
(※超有名ゲーム作品『ひぐら○のなく頃に』に出てくる村の名前から取られた病名。 ヒロインのひとりであるキャラクターが同病気を発症し、過度の疑心暗鬼に苛まれるという症状に陥るのだが、その際に叫ぶ台詞が『嘘だ嘘だ(以下略)』)
「どうした侑!? いつの間に雛○沢病に!!」
「お前なんかミーじゃないぃぃぃぃ! もふもふをっ……もふもふを返せっ!!」
「「ええー!!?」」
この反応には俺もミーもビックリ仰天である。
「そんな……貴方の愛によって相応しい姿に進化したのに?! はっ、そうだわ! もふもふなんて、毛皮を着れば良いじゃない?!」
「毛皮……だと?!」
涙目になりながら、侑は鬼のような形相でミーを睨み付けた。
その顔はまるで親の仇にでも出会ったような激しい怒りを纏っており……ミーは勿論、少し離れて状況を眺めていた俺すら肩がびくりと震える程。
「やはりお前も俺の金が目当てかー!!」
…………なんか言い出した。
「うん? どういうことだ?」
「今度は何をねだる気だ?! フォックスか! それともミンクか!!」
「……」
やっぱり会話にはなっていないが、なんとなく理解した。
どうやら俺の出張中に侑は女に騙されて貢ぎ、捨てられたのだろう。それを癒してくれたのがミーらしい。……そのへんの経緯は知らんが。
侑はベッドの隅で素早く布団にくるまると、蹲ってしまった。
布団の隙間から『女なんてもう信じない……』と呟く声が漏れる。……どう声を掛けてやるべきか悩めるところだ。
俺とミーは黙ってそれを眺めていたが、やがて悲しげにミーが声を発した。
「ごめんなさい……この方が侑の役に立てると思ったの……」
「…………」
「これならご飯も作れるし、掃除もできる。 侑がそんなにもふもふの方が良いだなんて思いもよらなかったから……」
それはか細い声だが、それが儚さを醸し出して非常に美しく、俺までなんだか切ない気分になる。
なんの情も通わせていない俺にすらこんな風に思わせるとは……美しさとは凶悪であるとしか言いようがない。
大体にして、『得体のしれない生物』とは言っても相手は半裸の女性。しかも侑自身、『ミーは俺にとってかけがえのない家族だ』と今しがた宣ったばかりである。
なにか言ってやれ、とつい口を挟もうとした矢先、黙っていただけだった侑が漸く口を開いた。
「…………ご飯、作ってくれるの」
布団の中からくぐもった声で侑がそう尋ねると、ミーは長い睫毛に縁取られた、大きく形の良い瞳を輝かせる。
「ええ! まだ大したものは作れないけど……侑が望むのなら毎日だって!! 私、頑張って上手になるから!」
超 け な げ。
……正直羨ましい。
確かにミーはこの上無い美女だが、そうでなくてもトキメクものがある。
侑も心が動いたのか……相変わらず蹲ったままだが、下げていた頭をあげ、こちらに向けたようだ。
頭から被っていた布団がずるずると下がると、先程とは違う意味で「信じられない」といった侑の表情が見えた。
「そんなこと……誰も言ってくれなかった…… 誰も……」
美しく微笑み、跪いて侑の手を優しく握るミー。
侑の瞳から、ツ……と流れる一筋の涙。
慈愛に満ちたミーの微笑みがあまりに美しいせいか、ずり落ちた布団がまるで路頭に迷う愚者のケープの様にイイ感じに見える。
さながら天使が救いの手を差しのべているようなその光景に、不覚にも俺は感動してしまった。
それはどこか神々しく、美しい宗教画でも観ているようだ……
……ったのに。
「誰も──リカもアケミもシズカもミホも」
「……お前半年でどんだけ騙されてんだよ?!」
あまりに感動をぶち壊しにする侑の発言には、事態を見守ってた俺もおもわずツッコまずにはいられなかった。
──それから5年後。
「ただいまー」
「おかえりなさぁい♥」
パタパタと音を立てて、ミーが俺を迎えに出てきた。
愛しさに抱き締めると、猫のようにすりすりとしてくる。
今日も嫁が可愛い。
妻と離れがたい為に部署の転属を願い出る程の俺だ。勿論仕事が終わると即帰宅する。若干の揶揄と共に『愛妻家』と呼ばれているが、別に構わない。事実であり誇れるくらいだ。
妻は甲斐甲斐しく俺の上着を脱がせる。
「そうそう、アナタに葉書が届いてたのよ。 ホラ、親友の……」
「へえ」
リビングに入り、ソファに腰をかけた。身体が沈み込む感触に仕事の疲れと家の安心感を実感する。一息ついてからローテーブルを見ると、妻の言った通り写真入りの葉書が置いてあった。
そこには5年の間にすっかり額の広くなった、でも幸せそうに微笑む侑と妻君の姿。
……ミーである。
俺の妻の名は美里。
呼び名が被ったのはたまたまだ。
結局のところ、どのみち俺は『ミー』を受け入れる訳にはいかず、話し合いの末……侑は『ミー』をつれて地元に帰った。
ヤツの実家は田舎でペンションを営んでいる。仕事を辞めていた侑は、これを機に田舎に帰り実家を継ぐ決心を固めたようで、話し合いは意外とすんなり終わった。
侑との付き合い自体は6年程だが、気のいいやつだった。唐突に同居人がいなくなったのは、正直寂しかったなぁ。
合意の上とはいえ家を追い出す形をとるのは忍びなく、拒む侑に無理矢理、貯金を崩して持たせてやったっけ……
急に一人暮らしになった俺だが、寂しい日々はそう長くなかった。──美里と出会ったからである。
海外出張中に、言葉が通じず困っていた旅行者を助けた……それが美里だった。
「なにか困ったことがあったら連絡して」と連絡先を渡したのは、親切心だけでなく多少の下心があったから。だが、あまり期待はしてはいなかった。
日本に戻ってすぐ、「お礼をしたい」と連絡があったときには飛び上がるほど嬉しかったのを昨日の事のように覚えている。
「幸せそうでなによりだ」
俺の呟きに、既に夕飯の用意の為キッチンへと戻っている妻が「なぁに?」と顔を覗かせる。
「なんでもないよ」
そう言って、葉書を伏せた。
結局『ミー』が何者かわからないままだが、侑が幸せならそれでいいことにしよう…… 当人の幸せが一番大切なのだから。
『子供が産まれました☆』と書いてあるのに子供が写ってないとしても。
その代わりに『ミー』が猫っぽい生き物を抱いていたとしても。
『戸籍とかどうしたんだ』とか、ツッコみたい部分が沢山あるとしても。
──妻の背中に、あのときの『ミー』に似た模様のアザがあったとしても。
閲覧ありがとうございます。
ジャンルで悩みました……